2 天界《能力》
世界を救う決心をした俺を美女はニヤニヤとした表情で見てくる。
「ん〜、いい目をしてるね〜」
そういえばこの人は神なのか?
容姿だけなら女神と言っても良さそうだけど、とくに神々しさやおそろしさは感じない。しいていうなら元気なお姉さんだ。
そんなどうでもいい疑問を抱いていると、美女はニコニコしながら近づいてきた。
その眩しい笑顔に思わずドキッとしてしまったが、美女が口にした言葉を聞いて俺の気持ちは急速に冷えた。
「あたしは強いよ〜? 君なんて秒殺だよ〜。試してみる?」
美女は僕のすぐ隣で「ほらほら」などと言って楽しそうに一人組み手を始めたが、俺の疑問は違う。そうじゃない。
尚更あんたが何者かわからなくなったじゃないか。そして物騒だ。
もしかしたら死神という名の神なのかな?
「では授ける能力については、アマラに実践で教えてもらいましょうか」
柔らかい表情に戻った男が提案してくる。
それを聞いて俺は少し安心した。
俺が与えられた知識には魔物に対抗するために三つの能力がある。
その能力が発動できなければ生身の力だけで戦わなければならない。それはあまりにも無謀だ。
だからその能力を与えてもらえるのはありがたい。それにその能力を目の前で披露してもらえるのなら、どの能力が優秀かもわかるだろう。
俺は期待に満ちた目で美女を見つめ、礼儀正しく頭を下げた。
だが俺はこの人のことをわかっていなかった。この人は根っからの体育会系だったのだ。
「よろしくお願いし」
「わかったわ! よ〜し、やるよー! まず一つ目は」
美女は説明もなく唐突に叫ぶと体を光らせた。その光は赤色に輝いている。
これが知識にあった能力を発動する時のオーラかと俺は関心した。
しかし美女は説明もせずに少し屈むとさらに叫んだ。
「《強化》!」
「ーー!?」
美女は突如俺の目の前から消えてみせた。
驚いて左右を見渡すが美女の姿はない。俺の慌てた様子を見ていた男は笑いながら上を見上げた。
まさかと思いながら俺もつられて上を見る。そこには自分の身長よりも数倍高い上空で、イタズラに成功して喜んでいる美女がいた。
一瞬の事でわからなかったが、恐らくジャンプしたのだろう。美女の飛躍は頂点を迎え、束の間の停滞を迎えている。
そして今度は体を青く光らせた。
説明がなさすぎる。
参考になる気がしない。
「二つ目がー! 《魔法》!」
俺の思考を無視するように美女は叫びながら両手を振り下ろしている。
嫌な予感しかしない。
だがどうする事もできない。
既に美女の手元からは滝のような水が飛び出しているのだから。
「そこはウォーターボールじゃないのかよ」
俺の情けない声を飲み込むように、美女の手元から流れでた滝は上空から勢いをつけて俺に降り注いだ。
そして避けることも防ぐこともできない俺は、直撃を受けてあえなく意識を失った。
なにやら声が聞こえる。
男の呆れた声と「アハハハ〜」という女の渇いた笑い声だ。
ひとにこれだけの事をしておいてやつは反省などしていない。
「あっ! 気がついた。それじゃあ最後に〜《付与》!」
またもこちらの意思を確認せずに女は俺の口に何かを突っ込んだ。
「ぐぼっ!?」
にがい!
いや、くるしい!?
むせ返るが女は手を引っ込めてくれない。
結局俺はよくわらない液体を最後まで飲まされた。
「あたしの特性ポーションだよ〜」
女は空になった細い瓶を振りながら鼻歌を歌っている。少しも悪気はなさそうだ。
むしろチラチラとこちらの反応を見て楽しんでいる。その体は緑色に光っていたが、やがて輝きを失った。
くそっ!
女神なんて思った自分を殴ってやりたい。
あれは間違いなく死神だ。
どれだけ美人であろうと関係ない。むしろ醜悪であった方がこちらも真っ向から立ち向かえるというのに。
美しき死神など誰得というのか。
ニヤニヤとしている女を睨んでいると、男は冷静に場を鎮めた。
「アマラやめなさい。ただどうだい? 実際に体感してみるとよくわかったんじゃないかな?」
悔しいが確かに男の言う通りだ。
ここで女に文句を言ったところであの女は気にもしないだろう。
俺は一度深呼吸をして冷静にさっきの女の動きを思い返す。
最初に見た目にも留まらぬ動きは強化と呼ばれるもので、身体能力を格段に上昇させるものだ。もちろん素早さが上がるだけでなく腕力を上げる事も可能なはず。
強靭な肉体をもつということはそれだけで強い。大陸でもっとも多く発動されている能力も強化らしい。
次に魔法。
火、風、水に加え、上級者となると氷や雷まで魔法で具現化できるようだ。魔法使いとして戦闘で活躍できるようになるまでにはかなりの修練が必要だが、使いこなせれば広範囲を一気に殲滅する事も可能かもしれない。
最後に付与。
薬草からポーションを作ったり魔道具の作成ができるが、戦闘には不向きなため、街中で店を構える者が多い。
一般的には付与士と呼ばれ戦闘には加わらないが、なかには前線に赴いて戦闘をサボートする者もいる。付与できる者が前線にいた場合仲間の生存率が飛躍的に上がるため、前線ではかなり重宝される。
実際に先程ポーションを飲んだが、滝に打たれた痛みはすでにない。飲んだときは苦しさを感じたが効き目は絶大だ。戦闘能力は低いとはいえ、生き残る力は最も高いといえる。
こうなると結局どの能力も捨てがたい。
女の動きと与えられた知識でだいたいの事はわかったが、きっとすべてを知れたわけではないはずだ。
となると、ダメもとで質問してみるか。
「どの能力が一番優秀とかありますか?」
とりあえず無難な質問からだ。
男もこちらの意図を理解したようで「どの能力も有能ですよ」と答えてきた。
質問自体はしてもいいようだ。
「生きている中で能力を変えたり増やしたりする事はできますか?」
「できませんね。能力とは魂に刻まれるものです。例外はありません」
知識通りか。
能力は生まれてすぐに発動できるわけではない。能力を発動する為にはそれぞれの能力に適した修行を積む必要がある。
特に魔物を倒すと能力の開花が早まるらしく、強化の能力が開花しやすい理由もこのせいだろう。
さて、次も知識にはあるが確認しておかねば。
「能力は二つ得る事もできるんですよね?」
「はい。ただし君の知識にあるように、能力を発動できるようになるまでかなり時間がかかります。結局能力を発動できずに人生を終える人も多いですね。もし二つの能力を求めるのならば、かなりの修練が必要になります」
つまり、強化と魔法を同時に使えれば魔法剣士になる事ができる。ただし、剣の修練を積むだけでは魔法は使えない。
さらに能力を二つ持っている人は経験が分散するのか成長効率が悪く、人並み以上に努力が必要らしい。
だからこの世界では能力は一つで十分と言われている。そもそも自分がなんの能力の素質を持っているか普通はわからない。
だから二つ目を開花させようとする人はそういない。
このままでは答えがでる気がしなくなって俺は拗ねるように質問をした。
「そもそもなんで能力を使うのに魔物を倒したりする必要があるんですか? 俺の知識では地脈から引き出すとあるんですが?」
能力の発動は自分の意思ではあるが、力は地脈から引き出すと言われている。だから修練を積み、魔物を倒すことで地脈との繋がりを深くする。
結果、能力を発動する為の力をたくさん引き出せるようになる。
ところが男は俺の知識とは少し違う答えを返してきた。
「能力を地脈から引き出すというのは正しいですが、あなた達は勘違いしています。能力を発動できるようになるために必ずしも魔物を倒す必要はありませんよ」
「へ? 俺の知識と違いますが」
思わず俺は変な返事をしてしまった。
「君に与えた知識は大陸の一般的な知識であって真実とは違います。能力を発動する為には己を鍛え、地脈と深く繋がる為の修練が必要なのです。ただ、魔物を倒すと効率はよくなりますね。彼らもとある脈と繋がっていますので。それで人々は魔物を倒すべきだと勘違いしたのでしょう」
なるほど。魔物を倒すと効率がいいからそっちにしか目がいかなくなったのか。参考にはなるが俺の悩みを解決する方法はないようだ。
「さて、そろそろ決めましょうか。君が能力を選べるのは特別な事ですからね。普通は運まかせです」
男の言う通り、確かにこの状況は贅沢かもしれない。この世界の住人は能力を発動できるようになるまで自分の能力がわからない。
そしてさっき男が言ったように、能力の発動ができずにいる人は大勢いる。
その人達は残念ながら、色なしや能なしと呼ばれ、戦力として期待される事はない。
だからここでの選択は重要なのだ。
ここで選択を間違うとこれから先ずっと後悔する。
慎重に考えるが、最後にひとつ、何かひとつ決め手がほしい。
「う〜ん」
「ねぇねぇ」
散々悩んでいる俺に対し、さっきまで静かだった女は急に優しい笑顔で俺に語りかけてきた。
「そんなの、全部の能力を使えるようにお願いすればいいんだよ?」
「……え?」
あまりに穏やかな笑顔だったから、俺は呆けてしまった。
そしてその言葉がとても魅力的なものに感じた。まるで啓示によって真実に辿り着いた錯覚さえ覚えてしまう。
だから俺はこの瞬間に選択を間違った。
そして後悔した。
なぜこの瞬間に大事な事を忘れてしまったのかと。
こいつは、美しき死神だったというのに。