第41話 交渉
「立っていると疲れるでしょう」
穏やかな微笑を見せたスウィンザは部屋の奥にあった白い椅子を持ってきて。
紳士が淑女をエスコートするように優しく丁寧にアリエスを座らせる。
双眸を見開き唖然としたままの彼女の前に跪き、震える両手を取って見上げた。
白金の睫毛に縁取られた淡青色の瞳に、不安げなアリエスの顔が映り込む。
「アリエス、昨夜の歌を覚えていますか?」
もちろんその歌は覚えている。
けれど、彼が何を言わんとしているのかアリエスには分からない。
瞬きを忘れたまま緩く首を振る。
「白の叙事詩――人間の少女と天使の悲劇。二人を隔てた要因は、種族の違いでした」
微笑みを見せる今のスウィンザに。
なぜだろう、アリエスの背筋が冷たく凍り付く。
「分かりませんか? あなたは人類を未来の危機から救うため、ただひとり犠牲を余儀なくされた。とても理不尽だとは思いませんか? 不条理だと声を大にして叫んでもいいはずなのです」
怒り。
静かな口調だがそれは確かに彼の憤りだった。
ひとりの少女が犠牲になる。
そんな非情な人間達への非難。
「けれど――どうでしょう? 救うべきものが無くなってしまったとしたら……あなたはもう人柱になる必要はない」
「っ……!!」
叫びは声にはならなかった。
何かを言いたいのに、何を言うべきかが分からない。
いったい今、自分の眼前で何が起きているのか。
思考の回路がふつりと途切れたかのように、何も考えられない。
そんなアリエスの耳に優しい声が囁かれる。
それは死神の声。
「たった今、私は〈ニュークリアス〉と交渉をしてきたのです。そして、この世界を最も早く確実に〈完璧〉にする方法を提供することで合意を得ました。彼女は心優しい人柄で、アリエス、あなたのことをとても不憫に思われていましたよ。私が提案した方法に同意し、汚い心を持つ人間達をすぐに排除すべきだと迅速に結論を出したようです。そう……〈ニュークリアス〉は既に行動を開始しています。彼女が本気になれば、ものの数時間でこの世界から人間は消滅するでしょう。そうしたら――」




