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大阪を歩く犬2  作者: ぽちでわん
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竜田越奈良街道と法隆寺

だいぶ春めいてきていた。

近場を歩いていると時々、道幅が狭くなっているように感じた。どうしてかと思ったら、草が道の方まで勢力を伸ばしてきているからだった。

そろそろ電車で遠出するのもいいなと思って、竜田越奈良街道の続きを歩きに行くことにした。竜田越奈良街道は柏原も過ぎて三郷(奈良市)に入り、信貴山下駅あたりまで歩いていた。

斑鳩までももうすぐだった。斑鳩は春の季節が特にいいのだって。それを聞いて続きを歩くのを先延ばしにしていたのだけれど、春が近づいただけで待ちきれなくなった。菜の花も桜もまだだけれど、行ってしまおう、今日。


JR大和路線で王寺駅まで行って、王寺駅から信貴山下駅までは歩くことにした。

前は近鉄の古市駅で電車の連結に遭遇したけれど、王寺駅では列車が切り離されるらしい。前4両は北の奈良に向かうけれど、後ろ4両は切り離されて、南の大和高田に向かうのだって。切り離しの案内が日本語で何度もあった後、英語、中国語、韓国語でも放送されて、電車を降りて前4両に乗り換えているのはほとんどが外国人旅行者のようだった。

わたしたちも知らず後ろ4両に乗っていたけれど関係ない。王寺で降りて改札へ。切り離しはすぐには行われないみたいだったし、先を急ごう。


ホームでは寒くてびっくりした。大阪は春めいてきていたけれど王寺はまだ寒かった。

王寺駅を出ると、北西の方向に歩いて行った。古そうなところもあり、途中緑が見えて行ってみると久度神社だった。拝殿が工事中だった。

すぐ後ろが大和川の堤防で、明治橋で大和川を渡り、信貴山下駅方面へ。途中、大和川河口から28.2kmとあった。遠くまで来たものだなあ。

信貴山下駅の裏手(東側)の道を北上して、その後は道なりに東に進むのが竜田越奈良街道だった。


三郷中央公園の横を通り、小さな川を信貴橋で渡った。

奈良では集落を垣内かいとと呼んでいるのかな? よく分からなかったけれど岡垣内とあるあたりが古そうで、ちょっと歩いてみたりした。

「信貴山毘沙門天道」とある古い立派な道標があった。信貴山毘沙門天って、信貴山にある朝護孫子寺ちょうごそんしじのことらしい。本尊が毘沙門天(多聞天)なのだって。聖徳太子が自ら彫った仏像を本尊に、聖徳太子が創建したと伝わるらしい。そして太子が「信ずべし、貴ふべし」と言ったから、名が信貴山になった・・・という話。


瘡神社が近くにあるらしくて行ってみた。小さな神社で、入り口は封鎖されていた。メインになる拝殿はなくて、小さな祠がいくつかある不思議なところだった。

これは瘡神社じんじゃではなくて、くさかみしゃと読むらしい。

なにか分からないまま街道に戻った。このあたりは比較的新しい町で、古代から田舎だったかして古いものもそうはなく、あっても詳細は分からない、そんな所だというイメージをもった。

勢野交差点の手前、パティスリー・ボンシックなる大きめの洋菓子店と大きな墓地があった。このあたりは惣持寺村だったところだそうだ。鎌倉時代創建の惣持寺があったのだって。

信西の孫(藤原氏)という高名なお坊さん(貞慶)が再建し、本尊は快慶作の薬師如来像だったそうだ。今も持聖院ってところに残っていて、そこには貞慶の墓(五輪塔)もあり、墓からは人骨も見つかったのだって。

大きな墓地があるのもそんな関係なのかな?

勢野は聖徳太子の頃には平群氏が住んでいたところで、平郡氏の氏寺の平隆寺(平群寺)もあったのだって。


勢野交差点には左折すると信貴山と案内されていた。途中で西に向きを変えて、生駒山地のほうに向かうみたい。

直進すると、この道はこれから北に向かってしまうので、次の勢野北交差点で右折して東へ。

亀の瀬越の途中、青谷への吊り橋で大和川を渡ったあたりはジェイテック王国だったけれど、ここはスイデン王国だった。業務用送風機や業務用掃除機などの工場らしい。

元の社名は水電気。昭和22年に天王寺で創業。昭和39年、三郷町に工場設立だって。

北には山が近く、前方にも山の連なりが見えた。いつも見ている連なりとは違っていた。地元から見える生駒山地の向こう側の、次の山地。

竜田大橋で渡ったのは竜田川。前は暗越奈良街道歩きで南生駒駅近くで渡った川だ。南生駒のほうから流れてきて、この南のほうで大和川に注ぐ。

あたりには名所が多いみたいで、ざっくばらんにいろいろ案内されていた。せっかくだからと少し歩いてみたのだけれど、なんだか都会のよさを感じさせられたひと時だった。

こんな素敵な竜田川のほとりで都会のよさを認識させられるとはなあ。


まず名所を案内する道標が大雑把すぎた。歩くべき道が示されているくらいで距離などの情報は一切ない。少し進んではみたけれどなかなかたどり着かず、あとどれくらい進めばいいかも分からないしな、と引き返した。都会に比べて、不案内な人への案内に乏しすぎた。

竜田大橋を渡ったところでは、川沿いを北へ、南へと歩いてみたのだけれど、それには渡る必要のある国道25号線(竜田大橋から続く道)には信号のない横断歩道だけがあった。そして待ってみても、車はひっきりなしに通り、横断歩道があるから止まろうかってドライバーも現れなかった。

田舎の方がやさしいってイメージを勝手に持っていたのだけれど、これなら大阪市内の方がまだ止まってくれる。大橋を戻ると信号があるのだけれど、戻るのもしゃくで、横断歩道で待ち続けながら考えた。

ここに来るまでも道々、車は横暴だった。ぐねぐねした見通しの悪い道でもスピードを出して走っていたし、横断歩道は用をなしていない。田舎って、人より車が我が物顔なんだな。車の切れ間もない、信号もない、けれど止まろうってマナーもないのでは名所も台無しだ。

マナーが悪いと言われる大阪だけれど、歩行者にとってはここより断然にましだった。道は広いし、信号はあるべきところにちゃんとあるし、狭い道や交差点でも、人や自転車がいつ飛び出してくるかも分からないから車が気をつけてくれている。だって大阪では信号が青になったとたんに歩車分離式と間違っているのか斜め渡りをはじめる自転車のおじいさんやおばさん、赤信号だろうと関係なく走っていく自転車の若者なんかがけっこういる。そんなことには動じない忍耐力と注意力がドライバーには求められている。ここの常識で大阪を走ったら、2,3回は事故を起こすだろうな。

かなり待った後、結局、橋を戻って信号を渡りに行った。後にも先にもこんな用をなさない横断歩道はなかったな。


あたりは面白いところではあった。橋を渡る手前には北に松尾寺の古い道標があった。橋を渡ってからは北に時代を間違ってるみたいな一帯があった。江戸時代のままじゃないかというような建物が並んでいて、清水地蔵のところまで歩いた。

南には「花小路せせらぎの道」なる遊歩道があって、その先には三室山が案内されていた。三室山についての説明などは一切なかったけれど。

わたしたちが何も知らないのが悪かったのだけれど、三室山は竜田川が大和川に注ぐあたりにある山で、聖徳太子が斑鳩宮を築くにあたり、自らの産土神を祀ったといわれているところだそうだ。


斑鳩宮は聖徳太子が造営した宮で、一家が住み暮らし、そこに法隆寺なども建立したらしい。

そのとき、産土神を三室山に祀ったというのが神岳かみおか神社なんだとか。聖徳太子の生まれは飛鳥らしいけれど、その産土神だっていう祭神の詳細は不明。

けれど神社の話は信貴山の名の由来(信ずべし、貴ふべし

)と同じで、ただの言い伝えかな、と思う。

たくさんの川が交わって、広瀬神社も大和川の対岸にあるようなところだ。こんなところ、きっと古くからの要所で、有力な豪族の土地だったに違いない。神社だってもっと古くからあったに違いない。

物部氏を倒してその本拠地などにお寺を建てていった聖徳太子だから、神岳神社もまたそんな感じなのじゃないかな、と勝手な先入観で思った。

たとえば、このあたり一帯はシキ(シギ)って人たちとその仲間たちの勢力地で、それが志紀とか信貴山とかの名に残り、それを物部氏などが受け継いで、後に物部氏のものだった部分は蘇我氏with聖徳太子がゲット。仲間の平群氏を住まわせたり、斑鳩宮を造営したりした、とかではないのかな。ただの空想だけれど。


竜田越奈良街道の続きを進んだ。

25号線の一本北側の道に移って東に向かったのだけれど、ここがまた古いところだった。

妙延寺とか東光寺、龍田神社などがあった。

龍田大社は生駒山地の麓あたりにあって、風の神さまだったけれど、龍田神社は詳細は不明で、龍田彦・龍田姫を祀るらしい。保育園の横に小さく鎮座している感じだった。

金剛流発祥の地と碑があった。猿楽で法隆寺に仕えた座を発祥とする流派があり、それを金剛流というのだって。

保育園の東の細道を北上したところには古そうな浄慶寺があった。龍田神社の神宮寺がかつてあったらしく、それを受け継いだ寺と思われるそうだ。

竜田越奈良街道をもう少し行くと25号線と交差。

交差点には斑鳩町役場があった。なんだか感慨だったなあ。名前しか知らなかった古代からの斑鳩の町役場を目の当たりにするって。少し前に斑鳩町に入っていたようだった。

向かいには継子地蔵なる地蔵と、五百いお井戸なる井戸跡があった。

五百井戸は空海が500番目に掘った井戸とか言われているそうだ。まあ、話好きな好々爺のつくったお話って感じがする。

この南には五百井いおいの地名もあるようだった。


そして五百井戸は別名を「在原業平姿見の井戸」というのだって。

在原業平が天理から足繁く通っていたという河内の姫がいたのだけれど、釜からご飯を直に食べているのを見て幻滅。去っていく業平を追ってきたのだけれど、木の陰に隠れる在原業平の姿がこの井戸に写るのを見て、落胆し、身を投げたのだって。

あれ? 茶屋の娘じゃなくて姫?

十三街道で歩いたときには釜からご飯を直に食べていたのは神立の茶屋の娘だった。神立の茶屋の「悲恋」の物語には身を投げたという話はなくて、どこが悲恋なんだ?と思ったのだけれど、これは確かに悲恋・・・。

伊勢物語では茶屋の娘になっているけれど、いろんなバージョンで語られた物語だったらしい。河内の姫バージョンもあったのね。


そして左手に、法隆寺に続くらしき道が現れた。

25号線を渡り、一大観光地の感のある広い通りを北上。

広い車道に広い歩道があり、両脇には土産物屋などが並んでいた。真ん中にも歩道があって、これは歩道と言うか参道かな。

歩道を修学旅行生たちと一緒に歩いて行くと南大門にたどり着いた。南大門はお寺の正門みたいなもので、両脇には仁王像がいて守っていることが多い、と分かってきたのは朝護孫子寺でのことだったから、まだ分からないまま中に入っていった。わたしもバッグの中から少し見させてもらった。

と~っても広くて、若い僧侶が歩いている姿も、境内を歩いているというより町内を歩いているようだった。五重塔も少し見えた。修学旅行生の他、そぞろ歩きする観光客もけっこういた。法隆寺だものなあ。ほぼみんな日本人観光客だった。若い二人連れ、おじいさんグループ、老夫婦、中高年の女性たち。


古い空気の漂うところだったな。

周辺もそうだった。なんだかここで完結している古さだった。ここに住んでいたら、もうほかの古い町に興味をもつ必要もない、そんな感じがした。

中宮寺との間の道に出て、南下。中宮寺のある一帯の南の道を東に向かっていった。実は法隆寺には西院と東院があり、わたしたちが行ったのは西院のほう。その無料で入れる部分だけだった。中宮寺などがあるのが東院で、その2つで法隆寺だったらしいのだけれどそんなことは知らず、なんだか満足して法隆寺を後にしてしまった。

あたりにはかわいいカフェなどもあって、このあたりにも観光客がちらほらといた。

それからまた25号線と幸前交差点で交差した。このあたりではもう古い空気もそんなになく、観光客も皆無で、車がごうごう走るばかりだった。

それからすぐに工場地帯へ。悲しいことに一帯が工場地帯になってしまっていた。

富雄川にたどり着いたけれど、ここでは橋を渡らず北上。橋を渡って行くのは太子道らしかった。斑鳩から飛鳥に通じる、聖徳太子も通ったという道なのだって。

橋を渡ると高安で、そこから太子道は南東に向かい、磯城しき郡田原本町を通って飛鳥に通じているらしい。601年、斑鳩に宮を造営した聖徳太子は、斑鳩からここを通って飛鳥へ、また難波へと通ったそうだ。

その斑鳩と難波とをつなぐ道が今の竜田越奈良街道で、斑鳩と飛鳥を結ぶのが太子道。斑鳩から真東に向かうと天理で、これは「北の横大路」というやつね。

奈良時代には、ここ斑鳩から、新しく都となった平城京への街道も整備されたそうだ。平城京は天理の北なので、北東に進んでいくことになる。

ここから竜田越奈良街道は、その平城京に向かう道を行くらしい。


富雄川沿いを北上すると途中から支流沿いになり、大きなリサイクルセンターやラブホテルがあって、25号線へ。

川を越えたところの信号で25号線を渡ると、小泉神社の案内のある道を北上。すごく長閑な田舎だったのが分かったけれど、今や右を見ても左を見ても工場や倉庫ばかりだった。どこかの敷地には大きなサウルスが数頭安置されていた。

左手、階段を上っていった高台に小泉神社が現れた。ここに住んで小泉を名乗っていた豪族が室町時代に創建したそうだ。

後にはこの近くには小泉城もあったらしい。片桐さんのお城だったんだって。

維摩寺などもあって、元は古い集落のようだった。けれど工事か工場かの音がごーんごーんと響いていた。

神社の表参道の前を東に進んでいった。つきあたると北寄りに進んで、富雄川に。川のほとりには祠やベンチがあった。

まだそんなに歩いていなかったけれど、往復に時間がとられるからなあ。そろそろ時間がおしてきていて、この近くの大和小泉駅(JR大和路線)から帰ることにした。大和小泉駅は新しい大きな駅で、快速も止まるから驚いた。

知らない駅がいっぱいあるなあ。

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