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6 天界《剣鬼》

 最近は魔法をメインにした特訓を行っている。

 俺はバランとの訓練で自信がついてきた近接戦闘をしたいのだが、師匠は「あせっちゃ駄目」と言ってたまにしか組み手をしてくれなくなった。


 なんらかの意図があるのだろうが毎回師匠の考えることはわからない。

 そんな焦れる気持ちもあるが、今は師匠の言う通りに魔法を放ち続けている。



 そして師匠との魔法の特訓は至ってシンプルだ。


 師匠が放つ魔法を俺の魔力と気力が尽きるまで相殺し続けるという方法。

 もちろん力尽きれば被弾する。

 そして俺が失神するまで魔法は止まらない。


 だからシンプルだ。

 死ぬ気で死にかけろということらしい。

 意味がわからない。


 そんな師匠の放つ魔法は絶妙に加減されている。俺が全力で放てる最大火力をほんの少し上回り、そのあとに続く魔法の間隔は俺の最速発動時間よりやや早い。


 それも火、風、水とバランスよく放ってくる。俺自身に苦手な属性はないが得意な属性もない。

 だから師匠が放つ魔法と同じ魔法で相殺するように心がけている。師匠が言うには火魔法に対して水魔法が優位といった相性はほとんどないらしい。

 少しはあるが気合いでカバーできるとか言っていた。


 やっぱり意味がわからない。

 ちゃんと教える気があるのだろうか?




 しかしこの特訓を続けるうちに魔法の火力も発動速度も飛躍的に伸びた。

 俺の全力でもやや押されるという非常に優れたさじ加減のおかげで、俺は常に全力を上回る努力をし続けた。


 もちろん最後には力尽きて被弾するが、あらたに教えてもらった魔力回復ポーションがあるから一日に何度でも全力の特訓ができる。


 ただ魔力回復ポーションは効き目はあるのだが、飲むと体の内側がひどく痛む。少し慣れてきたがまだまだ付与がうまくいってないようだ。


 やはり早く付与の達人に教えてもらいたい。




◇◇◇◇



 今日は剣鬼との稽古だ。



 五年前、初めて師匠に連れられて剣鬼のもとに訪れた時は稽古どころではなかった。


 剣鬼と呼ばれる男は髪と髭を無造作に伸ばし、剣の事以外に興味はないといった風貌だった。


 年は師匠よりも上で四十歳ほどだろうが、肉体や気力の衰えなどまったく感じさせなかった。


 そしてその手には鈍く銀色に光る細見の剣が握られていた。彼も修行中だったのかもしれない。だから剣くらい握っているだろう。


 そう思いたかったが剣鬼からは殺気が漏れまくっていた。というかあまりにもわかり易く殺気が放たれていた。


 そんな当時の剣鬼に師匠は言った。


「ねぇねぇ。まだ怒ってるの? いい加減機嫌直してよ」


 やはり原因は師匠だった。

 俺は剣鬼の殺気ですでに帰りたいモードだ。師匠は友達だと言っていたが友達が放っていい殺気ではない。

 友達と思っているのはきっと師匠だけだ。


「……なんのようだ」


 剣鬼は不機嫌に答えてきた。

 流石にいきなり斬りかかってはこないようで少し安心した。あとは師匠がこれ以上話をややこしくしなければどうにかなるかもしれない。


「弟子をとったんだよ。それでね、剣術を仕込んでほしいんだ」


 師匠が武器を使うところを俺は見た事がない。もし師匠が武器を持って稽古をつけてきたら失神どころではすまないと思う。

 ただ目の前の男も手加減はしてくれなさそうだ。挨拶代わりに殺気飛ばしてくるくらいだし。


 そんな剣鬼は俺を一瞥したあとに溜め息を吐いた。


「断る。やるだけ無駄だ」

「そこをなんとか〜。根性はあるんだよ?」


 師匠が頼んでいるが無理そうな雰囲気だ。

 もっとも俺は怖いから断られてもいいと思っているのだが。


「少しは剣も使えるだろが才能はない。なぜこんな使い物にならないやつを拾ってきた?」


 剣鬼の言葉で当時の俺の少ない自信はさらに削られた。まともに能力を発動できない俺は戦う才能もなくこのまま終わるのかもしれないと。

 その後悔は、あの日三つの能力を望んだ事なのか、世界を救おうと決めた事なのか、すでに自分ではわからなくなっていた。

 


「拾ったんじゃないよ」



 しかし師匠の返事は、いつもの軽口から真剣なものへと変わっていた。

 そんな師匠は俺の頭にポンっと手を置いて優しく俺を見つめている。


 その手は温かった。


 俺が落ち込んだ時、師匠はいつも前に進めるように導いてくれる。器用な人ではないから尚更その優しさがわかりやすい。


 師匠が信じてくれるのならば俺はその期待に応えたい。だからその時から、俺は逃げることをやめたのだろう。


 俺が前向きになったのを確認した師匠は顔を上げて剣鬼に向き直った。


「この子はいずれ、私のもとまで辿り着くわ」

「……正気か?」


 剣鬼は訝しげにこちらを見ている。その体からはすでに殺気は放たれていない。


(師匠のもと?)


 わからないがどうやら師匠の狙い通りに事は進んでいるようだ。剣鬼はもう一度俺を見極めるように見てくる。


「そいつに才能がない事に変わりはない。だから俺のやり方で稽古をつける」

「もちろんよ。ありがとう」


 どうやら剣鬼は折れてくれたようだ。

 いきなり殺気を飛ばす危ない人かと思ったが悪い人じゃないかもしれない。まだ不安はあるけど、俺は師匠の期待に答えるべく礼儀正しく頭をさげた。


「よろしくお願いします!」

「ふん。剣鬼と呼べ」


 こうして俺に新たな指導者ができた。


 それはよかったのだが、問題はやっぱり師匠だった。


「それじゃあ頼むよ。スー様」


 師匠がいつもの軽口で『スー様』と言った瞬間、剣鬼の殺気は本日最高潮に達した。



 そのあとどうなったかは俺にはわからない。多分剣鬼の剣が師匠を襲い、師匠がどうにかしたのだろう。

 俺はその衝撃で吹き飛ばされ、そのあとも喧嘩の余波を浴びまくっていつものように失神してしまった。



 一週間後に再び師匠に連れられて、剣鬼との稽古が始まったので一応説得は成功したのだろう。


 しかしいつもは師匠が壊してもその日のうちに直る天界の地形も、この喧嘩には堪えられなかったようで一週間後でもまだ修復しきれていなかった。


 とんでもない怪物達に弟子入りしてしまったのだと改めて戦慄したのだった。






 そして現在の剣鬼との稽古だか、相変わらず手も足もでない。師匠の反撃はなんとなく気配を感じられるようになったが剣鬼の剣筋はまったくわからない。


 攻撃や防御で体を動かす度に無防備になった部分に刃が触れる。五年間変わらず切り裂かれていた。


 剣鬼との稽古では失神こそしないが、全身血だらけになるので精神ダメージはこちらの方が上だ。

 上達している感覚も掴めないから尚更きつい。



(ひびって体が硬くなること自体は同じか)



 精神論になるが、まずは気持を落ち着けないといけない。

 最近覚えつつある気配を感じる感覚を発揮するためには、剣鬼の間合の中は居心地が悪すぎる。


 作戦を実行する為にバックステップをして間合いをとった。剣鬼は自分の間合いに入ってくるまではいつもじっとして待っていてくれる。



 恐れるなと自分に言い聞かせる。

 確かに刃は怖いが、剣鬼は皮しか切ってこない。変な話だが剣鬼の腕を信じていれば死にはしない。

 

 そして剣鬼の剣をじっと見る。


 皮一枚しか切れない安全な武器だと自分に言い聞かせる。さらに脱力するために目をつむり、何度か深呼吸をする。



 体が少しだけ軽くなる。

 大丈夫だ、怖くない。

 再び自分に言い聞かせ目を開けた瞬間。



「!?」



 俺の体は硬直した。


 なぜなら剣鬼が踏み込んで俺の間合いに入ってきていのだ。

 しかも剣鬼は剣を天空に振り上げ、まさに今から振り下ろさんとしている。



(そんな!? こんな事は今まで――)



 剣鬼の初めて見るモーションに驚いた俺は何もできなかった。

 無意識どころか、目が剣を捉えているのに回避行動に移れなかった。


 それは剣鬼との稽古で初めて殺気を身に受けたからだろう。剣鬼はそんな俺にためらうことなく剣を振り下ろした。



 スパン



 それはいつもと違う事だらけだった。

 剣鬼が初めてモーションを見せた事。

 剣鬼が稽古で殺気を放った事。

 そして、いつもは薄皮一枚切って止めるのに剣を振り抜いた事。



 俺は剣を振り抜いた剣鬼をただただじっと見ることしかできなかった。いつも無表情な剣鬼だが、今の表情はことさら不機嫌に見える。


「ふん」


 剣鬼は振り抜いた剣を鞘に収めると、踵を返して歩いていった。



 理解できずにぼんやりしていた俺の脳は、激痛によって覚醒させられる。


「ぐぁ……そん……な……」


 俺の体は左肩から右腰にかけて斜めに大きく斬られ、大量の血を流していた。今まで散々怪我をして血を流してきたが、この深さと血の量は経験していないものだ。



 脳が警報をあげる。

 痛みで倒れそうだが、一度倒れてしまえば動けなくなると本能で理解した。


「死……ぬ」


 怖くて息が荒くなる。

 稽古用に持ってきたポーションの鞄はすぐそこにある。

 なのに、今は鞄まで辿り着けるか不安だ。


「うぅ」


 剣を捨て、体を抱きしめて鞄に向かってゆっくりと歩く。

 俺のポーションでこれだけの怪我が治るかはわからないが、それ以外にとれる方法はない。



 足をひきずり、血の道をつくりながらゆっくり進む。

 一歩踏み出す度にさらなる激痛が体に走る。



 それでもかなりの時間をかけてようやく鞄に手をかける。

 自分の手は血で赤く染まっているのに、血がついていない部分は青白くなっている事に気がついた。

 それを見て、死がすぐそこまで来ているように感じて目が潤む。


 血で滑る手でなんとかポーションを取り出すが、適正な量なんてわからない。それでも鞄に入っている数本のポーションをむせながらもなんとか飲む。


 するとポーションを飲んだことで体がうずくようにズキズキと痛みだした。

 深い傷を閉じようと細胞が暴れている。



 しかしそれでも傷は癒えず、血も止まらない。痛みで意識が消える前に残りのポーションを直接傷口にふりかけた。



「――っぁ――!」



 傷口は急激な再生によって血煙をあげだし、声にならない悲鳴をあげた。



 全身を襲う激痛に我慢できず、ついに俺は意識を手放した。

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