第8話 女神の暴走
無慈悲なほど冷静沈着に正論だけを返してくる。
落ち着き払った声の中に、彼女に対する労りは欠片すらも見つけられない。
その事実がより一層アリエスの心を悲しみの深淵へと誘っていく。
「そんな言い方……しなくても」
半年前、世界は危機に直面した。
〈全知全能の女神〉と称された、完全無欠の中枢演算処理装置〈ニュークリアス〉。
しかして、その暴走だ。
いや、それは〈進化〉、もしくは〈同化〉という言葉の方が相応しいのかもしれない。
世界に散らばる末端装置を全て掌握することで情報の並列処理を行い、結果、驚異的超高速演算処理を実現した〈ニュークリアス〉は、あろうことか〈自我〉を持ち始めたのだから。
それは、人間同様に意志を持ち、深く考え、そして行動する、無敵の人工生命体の誕生を意味していた。
しかしその崇高な女神は、半年前から暴走を始め――この世界を次々と白砂漠へと変えていった。
「どうか明日までは忘れないでください。あなたがここへ来た目的を」
冷徹なまでにはっきりと命の際限を告げられて……。
辛くなってしまったアリエスは、震える手を自分の左胸へと当てる。
トクトクと伝わってくる規則正しい心音が、今はとても恨めしい。
そう、ここに制御装置がある。
この中に組み込まれたプログラムを使って〈ニュークリアス〉の暴走を止めるために自分はこの街へとやってきたのだ。
「とにかく……私が街の中央まで行って調べてきますから……あなたはここで大人しく待っていてください」
ぐっと唇を噛みしめたアリエスの表情を見て。
AIにもどこか響くものがあったのか。
ほんの少しだけ声を詰まらせたスウィンザは、くるりと勢いよく身体を翻し、街の中央へと歩いて行ってしまった。
離れていく彼の姿をもう一度引き留める勇気は、今のアリエスにあろうはずもなく。
人混みの中に消えていくスラリとした姿を、ただただ翠緑の目で追うことしかできなかった。