5.別に正義じゃない
怪我等は適切な処置を……
私が撮った動画を真剣な表情で見る縋さんと鶯。私も横から見ていたのだが、見返すと思った以上にブレッブレで、初見だとこれが誰についての動画なのか言われなければ分からないのではないだろうかと不安になってきた。
「見にくいな」
言われてしまった。
「俺ら説得するために捏造動画作ってきたわけじゃないよな」
「捏造にしても、説得するにはこれじゃ荒すぎるだろう。それに犬猫が私達を騙すために捏造動画を作るのはまだ良いとして」
いや良くないです。待って、良いわけないでしょ。私のこと何だと思ってるんだろうかこの人。
「わざわざ自分の腹を引き裂いてくるほど頭がおかしい奴でもない。というより、何故ちゃんとした治療も着替えもして来なかったんだ犬猫。馬鹿じゃないのか」
未だ血の滲み、染み込んだ看守服と私の脇腹を指差し、呆れたような声でそう言った。だって着替えてくる時間が惜しかったんだもん。
あの後、私は回復魔法で最低限の処置をして真っ直ぐこの監獄区へ走って来た。流石に血塗れで街中を走ったら騒がれるくらいの常識はあるので、路地裏を選んで。多分誰にも見られていないと思うが、確かに、血塗れのまま暗い路地裏を走っていく様は軽くホラーだっただろうな。次はちゃんと着替えるか。
「まぁ、持ってる武器は違えど、容姿は完全に矢追蛍朱そのものに見える。証拠としては不十分だと思うがな。で、お前はこれを私達に見せた上で何を望む」
スマホの画面を横目に、縋さんが私にそう問う。
「蛍朱ともう一度お話したい」
「話してどうする。何を話すつもりだ。もう一人の矢追蛍朱を見つけたことか」
「……それも、あ、る……けど…………」
あの時、あいつが言った言葉を思い出す。
「まだ説得する種が残ってるなら話しておいた方が身のためだぞ犬猫」
口籠る私を見て、鶯はまだ私が何か隠しているのを察したのだろう。確かに、話しておいた方がいいのかもしれない。でも、なぁ。開きかけた口を閉じる。あいつが伝えろと言ったのは、蛍朱に、だろうし。あぁ、伝えろ以外の情報、まだ言ってなかった。
「あいつは、蛍朱の手でなければ殺せない、って……その前に、あいつは、次の脱獄の機会に蛍朱を殺すって……蛍朱を待ってる、って……こっちは蛍朱にだったな……」
「はぁ? 待て待て、色々聞きてぇけど、次の脱獄の機会にって何だよ。その、次が絶対にあるみたいな言い方はよ」
鶯が明らかに不満そうな声を漏らす。そりゃそうだろう。蛍朱が脱獄しないように常に見張っているのは鶯だろうし。次があるなんて堪ったものじゃない。
「……あいつが、言う、限りは。あいつが脱獄手伝ってるって」
「手伝っ…………手伝ってる、か」
何か思い当たる節があるのだろう。私も不思議だった。見張りが三人も居るのに、見張りだけじゃなく他の看守だってこの監獄区には居るのに、どうしてたった一人に七回も脱獄されたのか。でも、外部からの手助けがあったとすれば、確かに、脱獄し易くなるのかもしれない。以前も話した通り、ここは囚人を閉じ込めることよりも、安寧を守るためにあるから。無理矢理出ようと思えば結構簡単に出られてしまう。それを防ぐための看守も、外部の何者かの手伝いを受けた危険な囚人の脱獄なんて事態そうそうないだろうし、誰かのもう一人が居るなんてバグがあるかもしれないってことも合わさったものだから、対処の仕方が難しかったのだろう。
看守達も馬鹿じゃない。けれど、今回は上手く行かなかったんだろうなぁ……腕を組んで考え込む縋さんと、ほんの少し目の下に隈のできている鶯の顔を見て、そんなことを考えた。蛍朱自身もそうだし、縋さんや鶯、その他の看守のためにも、この件は早く解決すべきだろう。そう悠長に考えてもいられなさそうだ。
「よし」
考えが纏まったのか、縋さんが軽く頷き、私を指差す。
「犬猫。お前、矢追蛍朱を連れて外に出ろ」
「ふぇい?」
突拍子も無い言葉に、思わず変な声で返事をしてしまった。縋さん?
「鶯、矢追蛍朱の檻に案内してやれ。矢追蛍朱には外出許可を出そう」
「え? あ、はい。え? マジっすか?」
鶯も動揺したように縋さんの顔を二度見た。分かる、私もちょっと何言われたのか分からない。
「もう一人の矢追蛍朱を探るには本人から出向いた方が早い。待っていると言っていたのだろう? この件は早めに解決すべきだ。あちらから出てきてくれるなら、それに乗ることにしよう」
言っていることは分かる。もう一人の蛍朱を誘き出そうって話でしょ。分かるよ、すごく分かるんだけどちょっと分からない。事が突然過ぎて分からない。
「……それに、もう一人の矢追蛍朱は本人でしか殺せないのだろう」
……分かるよ。看守を大勢出して異世界境界地中探し回るより、街の真ん中に突っ立っていれば自ら出て来てくれる条件と一緒に外に出た方が、いいんだろうなってことくらい。でも、何か、もやってする。後私に責任押し付けようとしてないかこの人。確かに首突っ込んだのは私だけど。私だけど。
「……ゎ、かりました。いってきます」
「よし。矢追蛍朱にはこれを着けとけ。矢追蛍朱から目を離すなよ」
「…………はぃ」
受け取った二つのネックレスは、簡素な細い金属の糸に、片方は小さな青の宝石、もう片方は小さな黄色の宝石が付いてるだけの、両方とも簡素なネックレス。片方は私が着ける。発信機みたいなもので、一定の距離間に居ると淡く発光する。逆に、一定の距離が空くと色を失い灰色に変わる。一定の距離というのは曖昧だが、大体、平面に立って相手の姿が視界に映る程度だと聞く。つまり、蛍朱と離れてしまっても色がある内はまだ近くに、色を失ってしまったら遠くに居ることが分かる。相手の位置とか明確な距離とかが分かるわけではないけれど、私は異世界境界地には慣れているつもりだし、最悪知恵の梟である縋さんに頼れば異世界境界地内であれば見つけるのは容易いだろう。縋さんは基本何でも知ってる。
「何かあれば報告するように」
そう言って私の背中を押し、蛍朱の檻へ行くように命じる。このネックレスを受け取ったことで、私が背負う責任の重さを再確認したみたいで、触れた金属の温度が酷く重たく、冷たく感じる。鶯が隣に並び、私の肩に手を置いた後、案内するよと私の前に立って歩いた。大きく息を吐いた後、数秒遅れて鶯の後ろをついて行く。自分の肩が重く感じた。
暫く無言のまま、鶯の後ろをついて歩いていた。監獄区って、本当に静かだな。時折、一時的に捕縛している凶暴なやつが暴れる音は聞こえるも、本当にそれだけ。水の流れる音、木の軋む音、何かの歯車が回る音、炎が空気を吸い込んだ音。そういう音ばっかりで、人の話し声も静かで……はっきり言って、眠くなる。ような気がする。実際に寝たことは無かったかもしれない。自分の足音しか生きる者の音がしない博物館みたいだなって、ここに来て最初の頃は思ったかな。ここの檻の中の囚人もちゃんと生きてるんだけどね。生きる喧騒とはかけ離れていて、あんまり実感ないだけで。
「お前も、よくこんな厄介事引き受けたなぁ」
檻から目を離し、ゆっくりと鶯の方を見た。歩く足はそのままに、私の方を軽く振り返って少し疲れたように笑っている。
「眠れて、ないの、鶯」
「いや? 寝てはいるよ。あぁでも、あんまりってとこかな」
苦笑し、軽く息を吐いた。
「クレとマドーはまだ新人だろ? あの二人だけ置いて寝るのは心配でさぁ……結果的にあんま眠れてないんだわ」
目の下の隈が、先程よりも濃く見えた。いつものように軽い調子で笑っている声も、あまり、元気そうでは無い。
「まぁでもお前が」
「何とかするよ」
割り込むように言った私の言葉に、少し呆けたような顔をする鶯。私が何とかするよ。そう、もう一度言えば、にっ、と笑って頼んだよと返してくれた。
暫く歩いていると、鶯が前方を指差した。その先には、見張りのクレとマドー、そして、変形してない蛍朱の檻。鍵を開けようとポケットを漁る鶯の隣へ出て、その前へと歩み出る。ついさっきも来たばかりの、蛍朱の檻の前。大きく息を吸い、吐く。よし、行こう。着けるネックレスの色は特に関係ないので、適当に自分の首に黄色の宝石のネックレスを掛けて看守服の中に仕舞う。鶯が鍵穴に鍵を差し込む。カチャリと小さく響いて開いたその扉を押して、中に入る。先程と同じ、檻の隅に膝を抱えて蹲る蛍朱の姿が見えた。靴音を鳴らし、蛍朱の前にしゃがんだ。軽く息を吸って、声を掛ける。
「蛍朱、外に出よう」
抜け殻のような蛍朱。何も反応を示さない。
「……あいつが、もう一人の蛍朱が、待っ、てるって」
ビクリ、と。大きく蛍朱の肩が跳ねた。真っ白な思考に出血したように感情の色が湧いていく。
「わた、しが」
上げられた顔、覗いた目。困惑したように瞳が揺れる。
「殺、さなきゃ」
突然、バネを弾いたように私の両腕を蛍朱の両手が鷲掴んだ。
「私が!! 殺さなきゃ、私が、殺される!!」
これまで以上に強い力で腕を握られる。
「私が、殺されるの!! 私、が!! 殺さなきゃ!」
身を乗り出した蛍朱に押され、私は後ろに転ぶ。突然のことに驚いて自分の尻尾踏んだ、痛い。それより、大した処置のしていなかった傷口が開いたのか、脇腹に激痛が走り、思わず顔を顰めた。軽率にあいつの言ったこと伝えるんじゃなかった。冷や汗が頬を流れて落ちた。蛍朱の行動に驚き、叫んだ鶯が私から蛍朱を引き剥がそうとしている。必死に叫ぶ蛍朱の悲痛な声に、脳が揺さぶられる。悲しみ、焦り、諦め、僅かな怒り、殺意。強い、恐怖感。圧し潰さんばかりの感情が頭に流れ込んでくる。頭が、痛い。痛い、苦しい。
…………落ち着け。
「ッ」
ぐ、と片手で傷口を押した。更に傷口が開いた気がしたが、幾分か冷静になれた気がした。
感情に気圧されるな、落ち着け。
押し倒される勢いで腕を、体を押されている。鶯が引き剥がそうと後ろに引いているというのに、全くといっていい程びくともしない。クレとマドーが、扉の向こうで狼狽えているのが視界の端に映った。蛍朱の声が痛い、獣耳を伏せる。落ち着け、私が何とかするよってさっき言っただろ。
「けぃ」
「私が!! やらなきゃ!!」
「す……」
「早く、しないと!!」
聞く耳を持たない、というより、パニック状態になっている。聞かないというより、聞こえないのだろう。殺意の籠もったその目で叫び続ける。自分がやらなければいけないのだと、自分を責め立て続けて塞ぎ込もうとする目。それでも確かに、その目は助けを求めてた。声に出来ぬ言葉をその目に映している。その目に、私は見覚えがあった。
一瞬、自分の思考が止まったように思えて、
「私が───!!」
次の瞬間、自分の肺がいつもより大きく膨らんで、
「殺させないからッ!!」
そう、叫んだんだ、と思う。
不意を突かれたように蛍朱の動きが止まり、それと同時に、先程まで痛いほど叫んでいた声が止んだ。私の声に驚いたのか、鶯も、クレもマドーもぽかんとした顔で私を凝視していた。強く握られてほんの少し痺れた腕を持ち上げ、血の付いていない方の手で蛍朱を押し返す。
「私が殺させない、から」
「…………私、が……?」
「大丈夫、だよ。落ち着いて」
指先を開き、力の抜けて垂れた蛍朱の腕を、今度は私がしっかりと掴む。
「あのね、聞いて」
自身の腕を掴んだ私の手に目を落とし、ゆっくりと顔を持ち上げ私の目を覗き込んだ。
「もう一人の蛍朱を、探そうと思う……の。だから、蛍朱に手伝ってほしい」
無言。しかし、その目はしっかりと私の話を聞いてくれていた。
「私はここの看守だから、囚人の……うぅん、蛍朱のことは、守るから。それ、に、蛍朱はこんなとこに居るべきじゃ、ないんだ」
「…………」
息を吸う。
「外に出よう、蛍朱」
その目が、大きく見開かれた。困惑と、希望を掴みかけているような目。浮かんではまた沈んでばかりいた意思の中に、確かに浮かんだ蛍朱の意思を捉えた。掴んでいた手を離し、その手のひらを上に向けて、蛍朱の前に差し出した。ゆっくりと手のひらに視線を落とす。人形のようであったその体が、手が、ようやく意思を持ったように、ゆっくりと私の手のひらの上に置かれた。そっと、その手を握る。
漸く、私は蛍朱の手を掴んだ。大丈夫だよ、蛍朱。
「独りじゃないよ」
少なくとも、私がこの手を握っている限り。握っている限り、私一人だけだろうと蛍朱の味方は居るんだ。
「…………犬猫、お前……なぁ……」
鶯が、力が抜けたように檻の壁に背中をぶつけ、ずるずるとその場に座り込んだ。
どう考えても痛いだろお前……