第30話 思い出
「そういう意味じゃないよ」
「? 理解ができませんが?」
「わたしはね……〈思い出〉にして欲しいんだよ?」
「……」
沈黙したスウィンザに、アリエスの息も止まる。
初めてだった。
今までも彼が少しだけ返答に間をあけることはあったけれど。
無言を返されることはなかったから。
「〈思い出〉って……AIにはないの?」
不安に駆られたアリエスは、遠慮がちに訊いてみた。
ないなら「ない」といつもの彼なら答えるはず。
それもきっと即答で。
しかしそうしない彼に、一抹の人間性を感じてしまう。
勝手な解釈でしかないとは分かっているのだけれど。
「定義にもよります」
「何、それ」
「〈思い出〉という概念をどのレベルのデータに紐付けるかということです」
「あ……」
結局はデータなのだ。
AIに思想概念的なことを期待するなどどうかしていた。
意味のない会話をして自ら傷つくなんて、本当に自分は馬鹿なのだ。
「しかし、どちらにしてもあなたは私の〈思い出〉にはなり得ません」
落ち込むアリエスに、抑揚のない答えが追い打ちをかけた。
「そう……なんだ」
返されたスウィンザの言葉に、アリエスの心は予想以上に深く傷ついていた。
(思い出にもなれないなんて)
彼にとって自分はどこまでも〈制御装置を持った少女〉でしかない。
それ以上の価値などない。
明日消えてなくなっても悲しむことなど決してない。
そんな真実を最後の最後で思い知らされた感じがした。




