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異世界境界地  作者: ねこすず
14/15

14.罠3つ

 異世界境界地(いせかいきょうかいち)情報区(じょうほうく)。以前、蛍朱(けいす)ともう一人の蛍朱が遭遇し、戦闘になっていたビルの一室。そこに、蛍朱は一人、ぽつんと鎌を持って立っていた。


 蛍朱に提案をした、翌日の夕方頃。今回、もう一人の蛍朱と会うにあたって、色々準備をさせてもらうことにした。1つは通信機。耳に付けておくだけのやつだ。蛍朱の耳は特殊だから、付けるのには苦労したけど。こうしておけば蛍朱の声は聞こえるし、私の耳なら離れていても周囲の音も多少は盗み聞き出来る。

 もう1つは、以前もう一人の蛍朱に遭遇したあのビルに待ち伏せし、罠を張ること。以前出没したところを狙うことにした。路地裏でも一度遭遇したが、あそこだと逃げられたら追うのが大変だ。どこに出没しやすいとか分からないし、蛍朱にも聞いてみたが分からないようだった。しかしどの道、もう一人の蛍朱は蛍朱を探している。こっちが探し回るより、準備をした状態で待ち伏せていた方が、体力の消耗は少ないはず。罠は、3つくらい張らせて貰った。魔力に関して詳しい相手なら、簡単に見抜いてしまうかもしれない。もう一人の蛍朱が魔法に詳しいかどうかは分からない、だからそこは賭けだ。もし見抜かれたら、他の方法を試すしかない。

 最後に、蛍朱たった一人で、待ち伏せてもらうこと。心苦しかったが、私やアモとネネが近くに居たら、遭遇する前に逃げられてしまうかもしれない。


「蛍朱、今回のやり方は……ぅん、危険なんだよね、分かってる。……こんなこと言うのおかしいけど……一人で、居られる……? 私、すぐに駆けつける、けど……」

「……私のために、考えてくれたんですから、やります」


それでも浮かない顔の蛍朱の頭を、罪悪感のままにそっと撫でた。


「……犬猫(けんびょう)、さん」

「……なぁに」

「……助けて、下さいね」


 ───蛍朱を一人、ビルに残し、罠を張って私は遠く離れた路地裏までやってきていた。ここなら人の声はしないし、通信機の音も、よく聞こえる。

 耳に取り付けた通信機は、しんと静まり返っている。時折、蛍朱が鎌を持ち直す微かな音が聞こえるだけの時間が、すでに三時間と経っていた。まだ夕暮れ時だった空は真っ暗になっており、点々と星が灯り始めた。暗く、寒い路地裏。パーカーの帽子を被り、しっかりとマスクをする。

 ……蛍朱は、寒くないだろうか。暑くなって、いないだろうか。何事も起きないこの時間が、ある意味苦痛だった。早くもう一人の蛍朱が来て終われと思う自分と、何も起きないで欲しいと思ってしまう自分もいるのだから、本当に私は意志薄弱である。この提案をしておいて何だけど、そもそももう一人の蛍朱が生きているかなんて確かめようもないし、本当に来るかどうかなんてもっと分からない。死体も残らなかったって聞くし。

 ……もし、早くこの件が片付いたら、また蛍朱とお団子を食べに行こう。他にも、美味しいものはあるから、連れてってあげて、綺麗な景色とか、沢山見せてあげよう。そうしたら、


『見つけたぜ蛍朱ァ!!』


現実逃避の思考を遮るように、あの声が通信機越しに聞こえてきた。

 本当に来た。生きてた。はっとして、通信機に耳を傾ける。


『こんなとこで待っててくれるとはァ……ッキヒヒ、ついに殺される覚悟は出来たんだ……あ?』


バチン


小さく、何かが弾ける音がした。


『んだよ……これはよぉ? 蛍朱ゥ、いつの間に何か仕掛け……ッ!!』


続けて、バァン! という音が木霊する。その音を合図に、一気にあのビルへ向けて駆け出した。

 1個目の音は、結界のようなものだ。二人とも結界の内側に閉じ込め、あのビルから逃げられなくした。蛍朱も出にくくなるが、何か起きる前に私が駆けつければいい。

 もう1つの音は、もう一人の蛍朱の身体能力を下げる、毒の魔法だ。身体が重くなり、動きにくくなる。単純なデバフ。蛍朱には間違っても掛からないよう、罠の防御魔法は事前に蛍朱に掛けさせてもらっている。


『っがああッ!! 姑息なマネしやがってぇ!!』

「蛍朱! いいよ、攻撃を始めてっ」


叫び散らすもう一人の蛍朱の声と、カン、と蛍朱の鎌の鳴る音が響いた。

 これで、準備は整った。ここからは私も合流して二人がかりで弱らせ、蛍朱が止めを刺す。

 もう一人の蛍朱が、魔法に関して疎いという賭けには勝った。後は、蛍朱がどれだけ上手く立ち回って、私がどれだけサポートできるかにかかっている。この作戦の、蛍朱の負担は大きい。失敗したら、次があるかも分からない。もう、終わりにしなきゃいけない。そう何度も自分に言い聞かせ、近くのビルの上に登り、その上を飛んで移動する。


ガツン!!


およそ、蛍朱の鎌と、もう一人の蛍朱の鉤爪がぶつかったような音が聞こえてきた。戦闘が始まっている。


『姑息なことしやがって!! てめぇじゃねぇな!? 誰に肩入れされたァ!!』


今回張った罠に、ご立腹な様子のもう一人の蛍朱。しかし、蛍朱からは何も返答はない。喋らないでほしい、なんて言った覚えはないのだが、緊張しているのだろうか。


『殺す! 殺してやる蛍朱ァッ!!』


もう一人の蛍朱の怒鳴り声に合わせて、また刃と刃がぶつかり、ビルの室内の床を削る音が響く。少し盗み聞き出来ればと思っていたが、結構よく聞こえてくる。その分、蛍朱が怪我をしないか、ハラハラさせられる羽目になっているが。

 低い位置のビルに飛び移った時、激しく刃がぶつかり合い、どっちかの体が転倒したような音がした。ドキリと心臓が鳴った。思わず足を止め、通信機に耳を澄ます。


『……ッ……てぇなァ!!』


もう一人の方の声。多分、転んだのは蛍朱の方じゃない。続けざまに体が叩きつけられるような音と、もう一人の蛍朱の声。それなりに優勢に戦えているようだ。止めていた足を動かし、さらに先のビルへ飛び移る。


 空に月が浮かんでいる。月明かりの下、情報区を走り回る。そう言えば、蛍朱と追いかけられた夜も、月が出ていた。


「っと……見つけた……」


視線の先、以前駆けつけた時に割ってしまった窓がまだ見える。それを確認し、窓から中が見える位置で身を潜める。

 ……すぐに駆けつける、とは言った。が、その場に駆けつけるとは言っていない、なんて、また蛍朱を裏切ることになるのだろうか。これは蛍朱がやらなきゃいけないことで、私が出ていったところで邪魔になる。最悪、戦闘よりも逃走に切り替えられてしまうかもしれない。結界があるとはいえ、逃げに専念されると動きにくくなるのはこちら側だろう。もう一人の蛍朱も素早く、足が速い。蛍朱の戦闘スタイルに私が合わせられるとも限らないし、そう考えると、その場に私が出ていくわけにはいかなかった。なるべく、戦闘に集中してほしい。ただ、何もしないわけじゃない。

 す、と手を伸ばし、もう一人の蛍朱をその先に捉える。


「縛れ、金糸」


手を伸ばした先、丁度もう一人の蛍朱が踏んだ床から、金色の細い糸が伸び、もう一人の蛍朱を拘束していく。


『今度は何だぁあッ!!』


もう一人の蛍朱の咆哮が聞こえる。はいはい、私ですよーだ。もう一人の蛍朱に何の未練も恨みもないわけじゃないからね、こういう時にしっかりお返しさせて貰おう。場所さえ分かれば、設置型の魔法は使える。

 拘束されていくもう一人の蛍朱の胴体を、蛍朱の鎌が穿った。続けざまに二回。血飛沫が舞う中、ようやく糸を引き千切ったもう一人の蛍朱が鉤爪を振るった。怒りに任せて振るったものだったが、近距離にいた蛍朱の脇腹を綺麗に抉ってしまった。でも、こういう時もサポートします。


「キュア、追って」


今度は蛍朱の方。ふらりとよろめき床に着地した蛍朱。数秒遅れて、ふわりと柔らかい光が漏れ、傷口を塞ぎ、癒やしていく。これは、事前に定めた相手にのみ当たるように組み込んだ魔法。

 もう一人の蛍朱が大きく目を見開くが、悔しそうに歯軋りをし、飛び出して鉤爪を振るった。だが、回復した蛍朱は身軽で、ひょいと避けていく。もう一度鉤爪を振るったタイミングに合わせて鎌を振るい、上に弾き飛ばすと傷だらけの腹を蛍朱が蹴飛ばす。未だもう一人の蛍朱を拘束していた糸がぶちぶちと千切れ、もう一人の蛍朱は数メートル先に吹き飛ばされ床に叩きつけられた。すぐさま起き上がるも、最初の罠の効果が重く、まだ残っているのか、ふらつき、床に手をついて蛍朱を睨みつける。


『こんな形で勝っていいと思ってんのか蛍朱テメェッ!!』

『……知ら、ない』

『……ッハァ!!?』


聞こえてきた蛍朱の声に、目をぱちくりとさせる。今まで黙っていたから、少し驚いた。今の、蛍朱の、声? 随分低かったというか、沈んでいた、ような……。

 蛍朱が振り被った鎌が、もう一人の蛍朱を大きく引き裂いた。ぐらり、もう一人の蛍朱の体が揺れ、べちゃりと床に倒れ伏す。決まった。もう、もう一人の方は虫の息のはずだ。蛍朱が、もう一度鎌を振り被った。ようやく、終わる。終わるのに、安堵していいはずなのに、何だ、この胸のざわめきは。


『……ッぁああ゛あ゛あ゛!!!』


突如、瀕死のはずのもう一人の蛍朱が腕で床を押して起き上がり、その勢いのまま鉤爪を真っ直ぐ突き出した。蛍朱が鎌を振り切る方が早いはずだった。その鎌は、空中でピタリと止まってしまっていた。鉤爪も、蛍朱の素早さなら避けられたはずだった。だが、真っ直ぐと突き出された鉤爪は、すっと蛍朱の胴体に吸い込まれるように突き刺さった。まずい、そう思った時には遅く、鉤爪は振るわれ、大量の鮮血が舞った。


「っ! キュア……!」


私が唱える前に、もう一度鉤爪が乱暴に二回振るわれ、血が噴き出す。元々近距離の魔法を遠距離に使えるようにしたやつだ。速度には不備がある。この魔法じゃ間に合わない。このままじゃ死んじゃう。急いで立ち上がり、走り出そうとした時、


『……し……て』


通信機からの蛍朱の声が、鼓膜を揺らした。


『殺して』


一瞬、時が止まったような気がした。耳を疑った。蛍朱が膝を付き、もう一人の蛍朱が息を切らしながら、呆然と蛍朱を見ていた。


『殺して、お願い、私』


震える、蛍朱の声にはっとし、二人のいるビルまで駆け出す。今登っていたビルから降り、走りながら通信機に耳を澄ます。


『……な、に、言ってんだお前』

『っ、ふふ……あの、ね。犬猫さんを、殴って逃げ出したとき、鳥の看守の人二人に捕まってね……?』


さっきみたいに、屋上を伝っていけば、早い。けれど、急がなきゃいけないのに、わざわざビルの階段へと足を向けた。


『私のせいで、皆苦しんでる。私、邪魔、っなんだって』


早く消えちまえって。そう呟いて、啜り泣く音が聞こえた。ビルに仕掛けていた、結界と罠を解いた。


『だから、だから、今、殺して……? お願い、おねがい……』


まずい。そう、分かっているのに。足音を消し、ゆっくりと階段を登って、二人のいる階まで歩みを進める。


『あなたの方が、きっと素敵よ……?』


扉のない入り口越し、壁一枚を挟んだ先。もう通信機が無くても二人の声が聞こえる。


「殺して、私を。あなたが、生きた方が……」


ダン。もう一人の蛍朱が、蛍朱の胸倉を掴んで押し倒した。ばちゃりと血溜まりが跳ねた。


「ふざけんじゃねぇよッ!!」


空虚な室内に声が響き渡る。今まで見せたことのない、焦ったような顔をした蛍朱がそこに居た。思わず覗き込んだ私に気づくことなく、もう一人の蛍朱は言葉を続ける。


「私がっ、私がどんな思いでてめぇを殺しに来てると思ってんだよ! それも知らねぇで殺してほしいだぁ……? ふざけんなよ!!」


大声で叫ぶ。ビリビリと、音が響いた。


「殺してほしいってのはぁ……ッ!!」


ツン、と。

 初めてだろうか。もう一人の蛍朱の感情が、言葉として流れ込んできたのは。そこで、ようやく気づく。あぁ、あの時の、2回目にこのビルで会った時の、攻撃に出るまでのあの妙な間は、私が乱入したことに驚いたんじゃない。


「はあっ!」


ダッ、と飛び出し、蛍朱を掴んでいるもう一人の蛍朱の腕を握り、引きはがすと、勢いをつけて軽くぶん投げた。もう一人の蛍朱はよろけ、大きく目を見開いて私を見た。が、すぐに怒りの形相に変わる。


「お前かァ!! 何、し、に……」


怒鳴りつけるも、体が限界なのか、ふらりとよろめき、傷口を手で押さえる。


「……っ、くそっ、たれ……ッ」


そう呟くと、くるりと背を向け、走り出す。そっと窓辺に触れた後、私が以前破った窓に飛び込み、闇に姿を消す。それを見送り、呆然と座り込む蛍朱の元へと近づく。


「蛍朱、大丈夫……?」


声をかけても、反応は返ってこない。ぼうっと、もう一人の蛍朱が逃げていった窓を見ていた。


「……キュア」


そっと手のひらを蛍朱に向け、傷の治療を始める。淡い光が漏れ、傷口を塞いでいく。それに対しても、蛍朱は反応することはなかった。

 ……性急すぎたか。収穫はあったにはあったのだが、これが、余計にどうすればいいのか分からなくなってしまった。蛍朱がこんなこと思ってるだなんて予想外だったし、それに気付くのも遅すぎた。気づいていたら、こんな作戦、口にしなかったのに。それに、あの時流れてきたもう一人の蛍朱の言葉。あれを聞いて、私はどうしたらいいのだろう。蛍朱の脱獄の手伝いをしていた理由も、あの時ビルでとどめを刺せなかった理由も、何となく理解できてしまった。この件、もう一人の蛍朱を殺すことで、解決しないんじゃないか?


「犬猫さん」


不意に、蛍朱が口を開いた。


「……助けて、ください」


虚ろな目で、諦めたような笑みを浮かべて。


「っ……」


ぎゅっと鎌を握り締めたままの手に手を重ね、そっと握った。


「……たすけるよ」


─────────────


「───それで、思ったんだ。やっぱり……もう一人の蛍朱を殺すことでは、何も解決しないんだって」


かつり、転がった小石を後ろに蹴飛ばした。カラカラと音を響かせ、瓦礫にぶつかって跳ねた。


「でもどうすればいいのか、分からなくて……。それで、さ。もしかしたら、まだ理解が足りないんじゃないかっ、て。図書館に行って調べたんだ」


フードを取り、マスクを外す。


「この事件を最善で解決する方法」


瓦礫の陰に月光が差す。


「……てめぇ、何で、この場所が分かった」


暗闇に落ちた、蛍の目と目が合った。

皆様!!! 今回こそは!!! 一ヶ月ほどで投稿ッ!!

できましたよ〜〜〜!!!

久しぶりの感覚ですねこれは。毎回後書きに「一ヶ月更新! 一ヶ月更新!」と言い続けて無理だと悟った先月までの自分、書いたぞ……。でも次回の保証はしません……。

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