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4 天界《特訓》

「アルっ!」

「げふーっ!」


 奇天烈な声をあげながら俺は空を飛んでいた。いや違う。正確には蹴り飛ばされていた。


「つぎーっ! アイス〜 バレット!」


 楽しそうな女の声が響く。

 しかしその周りでは氷が生まれ、弾丸のように姿を変えている。

 しかもその数は数発ではない。数えるのが嫌になるほどの数だ。


「バキューン!」


 女の声に合わせ、宙を舞う俺をめがけて氷の弾丸は容赦なく放たれた。

 相変わらず手加減をしてくれない。

 迫りくる弾丸を前に俺は両手に力を込める。


「ブラスト!」


 俺は手を空に向けて風の魔法を使った。

 突風を放った反動で飛んでいた体は軌道を変えて墜落する。

 その結果地面に叩きつけられてしまったが、氷の弾丸からはなんとか逃れられた。


 しかし女の攻撃は終わらない。


「ん〜。男らしく真正面から止めてほしかったな。じゃあ次〜」


 そう言って女は人の大きさ程のファイアボールを作った。

 炎に照らされたその顔は無邪気に笑っている。まるで俺が躱さないと信じているかのように。


 そんな女の髪は今日も太陽のように輝いている。出会ってから五年経っても、死神は美しかった。







「お〜い。大丈夫〜?」


 師匠の声がする。

 また意識を失ったのか。


 目を開けると空になったポーション瓶を振りながら師匠が見下ろしていた。

 もちろんニコニコと笑っている。


「昔の夢を見ていました」


 俺は返事をしてゆっくりと上体を起こす。

 既に痛みはないが体の至るところから煙が上がっている。どうやらさっきのファイアボール(特大)で丸焼きにされたようだ。


 とりあえず服は天界特性魔法服なので大丈夫。今はちょっと焦げてるけど時期に自動修復してくれる。俺の成長に合わせてサイズも合わせてくれる優れものだ。



「うなされてたよ?」


 師匠はけらけら笑いながら背伸びをする。相変わらず悪気というものを持ち合わせていないようだ。


「初めて師匠に会った日の夢ですよ。というか僕の夢には師匠か剣鬼しか出てこないから悪夢ばかりです!」


 今から五年前、天界にきたその日のうちに師匠に弟子入りしたが、それからというもの毎日蹴り飛ばされては魔法で追い打ちをかけられている。

 そして意識が飛んだらポーションで復活させられるまでがセットだ。

 修行というより苦行であるが、師匠は特訓と言って聞かない。


 それにそもそも能力の発動の仕方すらまともに教えてもらってない。


「必死になれば魂が『ぐぁっ』てなるよ」

「肉体を強化する時は『よいしょっ』て感じで」

「魔法は『えいっ』てやればすぐに発動できるよ」

「付与は得意じゃないから……適当に」


 そんな説明で理解できるはずがない。

 おかげで初めて能力を発動するのに三年かかった。師匠いわく普通の人生三十周分だ。


 その間、生身でひたすら師匠の攻撃を受けるという拷問が続いた。

 おかげで確かに必死にはなった。

 だがこれを頑張っていると言っていいのだろうか?


 それでも俺は能力を発動できるまでには成長しているので効果はあるのだろう。

 防御重視の能力ではあるが。


「まずは死なない事が大事なんだよ」


 とは師匠の口癖だが、殺しにきている張本人に言われても説得力がない。


 何度か「やばっ」とか言って数本のポーションを一気に口に突っ込まれた事もあった。

 そのあとの師匠はいつもより少しだけ優しくなるが、それでも俺は気絶させられる。

 失神中が休憩中とでも思ってんのか?



 あと、師匠の友人として天界の剣士を紹介された。

 その名も剣鬼。

 そして類は類を呼ぶと言うべきなのか、この人もまたスパルタだった。


 そもそも名前が怖い。

 昔は剣聖や剣王と呼ばれていたそうだが、師匠が「鬼のほうがしっくりくる」と言ってから剣鬼になったらしい。

 やっぱり師匠の仕業だ。

 そしてそれをすんなり受け入れた剣鬼も変わり者だが、その実力は凄かった。


 毎日ではないがたまに剣の稽古をつけてくれる。師匠は組み手と魔法がメインなので剣の稽古は確かにありがたいのだが、師匠と同じくすべて実践だ。


 もちろん真剣で。

 達人の剣なんか俺の目には見えない。気づいた時には剣が体に触れている。


 ……そう、触れているのだ。


 寸止めではなく、毎回丁寧に皮一枚切って次の剣筋を放ってくる。目で追えない俺は一秒ごとに皮一枚切られていく。

 血まみれの拷問だ。

 それに無言で斬ってくるだけで剣筋なんて説明されない。痛い思いをして吸収するしかないのだ。


 師匠は「あいつは頭硬いから〜」とか言ってるがポーション飲ませて無理やり戦わせるあんたも大概だ。


 そんなスパルタなふたりに五年間も修行をつけられた俺は、ようやく十年間という修行の折返しを迎えた。


「あと五年もあるのか。まだ先は長いな〜」


 思わず呟いた。

 あと五年で師匠と剣鬼に一撃を与えたいけど、少しの希望も見いだせずにいた。

 むしろ最後まで生きていられるか心配だ。





 とはいえ修行は厳しいもののこの天界の暮らしは快適なものだった。この天界は自然豊かな島で、天界なのに海に囲まれている。

 一年中暖かい陽射しが降り注ぎ、特訓さえなければ楽園かもしれない。


 そして俺用に小さな家が海辺に用意されていた。


 この家は寝るだけでなく、俺の付与能力の練習場所でもある。

 最初だけは師匠に教わったが、特訓がない間に付与能力を鍛える為にポーションを作っている。


 最近では師匠に毎回失神させられて口に突っ込まれているポーションは自分で作ったものだ。日に百本以上作っているからポーションの作成にはちょっと自信がある。

 ただ、そのポーションもほぼ毎日使い切ってしまっている。つまり一日に百回以上は失神しているという事だ。


 それを改めて考えて俺は思わず溜め息を吐いて呟いた。


「師匠の知り合いの付与士からはまだ返事こないのかな?」


 ポーションの作成は捗っているが、それ以外の付与はあんまり成長が見られない。

 もしかしたら命に関わらないから必死さが足りないのかもしれない。


(いけない。思考が師匠のセリフに侵されている。とりあえず今日の復習をするか)


 まずは能力を発動するまでの時間をもっと短くしなければ。最終的には無意識に瞬間的に発動できるようになりたい。


「まずは強化からの、魔法発動!」


 師匠の真似をしながら、浜辺で一人修練を続けた。







 この天界には地脈に変わるものが流れているらしいが、地上とそう大差ないと言われた。

 だからここでの修練は決して無駄にはならない。


 ただ、師匠のように能力を使う時に強く光らせる事がまだできない。威力や効果もまだまだ低く、低レベルの力しか発揮できていない証拠だ。


「普通の人生五十周分でこの程度って、やっぱり才能ないのかな……」


 そんな事を考えていると遠くから師匠の声がした。


「アールく〜ん!」


 しかもやたら機嫌がいい。

 嫌な予感しかしないが俺は声のする方を見た。まだ遠いが何か大きな生き物が近づいてくる。

 そしてその背中には人が乗っているのが見えた。


(なんだそいつは)


 師匠は見た事のないほど大きな牛の背中に乗ってやってきた。





「で、説明を求めます」


 背中から降りた師匠に俺は聞きたくないけどいやいや聞いた。


「この子はね、神獣なの。大きいでしょ!? バランちゃんって言うの」


 師匠は楽しそうに答えた。

 そして確かにでかい!

 俺は今八歳だから尚更かもしれないが、師匠の身長よりも背中が高い。大きく反ったニ本の角は威圧的だか、銀色に輝く毛の合間に見える瞳はどこか優しげに感じた。


「アルは防御する癖が強くなり過ぎてるんだよねー。だから攻撃の練習をぼちぼち始めようと思ってさ」


 師匠は何気なく言ったが俺は腑に落ちなかった。


「防御する癖は師匠がつけたんでしょ。それに攻撃は師匠が受けてくれたらいいじゃないですか」

「いや、当たる攻撃してくれれば受けるし」

(カチン)


 不機嫌を隠さずに師匠の顔を見たが、師匠は笑っているだけだった。


 俺は深呼吸するように息を吐いたあと、鋭く師匠の懐に飛び込んだ。もちろん強化で速度をあげている。その勢いのまま最速の突きを師匠のみぞおちめがけて放つ。


 が、俺の拳が師匠の胴をすり抜けると同時に、師匠の膝が下から襲ってきた。


「アルっはっは〜」


 師匠の膝に顎をかち上げられて意識が薄れる。しかし師匠はそこで終わらせてくれない。師匠の体は青く輝き、俺の体は追加の炎に包まれた。





「つまりね。攻撃されると反撃したくなるじゃない?」


 目を覚ました俺に師匠は吐き捨てた。

 知ってた。

 師匠が躱すだけで終わらせてくれた事など今までで一度もない。

 そしてその度に意識を失う。

 つまり攻撃するのと意識を失うのはセットなのだ。これで攻撃の練習などできるものか。



 だからだろう。

 攻撃する時はいつも気負ってしまう。

 だって怖いのだ。

 どれだけ意識を失う事に慣れてしまっても、望んで手放しているわけではないのだから。


「この子なら頑丈だから、ちょっとやそっとじゃ気にも止めないわ」


 師匠は牛をポンポンと叩きながら頑丈さをアピールしてくる。


 きっと師匠は俺の気負いをどうにかしようと思ってくれたのたろう。いつも手のひらで踊らされてしまうがなんだかんだと導いてくれるのだ。


「その、反撃されたりしないんですか?」


 だが、やはり怖い。

 それにめちゃくちゃでかいのだ。

 万が一の時に手加減なしで攻撃されたら死んでしまう。


「そうね。能力を使うのはやめましょう。あと目とか急所ばかり狙うのもダメよ。お礼に訓練が終わったら体中ブラッシングして、たくさん餌をあげなさい」



 そう言って師匠は帰っていった。

 とりあえずその神獣に「叩いても大丈夫?」と聞いてみた。神獣は気にするなみたいな反応してるから多分大丈夫なのだろう。


 これから新たな修行の開始だ。

 そしてたくさん餌を集めないといけない。




◇◇◇◇



「ふむふむ。進歩はあったみたいだね? アルっ!」


 そう言って師匠のクロスカウンターが俺のテンプルを撃ち抜いた。そして相変わらず俺の意識は遠のいていく。


 これを見た人は「どこが?」と思うだろう。

 しかし少しではあるが前進しているのだ。

 あれから毎日牛の神獣に攻撃し続けている。もちろんその合間に師匠との組み手も続いている。


 俺の攻撃程度では牛のバランは身じろぎひとつしない。攻撃を受けながら餌を食べたり立ったまま寝ている。


 ただ攻撃する際の気負いは薄れたきた気がする。今までなら攻撃直後の硬直時に目視できないカウンターを受けていたから、いつ失神したかもわかっていなかった。


 今もカウンターで失神はしているのだが、カウンターでどこを狙われているかをなんとなく感じる事ができている。

 目で追えなくても気配に対して無意識に体が反応し、少しだけではあるがダメージを逃しているのだろう。


 おかげで意識を失っている時間は短くなった。その代わり一日に失神する回数は増えた。


「できたら目で捉えれるようになりたいですね」

「うんうん。頑張れ頑張れ」


 師匠のセリフは軽いが不思議と力をくれる。落ち込んでいたタイミングで新たな修行を準備してくれたのは偶然ではないと思っている。

 ただ相変わらずボコボコにされるので、素直にお礼は言えない。


「そういえば、前に言ってた師匠のお友達と連絡つきましたか? 付与の達人の」


 以前師匠にポーション以外の付与について相談した際、そろそろ付与について指導してくれる専門家を紹介すると言ってくれたのだ。


「いや〜、まだなんだよ。もともと人付き合いが好きな子じゃなかったからさ。とりあえず手紙出してるから返事くるまで待っててよ」

「いいですけど、その人は危ない人じゃないですよね?」


 師匠の友人となると剣鬼みたいな人かもしれない。そんな人の修行がまともな訳がない。

 変な薬で死にかける修行もあり得る。だって師匠の友人なのだから。


「大丈夫大丈夫! 博士はいい子よ! それとも危ない子がいい? 手加減のできない魔法使いもいるけど、その子はまだアルには早いかもね〜」


 師匠の口から手加減できないって評価される人ってどんだけ危険人物なんだ。

 だが、人はついつい怖いものを知りたくなるのだ。


「あんまり知りたくないですが、なんで俺にはまだ早いんですか?」

「簡単よ。消滅するから」

「!?」

「でも可愛らしい子なのよ? 名前も魔子ちゃんって言うの」

「ちなみにその名前も師匠が名づけたんですか?」

「そうよ。魔法少女魔子ちゃん。あとは消滅魔法使いの子で消子ちゃんとかも考えてたの」

「……ははは」


 死にかけるならまだしも消滅ってなんですか……とは聞けなかった。だって怖いから。

 そしてそれを笑顔で伝える師匠もやはり危険人物なのかもしれない。




 結局このあとに続いた特訓でも師匠のカウンターを躱す事はできなかった。

 それでも前進できているのがわかると特訓も楽しくなるものだ。

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