第32話 悲劇の詩
「……白、ですか」
何が引っかかったのか。
スウィンザは少しだけ考え込むような素振りを見せる。
そのまま暫くの間、何も言わない時間が続いた。
「あ、ごめん。問題があったのなら変えてもいい――」
「いいえ、何の問題もありません。あなたは白を選ばれた。では、この歌を」
狼狽えるアリエスの声を遮って。
朗々と、スウィンザの口から優しいテノールが響きわたる。
――白の叙事詩。
その歌は、人間の少女と天使が恋をした物語だった。
二人は絶対的な垣根をこえて愛し合う。
雨の日も風の日も、嬉しいときも悲しいときも。
二人はいつも愛を語り合っていた。
ところが歳を重ねる毎に――。
少女の心は暗い不安に蝕まれていく。
永遠の命を持つ天使は、歳をとらず外見も美しいまま。
なのに人間である少女は徐々に老い衰えていく。
自然の摂理が彼女を逃れようのない疑心暗鬼に陥れていった。
いつか彼は自分を捨てるだろう。
そんな未来に恐怖した少女は自ら命を絶ってしまう。
悲しみに沈んだ天使は、彼女の亡骸を抱いて嘆き苦しむ。
なぜ自分を信じてくれなかったのか。
こんなにも愛していたというのに。
どうしたら彼女は分かってくれたのだろうかと悲嘆に暮れる。
そして、天使は少女を生き返らせた。
自分の命を引き替えにして……。
悲劇の詩は起伏に富み、臨場感に溢れていた。
スウィンザの声は美しすぎて、それが一層悲しみを増長させる。
だからなのだろう。
翡翠の瞳からは止めどなく涙が溢れ、喉の奥から嗚咽が迫り上がってくるのを、アリエスはもう抑えられなかった。
スウィンザの胸を濡らしてしまうことも構わずに、アリエスは夜通し泣き続けた。




