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異世界境界地  作者: ねこすず
7/15

7.和風色異世界で

 蛍朱(けいす)の手を引いて、丸石の敷かれた広場から、和様区(わようく)の方へ歩いていく。そうすると、足元に敷いてあった丸石が(まば)らになる。周りの建物が世間一般で言う和風な様相と景色に変わる頃には、足元は往来により踏み固められた土の道が広がっている。振り返れば先程まで居た中央広場が見えるが、中央広場の様相に違和感を覚えるほど、中央広場と和様区とでまるで景色が違う。

 ここ異世界境界地は、ほんの少し歩けば、まるでその空間ごと別々に切り取られたかのように、全く違う景色になる。路地裏一つ、脇道一つ、そんな僅かな変化の道の先でさえ、景色も空間も変わってしまう異質な世界。色んな世界と交わっているからこそ、ここには色んなものが迷い込む。それら迷い込んだものを『異世界境界地に喚ばれた』、なんて表現する者もいる。(あなが)ち間違ってないらしいけどね。そして、自ら異世界境界地に望んで来たって者も、居る。でも元の世界に居る間は普通誰も、異世界境界地の存在は知らないんだけどね。

 驚いたようにキョロキョロと周囲を見回す蛍朱をちらりと見た。蛍朱も、多分そうなのだろう。異世界境界地に喚ばれた、もしくは自ら望んで来た。今までの蛍朱の言動を見る限り、喚ばれた方なのだろうと予測している。これは感覚的なものだから、詳しく言えって言われると上手く言葉に出来ない。ただ、蛍朱を喚んだのは、異世界境界地自体じゃなく、もっと、何か……


犬猫(けんびょう)、さん」

「…………ん?」


蛍朱の声に、一度思考を中断しそちらを見る。幼子が親の注意を引くように私の手を引き、前方を指差している。


「アモ、と、ネネ、さんが……お団子……食べようって」


指差したその先で、丁度アモが四人分の団子を買っていた。団子売りから団子を受け取り、さぁどうぞと言わんばかりに手のひらを近くの長椅子へ向けるネネ。座れということだろう。別に拒否する理由はないから、行っても良いんだよという意味で蛍朱に頷いた。その意図が伝わったのか、表情は変わらないがどこか嬉しそうに目を瞬かせる。楽しそうで何より……と思っていると、蛍朱が両手で私の手を握り、そのままアモとネネの二人の元へと手を引っ張る。最初からアモとネネの所に一緒に行くつもりではあったんだけど、こう、手を引かれるなんて予想してなかったから、少し驚いた。手を引かれるというのも中々無くて、何だか新鮮な感じがした。

 私と蛍朱が椅子に座ると、両隣に私達を挟むような形でアモが蛍朱の隣に、ネネが私の隣に座る。


「どうぞ、蛍朱さん」

「ほら犬猫も」

「ん、ありがと」

「あ、ありがとうございます……」


軽く焼いた団子に()し餡が乗ってあるその団子を受け取る。ちらりと蛍朱の方を見るとばっちり目が合ってしまった。何気なく見ただけだから何もやましい事はないけど、まさか蛍朱もこっちを見ているとは思わなかった。どうしたんだろう。え、何、もしかして団子食べられないとか? 食べたことない? 大丈夫だよ米と小豆だけのシンプルな食べ物だよ。あ、米じゃなかったかもしれないけど。

 と、突然蛍朱がぐいっ、と自分が受け取った団子を私の口元へと出した。驚いて反射的に後ろに身を引く。え、何、本当に何なの。蛍朱の意図が読めない。小さく首を傾げていると、またぐいっと団子を私の前へ出した。……もしかして食えと仰ってます? 困惑気味に蛍朱の目を覗くと、蛍朱が小さく頷いた。嘘ぉ、冗談でしょうか……そう聞くように更に首を傾げる私に無言と無表情の圧力を掛けて食えと仰っている。あぁ、冗談じゃないようで。

 暫しの無言の問答の末、とうとう私がその圧力に負け、仕方なくマスクを外して蛍朱の持っている団子に噛み付いた。そのまま一つ噛み千切って咀嚼する。漉し餡の優しい甘さとちょっぴりとした塩味、団子の仄かな甘み。うん、美味しい。それを飲み込むと、ぴくりとも動かずこちらを見ていた蛍朱が小さく頷いた。その後、何事もなかったかのように自分の持っている団子を食べ始めた。え、本当に何だったの。


「ふっ、くくく……」


蛍朱の行動に首を傾げていると、隣から含み笑いが聞こえた。振り向くと、口元の笑みを片手で覆い隠して楽しげに笑っているネネと目が合う。見れば、アモも顔を伏せて楽しげに笑っている。


「っふふ、けん、犬猫……毒味させられてましたね」

「毒味させられてましたねんふふふ」


二人の言葉に、一瞬何のことかと思考が止まった。が、すぐに理解すると、ばっ、と勢いよく蛍朱の方を振り返った。


「毒味させたの蛍朱!?」


振り返った先で、蛍朱がぽかんとした無害そうな顔をして私を見ている。何も悪いことしてないよって本当に純粋に思ってる顔で見ている。


「いやぁ、本能で我々のことを怪しんだ故の行動なのでしょうね」

「えぇ、警戒心がお強いようで何よりですよ」


未だ驚きで獣耳の伏せたままの私の頭を、ネネがパーカーの上から撫でながらそう言った。


「看守である犬猫に毒味させるなんて、随分度胸のあるお嬢さんですねぇ」

「……ソウダネ」


予想以上に逞しい蛍朱に半ば感心しながら、そのままパーカーの帽子を引っ張って脱がそうとしてくるネネの手を頭を振って退ける。


「いいじゃないですか、そんな見られて恥かしいものでもないでしょう?」

「嫌なの」

「誰も笑いませんよ?」

「嫌」


えー……って顔されても嫌なものは嫌です。この獣耳を見られるの、あんまり好きじゃない。諦め悪くつんつんと私のパーカーについている耳を突いていたネネが、ぱっと一段と表情を明るくさせ、いいことを思いついたと人差し指を立てる。と、がばりと後ろから羽交い締めにされる。


「蛍朱、やってやりなさいな」

「…………!?」


待ってそれは聞いてない。いち早く何をするのか察したアモが、私と蛍朱の手に握られた団子を奪い取る。蛍朱がゆっくりとこちらを振り返り、何事かと思案した後、ネネの言葉の意味を察したのかゆっくりとこちらに手を伸ばしてくる。ヒュ、と喉が鳴り、殺されるわけでもないのに薄っすらと冷や汗が流れたのが分かる。


「やややめっやめっ、ちょっ、あの蛍朱さん?」


無言。怖いよ蛍朱さん。嘘でも棒読みでも「大丈夫」とかなんとか言って蛍朱怖い怖いよ無言が。


「ネネ!! 離しっ離して!!」

「はいはい大丈夫ですよ〜」

「大丈夫ジャナイッ!!」


ネネの大丈夫は大丈夫じゃないッ!

腕を振り回して退けようとするも、金属でがっちり拘束されたみたいに全く動けない。そうこうしている内に、蛍朱の手が自分のパーカーの帽子に触れた。


「やめッまっ待って本当やめろぉうわあああアアアアッ!!!───


ー間ー


「……パーカーの帽子取られたくらいでそんなに叫ばなくてもいいと思うのですが……」


しゅ、と縮こまり肩を落とす私の、猫の耳のような三角の獣耳を撫でつつネネが言う。

 見られたくなかったのに……ただの獣耳でしょって言われればそれはそうなんだけど、私は見られたくない。元普通の人間だからそんな感情があるのかは分からないが、私は嫌。そう訴えるように横目で見るが、構わず愛でるように撫で続けるネネに、ほんの少し呆れて溜め息を吐く。蛍朱はというと、あんな悪魔みたいなことしておいて、まるで何事もなかったかのように団子を食している。何というか、神経が太いっていうか……思ったより元気に強かに生きていそうで何よりだ。監獄区(かんごくく)では、不安になるほど大人しくて、刺激するとパニックを起こしていて心配してたから、こういう部分を見られたことは良しとしよう。私の帽子取ったことは暫く引きずるけど。


 食べ終えて串をがじがじと囓る蛍朱の手から、ネネが串を奪い取り、もう片手で、「どうぞ」とまだ手のつけていない自分の団子を私の頭を撫でながら手渡す。今、腕が三本無かったかって? まぁ、さっきまで二本だったけど、三本でも別に変じゃない。アモとネネは、そういう存在だからだ。男性であり女性であり、有性であり無性でもある。幼い子供のようであるが、老人のようにも思える。人のようで、それ以外のようでもある。それが『道化師アモとネネ』だ。何者にもなれるようで何者でもない。だから次の瞬間腕がもう一本生えていようが、体が半分に裂けていようが、何らおかしくないらしい。まぁ、初めて見ると大抵の人は驚くんだけど……蛍朱は気付いてないのか、そんなに驚くことでも無かったのか、「ありがとうございます」と言ってまた団子を食べている……そんなにお腹空いてたんだろうか。一応、監獄区の檻の中でもご飯出てたと思うんだけど……まぁいいか。


 二つ目の団子を食し終えた蛍朱を見て、そろそろ行こうかとアモとネネが立ち上がり、それぞれ蛍朱と私に手を差し伸べる。蛍朱は戸惑った後、そっとその手を握って立ち上がる。そんなことしなくても立てるんだけどな。紳士的で気遣いが出来て世間一般的に言うイケメンなんだろうけれど、私は二人がこれまで暴れてきた惨状を見ているせいか、それら全てがわざとらしく見える。道化師であり演者でありエンターテイナー、それはよく二人から聞く言葉。道化師、演者、エンターテイナー、それらに対する私の偏見だが、その通りなら、二人はいつも何かを偽りながら生活しているのだろうか。この優しげな笑みも、差し出された手も、嘘なのか本当なのか、分からなくなることが、二人にもあるのだろうか。


「犬猫」

「どうしました?」


二人が優しく微笑む。私が異世界境界地に来て、よく世話をしてくれた二人を無意識に先輩として見ているせいか、どうにも深く二人の思考に踏み込めないでいる。私を優しく世話をしてくれる二人は、私をどう思っているのか。


「……何でもない」


マスクで口元を隠し、パーカーの帽子を被り直すと、差し出された手へ自身の手を乗せる。柔く握り返され、そのまま手を引かれて立ち上がった。


 団子屋から離れ、暫くは雑談をしながらただのんびりと平穏な景色の和様区の道を歩いていた。前をアモとネネが歩き、その横を蛍朱が、私は少し後ろに離れて歩く。蛍朱から何か聞いてくることはほとんどなく、アモとネネが和様区について説明しているのを静かに聞いていた。ちらりと蛍朱の思考を覗いてみたが、檻の中のような切羽詰まるような感情は見当たらず、ただただ好奇心の赴くままに話を聞いたり景色を眺めたりしている。やはり、普段の蛍朱はこんな感じなんだろうな。こんなことになりさえしなければ、元の世界で気ままに暮らせてたのかと思うと、少し、複雑だった。だってこんなことになりさえしなければ、そもそも会うこともなかったかもしれないし、でもこんなことになりさえしなければ蛍朱は平穏に暮らせてたかもしれないわけで……

 そんなことを考えてると、強く手を握られた。驚いてそちらを見れば、首を傾げた蛍朱と目が合った。さっきまでアモとネネの隣を歩いていたのに、わざわざ後ろに戻ってまで、どうしたのだろうか。首を傾げてどうしたのかと聞いてみるが、変わらず蛍朱は無言のままこちらを見上げている。え、何……?


「……鳥では聞きますが」

「人間でも刷り込みってあるんですねぇ」

「……え? 何?」


妙に納得したような顔をして頷く二人に聞き返すも、「いえ何でも」と言って笑みを浮かべるばかりで答えてくれない。


「……あ」


更に首を傾げ、その途中で思い出した。今度は、アモとネネの二人が首を傾げる。


「ねぇ、次の公演さ、一週間後だよね」


その言葉に、二人が顔を見合わせる。先程中央広場で確認した予定表、今日から一週間後に、アモとネネの演劇の公演会があると書いてあった。いつもなら、二人は今頃どこか一室を借りて、食事睡眠休憩を忘れて心配になるほど劇の練習をしているはずなのに、こんなにのんびりと外を出歩いていることに、疑問を持ったのだ。かなりふざけたこの二人でも、自分達の開く公演に対する熱意は生半可なものではない。だからこそ、今ここに居るのが不思議だった。気紛れで案内していられるほど、そんなに余裕は無いはずなのに。


「…………まぁ、色々あるのですよ」

「……?」


煮え切らないような答えに、目を細めて二人を見る。何か、私達に言えないようなことがあるのだろうか。緊急時に動けなくなると困るから大事なことなら言って欲しい。


「さて今夜の宿ですが」

「ちょっと」


自然な流れで話題を変えようとするアモの言葉に割って入って止めると、何で止めるんだと目で訴えられる。え、そんなに言いにくいことなのだろうか。人前……蛍朱の前で話せないこと? それとも私にも話せないことなのだろうか……何か隠している人に着いていくの怖いなぁ。

 蛍朱も同じなのか、ぎゅ、と握る手の力を強める。それを見て、「ちょっと」と私の腕をネネが引き、アモが蛍朱の肩を押さえて引き離す。


(すがら)に頼まれたのですよ」


十分離れたところで、そう耳打ちされる。


「……縋さんに……?」

「はい」


更に訝しんで聞く私に、頷いて答える。


矢追(やつい)蛍朱(けいす)の監視を頼まれたのです。色々不明な点が多くありますし、犬猫がサボるかもしれないからって……あっこれは言わなくて良かったですね失礼しましたうふふ」


わざとでしょ今の。不満げに眉を寄せて、楽しげに笑うネネにじっとりとした視線を投げかける。いつも楽しそうで何よりだよ本当。まぁ……そういうことなら良いかな。蛍朱に伝える必要も無さそう。見ていてくれる人が増えるのは、純粋に有り難かった。私が寝てる間とかどうしようか悩んでたし。

 私が納得したのが分かったのか、うんうんと数度頷いてアモの元へ戻っていく。


「さて、今夜の宿ですが、我々が借りた家でよろしいでしょうか? 和様区にも一つお借りしている家がありますので」

「狭苦しいですが、どこか別の宿を探している時間はありませんでしたから……ご了承下さい蛍朱さん」

「…………は、ぁ」


曖昧に頷く蛍朱。まぁ、どこの宿が良いかなんて聞かれても、ここに来たばかりの蛍朱にはまだ分からないだろうから、私としても何処でもいい。そう思いながらアモとネネ達の方へ歩んだ途中で足を止める。


「あ」

「え?」


アモとネネ、蛍朱が何事かと私の方を振り返ったのを見て、ビクリと肩を揺らして半歩下がる。


「どうしました? 犬猫」

「あ……ごめ……今日あの……」


視線を泳がせ、もごもごと話し更に半歩下がる私を訝しんでか、三人同時に首を傾げ、下を向いた私の顔を覗き込んでくる。い、言いにくい……


「…………きょ、予定が……ありまして……」


で? って無言で聞き返される。


「…………一緒に行けない……」


三人、ゆっくりと顔を合わせる。


「はい?」

「あなたこの子のこと任されたのですよね?」

「うっ……」


正論。分かってる、分かってるけど……今日は推しの配信で、蛍朱だけならまだしもいつ悪戯してくるか分からない二人と一緒に見たくないし、前日まで練習漬けだっただろう二人の睡眠の邪魔したくないし……推しの配信見に行くって言っちゃったから見に行けないの辛いし……いや、断るかぁ……推し……推しの配信……絶対行かなきゃいけないわけじゃないけど、約束破ることになるなぁ……仕方ないよね……

 一人ぶつぶつ呟きながら自分を納得させようとしている様があまりにも惨めで哀れだったのか、ネネが溜め息混じりに「分かりましたよ」と頷く。


「ほんとっ……!?」

「えぇ。犬猫の予定の邪魔をしてまで止めようとは思いませんし、我々が居ますので! 蛍朱のことは我々に任せて下さいな」


自身の胸に手を当て、任せなさいと言ってくれるネネ。正直すごく心強い。


「明日またここで待ってますね犬猫♪」

「うんっ、ありがと……蛍朱っ」


振り返って蛍朱の手を握り、その目を覗く。


「もし、二人が酷いことしたら、言っ、て、くれていいから……」


念のため、そう伝えた。小声で二人には聞こえない私の声に、小さく首を傾げ、ゆっくりと頷いた。そっと手を離し、手を振るネネを背に、一人情報区(じょうほうく)の方へ向かい走り出す。良かった、頼りになる二人に任せることが出来て。かなりの問題児だが、それ以上に優秀で心強い二人だ。本当、有難い。二人をあんまり信用して無さそうな蛍朱には悪いけど、他に信用出来る人が今のところは二人と監獄区の看守だけだから───


「まぁ、結果的に上手くいきましたね、ネネ」

「はい」


ふと聞こえた声に立ち止まる。


「……?」


振り返ると、遠くをアモとネネが蛍朱の手を引いて歩いている。空耳……だろうか。ほんの少しの疑念に首を傾げ、ゆっくりともう一度情報区の方へと歩き出す。夕暮れ、茜色に染まりつつある空に、賑やかな喧騒が、少しずつ少なくなって溶けていく。

もう少し詳しく和様区観光したかった気がします

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