第49話 声帯
この星空を見上げた人々は、きっと今、心に変化を感じている。
真っ暗な空に輝く満天の星々。
この輝きに心打たれない者はいないだろう。
誰もが夜空を愛するようになるかもしれない。
多くの人間の心情の変化が世界にどんな影響を及ぼしていくのだろう。
何も変わらないかもしれないし、何かが大きく変わるのかもしれない。
けれどそんな未来を、今のアリエスはあまり重要には感じてはいなかった。
――わたしには。
確かな願いがある。
この胸の中に、どうしても逢いたい人がいる。
だから、もう一度、あの人に。
「ねぇ、スウィンザ。また歌ってくれるよね?」
小さく呟いたアリエスの声に答える者は誰もいない。
ただひんやりとした砂漠の夜風が彼女の頬を過ぎていくだけ。
「ねぇ……答えてよ」
乾いた風が無情にも告げていた。
彼女は今、独りなのだという現実を。
今にも泣き出しそうな苦笑を滲ませて、アリエスは自分の左手へと視線を移した。
小さな金属塊が翠緑の瞳に映り込む。
所々が破損していて、両端からは幾筋かの千切れた配線が剥き出しになっている。
彼の声帯。
音楽の天使〈イスラフィル〉の声がこの手の中にある。
――だから、わたしは。
砂船に飛び乗ったアリエスは、舵を掴みエンジンをかける。
「思い出になんて……してあげないよ」
緩やかな星の光を纏った砂漠へ、少女は砂船を滑らせた。
了
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