第40話 困惑
皮膚も切れたり剥がれたりしている。
人間ならばたくさん出血していそうな傷だ。
しかしAIの体から血液は流れない。
「安心してください、アリエス。現在において私以上に優秀なAIは存在しませんから」
特に重篤な故障がないことをスウィンザは説明する。
「で……でも」
「そんなことより、アリエス。お腹が空いているでしょう?」
「え、あ、え?」
意味が分からないアリエスは思わず変な声を出していた。
そんな彼女に、涼しい表情でスウィンザが自らの後ろを指差す。
そこには大きなカートがあり、溢れんばかりの保存食が積み込まれていた。
「残念ながらこんなものしかありませんでしたが……少しの間、我慢してください」
いつの間に持ち込んでいたのか。
側のカートから乾燥苺を手にしたスウィンザが、輝くばかりの笑顔を向ける。
少しの不自然さも感じられない滑らかな表情。
まるで本物の人間のような――。
「わたしを――殺さないの?」
彼から発せられる奇妙な違和感を抑えきれずに。
死を自ら招いてしまう恐怖よりも先にその問いがアリエスの口をついて出てしまっていた。
「スウィンザ、どうして、わたしを――」
そのためにここへ来たはず。
〈ニュークリアス〉がいつ人間に牙を向けるか分からない。
この場に辿り着いた今、彼は迅速に自分に与えられた使命を遂行すべきなのだ。
それなのに、
「どうして、私があなたを殺すのです?」
心外だと言わんばかりの表情で。
スウィンザは信じられない言葉を吐いた。




