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異世界境界地  作者: ねこすず
3/15

3.ケース2

 檻が変形しない。監獄区の檻は、中に入る囚人によって形を変える。その檻とは、囚人を外に出さないための形というより、囚人の最期を見守るための形になる。そのため、囚人自ら檻の外へ出ようとする者はほとんど居ない。だってそこが一番安全で居心地がいいから。そもそも、囚人として監獄区に来た者は大抵皆、消えるためにやってくるのだ。終わりをここに求めて。異世界境界地において『消える』とは……イメージとしては幽霊が成仏するみたいな、あの感じに似ていると私は思う。未練も全て無くなってようやく次の生へ歩き出す思いが出来て、この地から消える。『消える』とは異世界境界地に暮らす者全てに共通する現象だが、監獄区の場合、中の囚人が消えれば檻も元に戻る。短く言えば、監獄区の檻とは囚人にとっての『最期を迎えるための場所』であり、外の世界ではなく、静かに檻の中で終わりを迎えたいと望んだ者がここに呼ばれる。そして、囚人を守るための檻が変形しないということは稀にあり、その理由は大体一つに限られる。それは、『貴方はここで死ぬべきではありませんよ』ということ。何を基準に檻が変形しないのかは詳しくは分からないそうだが、ほとんどの理由はそういうことである。だから、檻が変形しなかった場合、看守は囚人を檻の外へ出し、他の居住区へと送る。檻の中に居るべきではないから。

 たまに凶暴な奴が監獄区の檻に入れられることもあるが、大抵の場合、こちらも檻が変形しなければ他の居住区か、何らかの処理を施した後に元の世界に帰される。つまり、蛍朱(けいす)も、檻が変形しないのであれば例外なくどこかの居住区か、何らかの処理を施されて元の世界に帰される。のだが、それが出来ない理由は、(すがら)さんの言う、『昔も似たようなことがあった』からなのだろう。神経質な足音を響かせたまま、縋さんが口を開く。


「昔一度、誰かのもう一人が現れるという事件があった。つまりは、同じ存在が二つ存在するという、この世界に起きたバグだ」


こちらを振り返ることもなく、淡々と話を続ける。


「その時は、誰かと瓜二つの存在がもう一つ現れるというバグが複数回起きるというものだった。もう少し詳しく言うと、それらは全て形だけ象った黒い影というお粗末なもので、どれも一時間もしないうちに自然に消滅した。数で言えば三十体以上、そのバグが生じた時間は約四八時間、つまり約二日間。それ以降は確認されていない。だが、姿だけ象っただけだというのに、報告書にもバグが生じていた。それは、『誰かともう一人が存在する』こと、『そのもう一人が行動したことがそのまま記録される』こと。『そのもう一人と本人の行動の違いにより記録自体が上手く行われていなかった』こと。まぁ、それらは時間の経過によって元通りに書き換えられ、いつものように記録を始めたため、この事件自体偶然的なバグなのだろうと考えられ、その方向で調査が進められていた、わけだが……」


ピタリ。縋さんに続いて自分も足を止める。目前に、中に閉じ込めるように四角に囲われた壁の一面に入り口のための格子をつけただけのような、簡素な造りの鉄の箱のようなモノがある。あれが、変形する前の檻だ。先程の話を切り上げ、それを指差して縋さんが言う。


「あれが蛍朱の檻だ」


縋さんの指先からその檻に目を移す。隅々からしっかりと観察するも、先程聞いた通り、どこも変形していない。


「お前の望みの通り、矢追(やつい)蛍朱(けいす)と会うといい」


そう短く言い、つかつかと檻の方へ歩き出した。縋さんが手を上げると、檻の前で見張りをしていた三人が敬礼をする。


(うぐいす)、クレ、マドー。ご苦労様。矢追蛍朱の様子はどうだ」

「はい。今は大人しくしているようです。物音一つ立てないのが不気味っすけど……」


若葉色の髪をした青年がそう報告する。彼が鶯だ。その少し後ろに並ぶ、小柄で茶色い髪をした鷹の翼を持つ二人がクレとマドー。二人はここに来てまだ日が浅いからか、薄刃鎌の死神と呼ばれる蛍朱の檻の前だからか、少し緊張したように敬礼をしたまま固まっていた。


「そうか。引き続き見張りは頼んだ。何か少しでも異変があれば報告するように」

「了解っす」

「それと。ほら、行け」


そう縋さんに言われ、縋さんの後ろから鶯の前に出る。


「えっ犬猫(けんびょう)が制服でここに来るなんて珍しいじゃん。溜まってた報告の提出はしたの?」

「うっ」


私の姿を見て、少し意外そうに言う鶯の言葉が思いっきり刺さる。先程まで止んでいた怒りの籠った圧のある視線を縋さんから感じる。分かってる、分かってるよ。サボった私が悪いことは十分、分かってる。後でちゃんと出します。


「っ、蛍朱と、話したくて……」

「えっ、コミュ障の犬猫が自ら? 自ら話したいってマジ?」

「う"っ」


これまた意外そうに、今度は少し驚いたような声が遠慮なく私の心を踏んでいく。ヒドイ。そうだけど。合っているけれど。確かに人と話すのが苦手な私から話したいなんて言ったら何かあったのかって思うかもしれないけれど、そんな素直に言わなくていいじゃん。私だって普通に人と会話してみたいって思うけど話すの苦手で話せないだけで話したくないってわけじゃ


「何してんの犬猫。早く入りなよ」

「ハイ」


一人で悶々としている間に、鶯はすでに蛍朱の檻の扉に手を掛けており、不思議そうな目でこちらを見ていた。縋さんからも、背後から早く行けと言わんばかりの視線を強く受け、前に出る。

 扉を開けた鶯の隣に並び、中を覗く。暗く、静かで、冷たい、檻の中。即席で作られた小さな灯りだけが中を照らしているが、それが(むし)ろ体ごと重く、締め付けるような寂しさを増してるようで、それが檻の中を満たしていた。別にこれはわざとじゃない。檻が変形すればその囚人にとって居心地のいい空間になるし、変形しなければ檻の外に出されるからこんなとこに居る必要はない。それが出来ないからこんなことになってるわけで……言い訳か。少なくとも、檻の隅で膝を抱えて蹲る蛍朱にとっては。


「…………」


抜け殻みたいな蛍朱の思考を覗き見た。何も考えていない、ただただぼんやりとのっぺらとした真っ白な思考。鶯が扉を閉めると、檻の中はさらに暗くなる。灯りの当たらないギリギリの位置にいる蛍朱の姿はさらに暗い。

 ぼーっとどこかを眺めている蛍朱の側に歩みを進める。何の反応も示さない。本当に、人形のよう。帽子を被り直す。屈んで目線の高さを合わせて蛍朱の顔を覗く。


「……こんにちは」


反応なし。


「矢追蛍朱、さん」


反応なし。


「体調、は、どう……?」


反応なし。


「昨日のこと、覚えてる?」


蛍朱の体が微かに揺れた。き、の、う。そう繰り返すように唇が動いた。ぼんやりと思考に色がつく。が、すぐに真っ白に戻る。


「……私のこと、覚えてる?」


自分を指差して言うも、反応なし。視線すら動かさず、こちらを見る様子もない。


「……昨日の、話の続きが、したいなっ、て……」


反応なし……これ、会話にすらなってないな。さっきの『昨日』って言葉には反応したから、忘れてるわけじゃないと思うけど……なんかなぁ、私が出した単語によって反応してくれるのは分かったけれど、それもほんの一瞬で、大きく引っ掛かるもので無ければ反応せず(起 き ず)にもう一度夢の中に落ちてくみたいな、そんな感じがする。酷く億劫で、眠くて寝ていたいから大きなことにしか反応しないって、そう言ってるようで。

 ……大きく引っ掛かるものか。蛍朱にとって一番大きな出来事。身内殺し? 昨日の出来事? バグの話……は蛍朱は知らないか……ううん思い出せ、一番大きな引っ掛かり、蛍朱が私を追い掛けてまで言いたかったことは……


「……『私は何もやっていない』」


大きく、蛍朱の肩が揺れた。オートマタが動き出したように、ゆっくりと顔を上げ、虚ろだった瞳に光が差し、蛍朱の目が私の目をしっかりと捉える。


「私、は───」


ゆっくりと口を開く。


「何もやってない!!」

「おぁわっ!?」


途端、蛍朱の両手が勢いよく私の両腕を掴み、そのまま強く押される。突然のことに驚く間もなく畳み掛けるように続ける。


「私は何もしていません……! 助けてください私は何もッ!」

「ちょッ待っ待ってマッ痛い痛い痛い」


やっぱり結構力強いなこの子。突然のことに驚いて呆然と見ていた鶯が、私の言葉にはっとしたように反応し動いたのを見て、慌てて蛍朱の腕を掴んで押し返す。


「落ち着いて、蛍朱」


乱闘になったら面倒臭い。次にいつ話せるか分からないし、毎回この反応だとするなら落ち着いて話すまでに時間が掛かる。


「わ」

「順番に話そう、蛍朱。まず、蛍朱は何をしてない、って?」


蛍朱の言葉を遮り、そう続けた。強引にでも進めないと、ずっと同じことを繰り返す気がする。蛍朱は、初めてそんなことを聞かれたとでも言うように、ポカンとした顔で私の顔を見る。そしてフリーズ。え嘘でしょ。もしかして会話出来ない? 会話出来ないパターンなのかこれは。どうしろと。これ以上どうしろと。あれ聞き方まずかったのかなそれとも何かもっと必要なのかなも少し調べてから聞いた方が良か


「私は、何か、したんですか……?」


喋った。びっくりした喋っ……いや喋ってくれて良かった。うん。


「あっ、いや……いえ、私、は、殺してません……多分……?」

「多分……?」

「あっ、えっと……? 私は何かした……? やった……? ん……?」

「…………」


これ、会話になってるのか……?


「えぇと、蛍朱は殺してないの……?」

「…………多分?」

「……曖昧、だね」

「…………」


蛍朱が困ったように眉を下げる。何だろう、会話苦手なのかな。人のこと言えないけど。


「……んんぅと、蛍朱の言う殺してないって、のは、身内殺し……について?」

「……はい」

「どうして、そう思うの?」

「……やってないからです……?」

「いやっ、うん、ソウダヨネ」


私の聞き方が悪かったのもあるけれど、やっぱり会話苦手なのかなこの子。苦手と言うか、上手くないと言うか……人によってはイラつかせそうだな。


「んんーと、報告書には、蛍朱がやったってある……んだ。でも、蛍朱は、やってないんだよ……ね?」

「私は……やって、何か、やったんです、か……?」


分からない。そう呟いて下を向く。


「私は、何もやってない、けど、何かやったのなら、私が、何か、やったんですよね……?」

「……自分が何をしたのか、覚えてないの?」

「分かり、ません。私は何もしていない。でも、私が何かしたのなら、私がやったんでしょう……?」


そっと鶯の方を見るも、鶯もよく分からないと肩を竦めて首を振る。正直、私も分からない。蛍朱は何もやってないけれど、蛍朱が何かしたならそれは蛍朱が何かしたってこと。それは報告書に記録された通りのこと。でも、『報告書と事実は違う』というのが間違っていないのだとしたら、それで合っている。


蛍朱と蛍朱の誰かがもう一人いる。


まだ確証はないけど、間違いでなければこれで合っているはずだ。まだ蛍朱は錯乱していて、上手く思い出せていないだけなのかもしれないけれど、心を覗いた限り、嘘は吐いていない。んで、そう仮定して。次にやるのは、そのもう一人の捜索かな。不確定要素だらけだけど、その蛍朱は目の前に、監獄区の檻の中にいるのだから、ここから外に出て探して『蛍朱』が見つかればそれが『もう一人』だ。でも、異世界境界地を隈無く探す……無理じゃね? 滅茶苦茶広いこの異世界境界地を隈無く。一人では勿論無理だし、はっきり言って情報なんてゼロに近い。報告書を隅から隅まで確認してもいいけど、そんなに多く得られるようなことはないと思う。もしかして聞き込み? 会う人会う人にお話聞いていかなきゃいけない? どうしよう、すごくやりたくなくなってきた。自分から首突っ込んでおいてだけど、ものすごくやめたい。あ、


「ねぇ蛍朱、私を追い掛けてきた時、ルート? 決めてたの……?」

「え……?」

「あれ、咄嗟の思い付きで動いてた、わけじゃない……でしょ?」


獲物の追い込み方に詳しかったんだとしても、ほぼ初めての地であんな動きは出来ないと思う。それに、七回の脱獄で向かった先で一番多かったのは情報区だ。他の区域では隠れにくかったからかもだし、偶然かもしれないけど、私と遭遇した時は積極的に動いていたように見えたから、隠れるのが目的ではなかったのだろう。何か他の理由があるはずだ。「えっと……」と、少し困惑したように首を傾げ、視線を泳がせる。


「…………そこに、居る気がしたから……? だから、そこで動けるようにしなきゃっ、て、道覚えようと……」

「……?」


小さく首を傾げた私に、蛍朱が私の目を見たまま続ける。


「そこに、居ると思ったんです……分からないけど……そこに行って……」


蛍朱の目がどこか空中を眺めた。


「殺さなきゃって、思ったんです」

異世界境界地において消えるとは、本文にある通り幽霊が成仏する感じに似ていますが違います。でもイメージはそれです(曖昧)

ちなみに異世界境界地において『死ぬ』とはバッドエンドと捉えることがほとんどです。未練持った幽霊を無理矢理消しても未練が残るだろうなぁ……ってイメージですね。

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