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狩猟大会②

 フィルベルン公爵家のテントへ戻ると、一足先に戻っていたセレネが公爵夫人にテオドールの話をしている最中であった。


「お母様。テオドール様が来てくれるって! 早く準備して!」

「あら、早めに準備を始めていて良かったわ。もうすぐ終わるでしょうから、セレネも刺繍したハンカチを準備しておきなさいね」

「はーい」


 元気よく返事をしたセレネは専属侍女に荷物からハンカチを出しておくようにと命じていた。


(相手の無事を祈るという意味で刺繍入りのハンカチを家族や恋人、好きな人に贈るのが慣例だったわね。すっかり頭から抜け落ちていたわ)


 アリアドネ・ベルネットだったときは父親に毎回贈っていたが、今回は相手の仕掛けてくる罠にどう対応するかしか考えてなかった。

 刺繍したところで贈る相手もいないのだから、これで良かったと言えば良かった。

 ただ、持ってきていないことに小言を言われるのは目に見えているので、私は自分のテントに戻ろうとセレネ達に背を向けると声をかけられた。


「貴女も参加なさい」

「……私もですか?」

「認めたくありませんが、貴女がいないと私達が何と言われるか……。だから、余計なことは言わずにただ座っていなさい」


 こういったお茶会に参加させるとは思わなかったが、世間体のためだったかと納得する。

 どうせ、呼んだ貴族からアリアドネがバカにされて落ち込む姿でも見たいのだろう。

 とんだ茶番ではあるが、貴族達に今までのアリアドネとは違うということを見せつけるにはもってこいだ。

 わざわざ舞台を用意してくれてありがとうという気持ちである。


 そうこうしている内に狩猟大会が始まり、男性陣と狩りのできる令息、腕に自信のある一部の女性は出発していった。

 同時にテーブルセッティングも終わり、招待された夫人や子息令嬢達がやってくる。

 その中にはテオドールの姿もあった。

 夫人達は公爵夫人やセレネには挨拶するが、私のことは完全に無視している。

 けれど、テオドールだけは私にも挨拶してくれた。

 大人しいが躾が行き届いた良い子のようだ。亡くなったご両親やクロードの教育のお蔭だろう。

 セレネが目敏く見つけて睨んできていたので、挨拶をしてくれた彼にだけ礼をしてすぐに視線を外す。

 文句を言いたそうな彼女にまるで気付いていない公爵夫人は開始の挨拶を始めた。


「皆さん、今日は楽しい時間にしましょうね。それと末娘のセレネが初めて参加することになりまして、セレネと仲良くしてくれると嬉しいわ」

「まるで天使のようなお嬢様だと噂は耳にしておりましたのよ。噂以上に可愛らしい方で、このような場に招待していただけたことが光栄ですわ」

「ええ。本当に。いつも下を向いて無口な方とは違ってさすが公爵家のご令嬢といった立ち居振る舞いに感動しております」


 ホホホと和やかに話しているが、ちゃっかり私に対する嫌みも言う辺り同類のご夫人方だ。

 チラチラと私の方を見て嫌みっぽく目を細めて見ているが、私が何のダメージも負っていないことを知ると一様に首を傾げている。

 言葉に毒を含ませることが得意だった私からすると、子猫のパンチくらい甘っちょろいものだ。


「そういえば、アリアドネ様はフィルベルン公爵にもアレス様にも刺繍入りのハンカチをお渡しにならなかったとか?」

「ええ、そうなの。家族の無事を祈らないなんて薄情な子だわ」

「親に対する感謝がないのでしょうか? 嘆かわしいことですね」

「全くだわ。セレネはきちんと用意して渡していたのよ。いくら刺繍が苦手でも慣例だというのに……ねぇ?」

「セレネ様に劣るのが悔しかったからではありませんか?」

「でしょうね。妹に張り合って本当にみっともないったら……」


 口出さないのを良いことに、好き勝手言ってくれるではないか。

 どうにかしてアリアドネを傷つけようという意図が透けて見えて不快で仕方がない。

 だったら、その勘違いを正してやろうではないか。


「道具さえあれば、この場で刺繍いたしますが?」


 冷めた目をして言うと、夫人達は無言になった後で上品な笑い声を出す。

 この子に出来るものかというバカにした空気が漂っている。


「無理せずともよろしいのですよ? アリアドネ様の実力はよく存じておりますもの」

「悔しいからとその場で口にしても恥をかくのはアリアドネ様ですもの」


 ねぇ? とご夫人方は笑い合っている。

 この子の実力は知らないが、ろくに教育も受けていない十二才の子が上手くできるはずがないだろうに。

 前提条件が違うことを考慮しない彼女達が腹立たしい。


「勢いで口にしたわけではございません。できるからそう口にしたのです」

「まあまあまあ……。ずいぶんな自信ですこと」

「そこまで言うのであれば、やってもらいましょうか。……道具を持ってきなさい」


 公爵夫人が侍女に命じて、すぐに刺繍の道具が運ばれてきた。

 バカにする気満々の方々の視線を受けながら私は用意されたハンカチに刺繍を施していく。

 時間もないので簡単なものしかできないが、誰が見ても分かるように国花であるユリを選んだ。

 ユリは一般的には白だが、ハンカチには映えないので花言葉が『上品』『知的』『神聖』の意味を持つ紫にする。

 生前でも刺繍は得意だったので、手際よく手を動かしていく。


「……え? 普通に出来ていませんか?」

「それに早くありません? もう半分も出来ているではありませんか」

「い、いつの間に……」


 動揺するご夫人方と悔しそうな公爵夫人を尻目に私はどんどん進めていき、さほど時間もかからず完成させた。

 四隅の一箇所だけ、それも比較的小さめではあるがこの短時間でよく出来た方だと思う。


「完成致しました。どうでしょうか?」


 十二才の子供の刺繍にしたら上出来だろう。

 自信に満ちた顔で見せると、彼女らは目を見開いて言葉を失っている。

 セレネなど信じられないのか、わなわなと唇を震わせていた。


「ユリですね。花言葉の通り上品で神聖さを感じさせる刺繍で、とても綺麗だと思います」

「あ、ありがとうございます」


 無言の中、褒めてくれたのはテオドールだけだった。

 大人しいと思っていたが、周囲の評判に惑わされずに正当に評価ができる冷静な目を持った男の子のようだ。

 将来が楽しみである。

 けれど、その言葉に反発する者もいる。

 そう、セレネだ。


「そんな小さい刺繍で大きな顔をしないでもらいたいわ。セレネだって、それぐらいできるんだから」

「妹に恥をかかせるなんて酷い子ね」


 公爵夫人も参戦してきたことでご夫人方や子息令嬢達も同調し始める。

 ただ一人、テオドールだけが眉根を寄せて彼女達を見ていた。

 随分と正義感の強い子なのだなと感心していると、彼がおもむろに口を開く。


「あの……その……えっと、リーンフェルト侯爵がいつも肌身離さず持っているハンカチの刺繍と似ていて……。侯爵のようになりたいなと思っていて、似た物を僕も持ちたいなと……」

「……え?」


 要はこの刺繍が入ったハンカチが欲しいということだろう。

 テオドールはクロードのことを尊敬していて同じ物を持ちたいと思っていると。

 可愛らしいお願いに自然と私の頬が緩む。

 が、セレネは目をつり上げている。


「テオドール様!?」

「は、はい!」

「セレネもテオドール様にハンカチをあげようと刺繍してきたんです。お姉様のよりもこっちの方が絶対に良いです! 受け取らない方が良いです!」

「え? でも……」

「セレネの言う通りですわ。アリアドネの名を持つ者からの贈り物など、リーンフェルト侯爵は心穏やかにいられるはずがございませんわ」


 アリアドネ側から考えると余計なことを……という場面ではあるが、私から考えると確かにそうだと一理あると思ってしまう。

 クロードと交わした最後の会話からすると憎まれていないことは確かではあるが、今もそうだとは確認していないから分からない。

 同じ名前の人間からの刺繍に気分を悪くするかもしれない。

 ただ一人庇ってくれた心優しいテオドールとクロードとの間に波風を立てるようなことは私も望んでいない。


「お母様とセレネのお言葉ももっともだと思います。どうぞセレネのハンカチを受け取って下さいませ」

「………………は、い」


 全く納得はしていないテオドールであったが、私にまで勧められてはノーと言えない。

 自分の思い通りになったと満面の笑みを浮かべたセレネに押しつけられる形で彼女のハンカチを受け取った。

 それらを確認したフィルベルン公爵夫人は手をパンパンと叩いて全員の注目を集める。


「さあ、それでは大人は大人同士、子供は子供同士で親交を深めることにしましょうか。実は広場の中に事前に宝物をいくつか隠しておきましたの。ヒントを書いた紙をお渡しするので、子供達にはそれで宝物を探すというゲームをしましょう」

「まあ、楽しそうですね」

「公爵夫人が用意なさったものとなれば、きっと価値のある宝物なのでしょう」

「ええ、もちろんよ。期待していてちょうだい」

「良かったわね」


 ご夫人達は自分の子供達に微笑みかけているし、子息令嬢達も公爵夫人の言葉を受けてやる気になっている。


「そうそう、貴女も参加なさいね」

「分かりました」


 正直言って気は進まないが、私を参加させるとなると罠を張っているのかもしれない。

 森に行くように指示を受けるかもしれないけれど、森に入って手前くらいで時間を潰しておけば問題もなさそうだ。


「これがそのヒントの紙よ。制限時間は三十分。頑張ってちょうだいね」


 子息令嬢達に一人一人紙を手渡すと、彼らは護衛を伴って外へと出ていった。

 セレネとテオドールも出て行ったあとで最後に私も外に出る。当然私に護衛は付かない。

 渡された紙には宝物が置いてある付近の地図が記されており、私の場合は森の近くになっている。


(さすがに森の中にはしていないのね)


 フィルベルン公爵は証拠を残すような愚か者ではなかったようだ。

 宝を探す気は毛頭ないが、やる気を見せないのもまた文句を言われることになるので大人しく私は地図の辺りに足を向ける。

 到着すると付近には貴族のテントはなく人も少ない。

 いくつかの家族が乗馬の練習をしているくらいだ。

 人がいるなら危なくはなさそうだと思っていると後ろから声をかけられた。


「お姉様」


 護衛と一緒に馬に乗っているセレネが馬上から私を見おろしていた。


「セレネ? どうしたのかしら? 貴女は宝物探しに参加しないの?」

「するわよ。でもここら辺は乗馬の練習場所になっているから、もしかして仲の良い他家の家族の姿を見て落ち込んでいるんじゃないかと思って心配して来たの」

「気遣ってくれてありがとう。けれど、その心配はいらないわ。特に何も思わないから」

「強がらなくてもいいのよ。セレネは馬に乗れるけれどお姉様は一度も練習したことがないから馬に乗れないし、引け目を感じているんじゃないの?」

「乗馬くらいできるわよ」

「嘘ばっかり。一度も乗ったことがないのに乗れるわけないでしょ」


 いや、乗れる。生前は普通に乗っていたし問題はない。

 というか、公爵家は本当にアリアドネに何の教育も受けさせていなかったのだな。


「……宝物探しがあるから、もう行っていいかしら」

「乗れるって言ってたじゃない。本当は乗れないのに証拠を見せてって言われるのが嫌だから逃げるつもりなの?」

「そういうわけではないわ」

「ならセレネに見せてみてよ」


 馬から下りたセレネと護衛は私に馬に乗るように促してくる。

 一瞬怪しんだが、セレネを溺愛しているあの夫婦が彼女を計画に巻き込むはずがない。

 そもそも、可能性が高いからと私が怪しんでいるだけで危害を加える計画がある確証もないのだ。

 他の貴族の前で私に恥をかかせるだけなら、先ほどのお茶会がそうだったはずである。

 だが、護衛の騎士がどう出るかは分からない。馬に近寄り、馬具に何かされていないかを確認する。

 特に仕掛けは見当たらなかったので護衛が何かするのだろうかと疑いつつ、そのまま騎乗した。


「え? 何で乗れるの?」

「貴女が乗馬練習していた姿を見てきたからよ」

「そんなので乗れるわけないでしょ!」

「大きな声を出さないの。馬が驚くでしょう」


 馬が驚くと聞いたセレネは慌てて口を手で押さえている。

 我が儘ではあるが動物に対する愛情はきちんとあるようだ。

 私達の会話が止まったのを見てそれまで黙っていた護衛が口を開いた。


「セレネ様。そろそろ地図の場所に参りませんか?」

「あ……そうね」

「では、アリアドネ様」


 馬に近寄ってきた護衛は私を下ろそうと左手を差し出してくる。

 右手を馬の背中辺りに置いた瞬間、馬が大きな鳴き声を上げてその場から駆けだした。

 右手に針か何かを仕込んでいたのだなと冷静に分析しつつ、セレネを一瞥した後で落馬しないように体勢を整える。

 興奮している馬を制御することは敢えてせずに、そのまま森の中に突っ込ませた。

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