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異世界境界地  作者: ねこすず
8/15

8.綺麗で不気味な(ネネ視点)

「こちらになります。申し訳ありませんが客室等はありませんので、こちらで三人で寝ることになります。ご了承下さい」


和様区(わようく)。木造の建築物が多く建ち並び、古いものだと屋根が藁で出来ているものもある。明かりもほとんどは小さな火で作られており、喧騒により揺れるその灯りは、常に柔らかく和様区全体を照らしている。そんな区域のその一角。そんな暖かな雰囲気とは一転して、他の家々の火の灯りもあまり届かぬような、他の場所より暗い木造の家。そこが、我々が借りた家である。屋根が瓦で、壁は土塗り。窓は雨戸のみ、玄関は木の板二枚の横開き。中はあまり広いわけではなく、必要最低限の物しか無い畳と土間のみ。部屋数で言えば、ただ部屋として形(づく)っただけのような部屋の一つしかない。我々は寝る場所としてしか使っていないため、生活臭のあるものと言えば、布団と食事のための小さなテーブルくらいか。後は、少し手直しするために持ってきた、舞台で使う小道具やらが少し。ほぼ空き家と言われても仕方がないような家だが、寝るだけなら十分だった。


 私はネネ。道化師アモネネの片方だ。私より先に部屋に入り、多少散乱している衣装やら台本やらを、雑に家の隅に避けているのがアモ。そして、未だ不安そうな顔でぼんやりと前を眺めているのが、今回(すがら)から依頼された人物、矢追(やつい)蛍朱(けいす)である。手は犬猫(けんびょう)の時とは違い、私が握っているだけで握り返してはくれない。犬猫が去った後、何度も止まろうとしたところを会話で和らげながら半ば連行するように連れてきたせいか、あまり良い印象は持たれていないようだ。いや、それ以前に、顔を合わせたその時から良くは見られていなかった。やはり、犬猫と一緒に居るところを狙って接触して良かった。


「さ、蛍朱さん。ここどうぞ、座って下さい」


(ようや)く物を退かして出来た空間に手のひらを向け、にこやかに笑ってアモが言う。私は手を後ろに回し、戸を閉めた後、蛍朱の手を離した。雨戸は全て閉めてある。部屋を照らしているのは、アモが手に持っている小さな行灯で、そこまで明るいとは言えず、蛍朱としてはあまり居心地は良くないだろう。が、申し訳ないが、今宵だけは我慢して貰わなければならない。犬猫は居ないし、外はもう暗く、明かりも無しに一人で外を歩けば、変な魔物に目をつけられることになる。鎌を持っているから、自衛出来なくも無さそうだが……まぁ、まだ外に出すつもりはない。

 鎖を外され放たれたばかりの犬みたいに、目線だけ動かして部屋の中を見回す。体を強張らせ、鎌を両手で強く握る。そこまで怯えられると……うーむ、心が痛い。怯えさせるつもりは我々には無いというのに。


「蛍朱さん、大丈夫ですよ」


ぽん、と蛍朱の両肩に手を置くと、やはり驚いたように蛍朱の肩が跳ねた。こちらを見ることもなく、固まったままの蛍朱にこう続ける。


「畳が慣れないのでしょう?」

「…………え?」

「分かります、我々も初めは慣れませんでした」


分かる分かると大袈裟に頷いて、ばっ、と片手を広げる。それを見たアモも私に便乗する。


「しかしまぁ、まずは触れてみなければ何も分かりませんとも!」

「えぇそうです! 大丈夫ですよ蛍朱さん! 畳は化け物ではありません!」

「そうですそうです。ここを使って数ヶ月経ちますが、我々は一度も畳に襲われていませんから!」

「…………」


ぽかんと目を見開いて我々を見る蛍朱。私は笑みを深めて、したり顔で蛍朱を見る。その呆気に取られたような表情を見るのが好きなのだ。人を驚かせて楽しませることが、我々にとって一番の楽しみなのである。


「いやしかしネネ、畳に食われる話など楽しそうではありませんか?」

「ほうアモ、それは確かに面白そうです。今度そんな話を作っていただきましょう」

「いいですねネネ。早速明日にでも……」


顎に手を添え、そんな突拍子もない話を真面目に語る我々を呆れの含んだ目で見ているが、元々頭に残っていた不信感等は忘れてしまった様子。それでいい。我らは道化師なのだから、呆れ笑われ、楽しませることが至高なのだ。その蛍朱の前に立ち、目線の高さに屈んで柔らかく微笑む。


「大丈夫ですよ蛍朱さん。畳があなたを襲うなんて、それは有り得ない話です。あなたはここで休んで良いのです」


畳じゃないんだけど……そんな視線を感じるが、そのまま流して蛍朱を中に招いた。


 靴を脱いで畳に上がった蛍朱を見、それに続いて私も中へ入った。


「蛍朱さん、和様区はどうでした?」

「…………着物……? の、人が沢山居ました」

「おや、あなたの世界にも着物を着ている人が居るのですか?」

「……?」

「我々の居た場所では着物なんてものありませんでしたから。初めここに来た時は驚きましたよ」


アモがテーブルにマグカップを置き、それに牛乳を注ぎながらそう話す。私は落ち着かない様子の蛍朱の背を押し、テーブルの前に座らせる。それを見計らって、アモが両手を上に向けて蛍朱の前に出す。ぽかんとしている蛍朱に片方の手のひらを返して手の甲を見せ、もう片手の手のひらの上に交差させて乗せると、一人で握手でもするかのようにぎゅっと握る。上に乗せていた手を、指先を絞り、何かを摘み上げるように上に引くと、手のひらには先程は無かった小さな赤いハンカチが、摘んだ指先にはその端が摘まれている。その指先を離す。そうすると、ひらりと手のひらにハンカチが開かれ、包んであった中には角砂糖が数個乗っていた。


「お砂糖、いくつにしますか?」


驚いたように目を見開く蛍朱に、満足気に笑うアモ。ハンカチから一つ砂糖を取り、私の方へ渡す。私はそれを、手のひらの上で転がした後、ひょいと口の中に放る。両手のひらを蛍朱に向けひらひらと振り、普通の砂糖であるとアピールする。


「不安であれば、砂糖は入れませんよ」


アモの言葉に、ちらりと私の方を観察するように見る。勿論、私が口にしたものは普通の砂糖であり、毒物など入っていない。にこにこと笑い続ける私を見て目を細める。


「いらない、です」


一言、そう言ってアモを見据える。


「そうですか。分かりました」


蛍朱の様子に構うことなく大きく頷いて、ハンカチの四角を丁寧に指先で摘んで折り畳み、テーブルの上に置いた。マグカップを手に持ち……はっとしたように片手で口元を覆う。


「温めるものがありませんね?」


その言葉に、反射的に蛍朱が部屋をぐるりと見た。私も釣られるようにして周りを見たが、牛乳を温められそうなものは何もない。そもそも、電気が通っているのかすら怪しいこの家に家電など持ち込んでいなかった。どうしましょうと呟くアモの手から、マグカップを取る。


「こんな時は魔法を使うのですよアモ」


両手でマグカップを握り、昔教わったような魔法を使う。確か……えぇ、火を使うのではなく、熱を、そう、マグカップの中身へ集めるような感覚。魔法というのは、想像の力だとよく言うように、暫くそうやって手のひらで温めていれば、マグカップの中から緩やかに湯気が上がり始める。それを、また物珍しそうに蛍朱がじっと見ていた。我々のショーをじっくり見てもらえることに、嫌な気はしない。


「はい、どうぞ。蛍朱さん。熱いのでお気をつけて」


その蛍朱に、優しく微笑んで牛乳……ホットミルクの入ったマグカップを手渡した。実際は手の熱で温めたのだから、厳密には魔法とは呼べないのかもしれないが……それはこの場ではどうでもいいだろう。ほら、我々は人であり人ではないのですから? 手の熱で温めることだって、何だって出来ますよ。


「……ありがとう、ございます」


つんつんと指先でマグカップの表面を突いた後、そっと受け取ってくれた。自身の顔に近づけ匂いを嗅いだ後、恐る恐るといった様子でカップの縁に口をつけた。喉が乾いていたのか、我々への不信感が少しでも和らいだのか、それとも何かの好奇心か。ゆっくりとマグカップを傾け、コクンと喉を鳴らして一口飲み込んだ。マグカップから口を離し、ぺろりと口元を舐めた後、また口をつけてホットミルクを飲んでいた。

 飲んでくれて良かった。喉が乾いていたのなら可哀想だったし、あまりにも拒絶されると、こちらもどうすべきか考え直す必要があった。変に刺激して暴れられたら、それこそ縋に叱られてしまう。それに、依頼云々以前に、我々だって蛍朱と普通に会話をしたかったし、仲良くなりたいと思っていた。何故、と聞かれれば大した意味などない。我々風に、強いて言うのならば、楽しい方を選びたかっただけだ。

 そっと手を伸ばし、蛍朱の頭に手を乗せる。ぴく、と蛍朱がこちらを見上げるが、微笑んで返してそのまま蛍朱の頭を撫でた。ほんの少し首を傾げたが、特に気にする様子もなく、またゆっくりとホットミルクを飲み続ける。その、夜の闇のような深い青の長い髪に、兎耳のような触覚が二本生えている。大きな丸い目で、小さな顔をしていて……

 そんなことを考えていると、蛍朱がマグカップをテーブルの上に置いた。丸い大きな目は眠たそうに瞼を落としていた。


「おや、もうお休みですか?」

「今日は色々なことがあって疲れたでしょう?」

「さ、布団にお入りなさい」

「また明日。おやすみなさい蛍朱さん」


まるで台詞を読むようにそう蛍朱へ語り掛ける。うとうとと、最早聞こえているのかいないのか。蛍朱の腕を引き、近くに敷いておいた布団へ蛍朱を寝かせた。布団の中でとろんとした目で我々を見上げていたが、そのうち、その目を閉じて小さく寝息を立て始めた。それを確認し、私は掛け布団を蛍朱へと掛けた。


「……やれやれ。眠っていただけて良かったですよ」


アモが首を動かしコキコキと鳴らす。テーブルの方に戻り、その上に置かれたままのマグカップを片手に持って、少し残った中身を揺らしていた。微かだが、そのマグカップの底の裏側に、小さな文字が書いてあるのがこちらからでも見える。


「えぇ。もし飲まなかったらどうしようかと」


私はそのまま、眠っている蛍朱の横に座って蛍朱の頬を撫でた。

 あの砂糖は、本当にただの砂糖だった。細工があったのは、マグカップの方だ。魔法文字と言うらしい。簡単に言えば、そのマグカップに注がれたものを飲んだ者を眠らせる効果がある。蛍朱の様子を見るに、もしかしたら何か感じ取ってはいたかもしれないが、それが何かまでは分からなかったのだろう。あくまで予想だが、もし、蛍朱が魔法やらに詳しい世界から来ていたなら、その魔法の効果を感じ取ってホットミルクに口をつけなかったかもしれない。まぁ、今となってはそれもどうでもいいことなのだろう。


「いや、しかし。この子がですか」

「えぇ、ネネ。私もそう思います」


アモがこちらを振り返る。すやすやと心地よさそうに眠る蛍朱。


「身内殺しの殺人鬼だと縋からは聞いていましたが……」


その寝顔を見て、アモが続ける。


「どんな厳つい輩が来るかと思っていたのですが」

「えぇ。こんな可愛らしいお嬢さんだとは」


二人一緒に、ゆっくりと頷く。眠る蛍朱を、二人して目を細めて愛しげに見つめる。


「本当に、可愛らしいお嬢さんで……」

「守ってあげたくなっちゃいますね」


頬を撫で、その髪を撫でる。触覚や耳が人間とは異なるが、それ以外は普通の女の子であった。小さな顔をしているし、目も大きい。十分可愛らしい少女と言える。少し人間離れしたような愛らしさがあるが、元の世界ではどんな暮らしをしていたのだろうか。元の世界は、どんな場所なのか……想像が膨らむ。行きたいかどうかは別としての話だが。


 暫くそうやって愛しげに蛍朱の頭を撫でながら、アモと雑談をしていた。


「……さて」


しかし、もう頃合いだと言うように、アモがマグカップをテーブルに置き、行灯の灯りに息を吹きかけて消して、こちらを見る。蛍朱の方へ目を向ける。暗闇の中、無防備に小さな寝息を立てて眠る姿は、幼子のような、人形のような。ふと目を離したら夜の闇に連れて行かれそうな、そんな雰囲気があった。どこか危うさを孕んだ蛍朱を見、寂しげにほんの少し眉を下げ、名残惜しそうに蛍朱の頭を撫で、頬に触れ……そっと立ち上がり近くの雨戸を大きく開いた。

 空の深い藍色に月が浮かんでいた。雲一つない晴天の夜空。しかし、星の輝きは弱く、疎らに空に点を打っているだけだった。風もない。しかし、この家を取り囲むように生えた鬱蒼とした竹は、やや揺れているように見えた。雨戸から離れ、眠っている蛍朱の方を振り返る。丁度、その横に、窓を乗り越えた月の光がのっぺりと畳の上に落ちていた。


「許して下さいね蛍朱。そして、犬猫も」


どうか許して下さいねと呟いたのと同時に、アモが玄関の引き戸を開けた。引き戸の軋む音さえも、大きく響いて聞こえてしまう静寂。


「行きますよ、ネネ」

「はい」


テーブルの近くに落ちていた蛍朱の鎌を、蛍朱が脱いだ靴の隣にそっと置いた。そのまま外に出るアモの後ろに続いて、私も外へ出た。ふと振り返って見た家の中は、私でも分かるほど異様な空間に見えた。窓も戸も開け放し、ほとんど何もない部屋に布団とそこで眠る蛍朱。まるで生贄でも捧げているような光景。そんな妄想を、頭を振って消し去り、引き戸は開けたまま、アモと共に夜の暗闇に姿を消した。



さぁ、今、あなたを縛るものは何もありませんよ。



今宵も月が夜空にあった。じりじりと夜空に貼り付いたような、そんな月が。

途中アモが使用した牛乳は帰宅途中に購入した新鮮なものです。決して数日常温放置したものではありません決して。


ネネの牛乳を手の熱で温めるシーン。あれは魔法なのでしょうか……確かに魔法をイメージして温めたのは確かですが、それはネネが『手から温めることが出来る』からであって、それ自体を魔法と呼ぶべきかどうかは曖昧な気がしました。強いて言えば能力……なのでしょうか……

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