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異世界境界地  作者: ねこすず
2/15

2.囚人カテゴリーじゅ番

後書きにて用語を少し纏めております

 監獄区(かんごくく)。異世界境界地のどこに居ても見える遥か上空に浮かぶドーム状の建物。どうやって浮かんでいるのか、何故上空なのか。調べたこと無いので私は知らない。そして私、犬猫(けんびょう)はあそこの看守である。が……


「……久っ々に着たなこれ……」


看守服、看守が着用する衣服。その看守服に久々に着替えた。普段私は外の見回りだからっていうのと、少し特別な理由があってほとんど看守服を身につけず、普段は黒寄りの青い猫耳パーカーを着ている。だから別に看守服を着て来なさいみたいなことは言われていないが、着ていかなければならない大事ーな理由がある。今更遅いと思うが。思うが。

 大きく深呼吸をし、玄関の扉を開けていざ監獄区へ。異世界境界地にて主に居住区である、夢幻区(むげんく)和様区(わようく)交流区(こうりゅうく)情報区(じょうほうく)のうち、私が住んでいるのは情報区。高いビルとコンクリートの目立つ区域。夜はネオンライトが街を照らす……漠然的に言えば都会みたいな景色。そういう都会というわりには、他の区域と比べると騒がしい区域ではない。都会イコール騒がしい、は、もしかしたら偏見かもしれないけど。そして、他の区域よりは騒がしくないにしても、私は人の目とか、声とか、そういうものが苦手で、中心よりは少し離れた位置に住んでいる。そこからまた、あんまり人が居ないところを選んでなるべく目立たぬよう普通を目指して歩く。周りの人は大して貴方のこと見てませんよなんて、言われたところで全く気にしないなんて器用なこと私には出来ないですので。ハイ。

 暫くそうやって歩いていけば、広場に出る。どこの区域にも属してないというか、四つの区域の線が丁度交わる所。つまり中央広場だ。それ以外になんて言えばいいのか分からない。中央広場の真ん中、地面に大きな魔法陣がある。そこから、真っ直ぐ上に見上げれば、監獄区の大きな建物が見える。しっかり中央広場の真上にあると分かるのだが、その真下であるこの広場にもちゃんと日の光が届く。本当、変なとこ。大きく息を吐き、真っ直ぐ魔法陣の方へと歩み、魔法陣の中へ入る。


「監獄区へ」


そう呟けば、ほんのりと魔法陣が光り出し───瞬間、目の前の景色は青い空に変わる。魔法陣は変わらず足元にあるが、ぐるりと見渡した一面、外から見たようにドーム状にガラス張りになっており、そこから外は遮るもののない見渡す限りの空。その他に一番に目に入るのは、美術品のようなモノの数々。古木で作られた鳥籠、氷柱の垂れ下がる行灯、空の透ける水草の水槽。しかし、その中には必ず〝誰か〟がいる。これらは、全て囚人の檻なのだ。最初見た時、私もこれが檻なのだと言われて首を傾げたことがある。ここ、異世界境界地の監獄区の檻は、入った囚人によって形を変形させる。それは心の形だったり、思い出の形だったり、囚人にとっての『安寧』とやらを守る形に変わるらしい。戒めるものではなく、安らぎを求める。一般的に思い浮かべる監獄とは異質に感じる。


「犬猫!」


背後から鋭い声で名前を呼ばれ、振り返る。看守服に身を纏い、背中に萎れた翼を持つ小柄な女性、私の上司である代変(よりかえ) (すがら)さんが、つかつかと神経質に靴を鳴らしてこちらへ向かってくる。慌てて背筋を伸ばし、頭を下げる。


「おはようございます縋さ」


ゴッ、というすごく鈍い音が聞こえるのと同時に頭に強い熱と痛みを覚えた。


「指定した報告日に三回連続でサボりとはどういう了見だ犬猫貴様ァッ!」


縋さんに殴られた頭を押さえ呻きながらしゃがんだ私に声を張り上げて怒鳴り付けてくる縋さん。そう、三回連続でサボった。ちなみに何も連絡入れてない。怒られそうだから。今現に怒られてるし頭()たれた。少しでも怒りが和らげばいいなーとか思ってちゃんと看守服を着てきたが完全に無駄だった。


「言い訳は!?」

「ありませんゴメンナサイ……」

「サボった分の報告!」

「それもないで」


ゴッ


眉をしかめて橙色の目で私を睨み、少し派手なピンク色の髪を掻いた。


「次の報告日には全て纏めてこい犬猫」

「ハイ」


で、何の用だ。そう溜め息を吐きながら気だるげな声音で言った。


「……昨日の……矢追(やつい)蛍朱(けいす)について、少し気になったので……」


自分の薄茶色の髪を軽く払い、帽子を被り直し、立ち上がる。まだ打たれた頭が痛い。


「蛍朱の、檻って……何処にありますか……って、何ですか……?」


むすっとした顔で睨むようにして私の顔を見る縋さん。何か、まずいこと言ったかな……それともまだ怒ってるのか……いや怒ってるなこれ後でちゃんと報告纏めとこ。


「……矢追蛍朱の檻へ行く前に、少し見せたいものがある」


そう言ってまた神経質に靴を鳴らして歩いていくのを、久し振りに履いた慣れない足音を立てて慌てて追いかける。

 着いていった先は、看守長の……縋さんの部屋だった。無駄な装飾など何もない、極めて質素な部屋。整頓された机の上に一冊の大きな本。その本の表紙を撫で、指先で示す縋さん。


「矢追蛍朱についての報告書だ」


報告書。という割には、普通に図書館などに置いてあるような様相のその本に目を移す。縋さんが本を開き、パラパラとページを捲るのを隣から覗き込む。


「矢追蛍朱の投獄の理由は」


捲る手を止めたページを指先でなぞる。読む視線を誘導するように文章の上を動いた指先が一文字目を指す。


〝身内殺し〟


親族は勿論、自分の親しい間柄の者を全員、その手で殺した。その後、ここ異世界境界地に迷い込み、その場に偶然居合わせた見回りの看守が蛍朱を見つけ捕縛し、そのまま投獄。初めは錯乱していたものの、次第に人形のように静かになった。錯乱していた時の言葉は『私は何もやっていない』。私が追い掛けられた時と似ている。看守の姿を確認して逃走を試みたことから、異世界境界地に来る以前も看守もしくは警察などから追われていた可能性アリ。そして、そこから七回の脱獄。夢幻区に二回、和様区に一回、交流区に一回、情報区に三回。当初の蛍朱の檻の見張りは一人だけだったが、現在は三人。


「蛍朱は……私にも、『私は何もやっていない』っ、て……言ってました」


あの時聞いたあの言葉は、『身内殺し』について言っていたのだろう。縋さんがその言葉を指先でなぞる。


「……この報告書は、見たものを(たが)えることなく記録されていく本だ。誰かの手によって書かれる記録手帳というより、システム的に記録されていくログと言った方が分かりやすいか? この本の記録対象である『矢追蛍朱』が『したこと』が、ここに自動的に記録されていく」


だから、必然的に蛍朱が言っている『私は何もやっていない』は蛍朱の嘘だと、そういうことになる。システム的に記録するそれを誰かがそれを書き換えるには、バグを起こすしかない。


「そのバグが起きている可能性が、あるというのは……」


じろり、縋さんが横目で私の顔を見た。

 バグ。その『世界』と決められたものに(たが)えるものがその『世界』に生まれること。例えば、『絶対に、ここには私は私として一人しかいない』という世界があったとして、その世界に自分と全く同じ私が、私の前に立って話をしているとか、意味が分からないことが起きる、それがバグ。


「『蛍朱』がもう一人居て、その『蛍朱』も『蛍朱』だから、記録書には『蛍朱がやった』ことになる……」

「そうだとして。それが本当かどうかは分からんぞ」


ごもっとも。だって記録書は絶対だから。蛍朱が嘘を吐いているの方が普通だしそっちの方が当たり前。だけど、


「何で蛍朱……攻撃しなかったんだろう」


記録書の一部を、自分の尖った爪先で叩く。そこが、自分の中で納得出来ない理由。身内全員を殺した理由と、その他を殺さない理由の違いは何だ。身内がとことん嫌いだった? だから周囲には興味がなく殺す理由にはならなかった。看守から逃げたのも、ただ単に捕まりたくなかった。でも、だとしたら、殺す対象であるはずの身内も全員居ないのに、脱獄してまで何故私を追い掛けたのか。追い掛けてきてまで、何故『私は何もやっていない』と言った? 見張りの人とかに言えばいいんじゃないのか、そういうの。少なくとも、追い掛けてまで言うことではない気がする。それに、追い掛けてきた時、それなりにルートを決めて追い掛けてきていたように思う。それ以前に、何故一番初めの出会った瞬間でそれを言わなかったのか。見張りの人にそう言っても相手にしてもらえなかったから、一度ちゃんと話をするために私を捕まえてから言うつもりだった? だとすると尚更、何故、攻撃しなかった? 鎌だってあったんだ、無傷で捕まえるよりさっさと動けなくしてしまう方が早いと思うし、そもそもあの足の速さなら、あの時私に見つかる前に不意打ちの攻撃だって出来たんじゃないのか。傷付けたくなかった? 何故。話すかどうか以前に人をいたぶるのが趣味だったから、わざと逃がした。でもそうなると、蛍朱にとって予想外のはずの、私が上に逃げた時のあの強い焦りの後の攻撃するフリは何だ。その後殺す気だった? そんな余裕なんてなかったのは、あの時の蛍朱の思考を覗いた自分がよく知っている。全て完璧な嘘だと、演技だと言われればそれまでではあるが……

 大きく息を吐いて、ぐ、と腕を軽く伸ばす。よく分からないけれど、何か引っ掛かるんだ。


「……すいません、蛍朱の檻、は……」


考えても分からないことは、直接本人に聞いた方が早い気がした。ふと見た縋さんは、じっと私の顔を観察しているようだった。が、私の言葉を聞き、頷く。


「案内する」


記録書を閉じ、それを抱えたまま部屋の外へと出た縋さんを追う。部屋の外に出た時に触れた空気が冷たいような気がした。少し頭を使ったせいか、ちょっとだけ心地よい。監獄区で心地よいとか言ったら不謹慎だろうか。


「実は私も、矢追蛍朱で気になっていることがあってな」


真っ直ぐ前だけを見る、その背中を見る。


「檻が変形しないんだ」

「……え?」

「それに」


一瞬、足を止めた。


「お前が言った通り、矢追蛍朱ともう一人の矢追蛍朱がいるかもしれない。昔、それと似たようなことがあった」


肌に触れた外の空気は、やはり冷たいような気がした。

用語纏めです


【監獄区】

異世界境界地上空に浮かぶドーム状の建物。

【情報区】

高いビルとコンクリートの目立つ都会のような区域。

【中央広場】

夢幻区、和様区、交流区、情報区の丁度真ん中の広場。真ん中に魔方陣があり、そこから監獄区へ行ける。

【檻】

中に入った囚人によって変形し、囚人の安寧を守る。

【報告書】

起きたことを正確に記録する本。記録書とも。一人一冊は必ず存在する。

【バグ】

その『世界』によってあり得ない、意味が分からないことが起きる。

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