第24話 不思議な老婆
ふと横を見ると、背を丸めた老女が肩を並べて祈りを捧げていた。
「あ、いえ、なんでもないんです」
慌てて腕を引っ込める。
自分が思っていたよりもずっと左胸に当てた腕に力が入っていたようで。
老女はアリエスの具合を心配してくれたようだった。
「珍しい髪の色じゃな。都から来たのかえ?」
「……はい、少し前に到着したところです」
遠慮がちに声を顰めてアリエスは頷いた。
都とは世界中枢機構の存在する大都会。
様々な人種が生活している地区だが、実際にはアリエスのように色素の薄い人間たちが実権を握っている。
人種の壁をありありと感じさせる閉鎖的な都市。
差別が公的に認められる区間だ。
そんな場所から来た人間を辺境の地に住まう者達は良く思っていない。
入院生活が長かったアリエスは知らなかったことだが、ここへ辿り着くまでの半年間でいろいろと学んだ今は、人種差別による不条理をそれなりに理解している。
「ふぉほほ。気にせんでええよ、生まれる場所も種類もな、選べるわけないさねぇ」
掠れた声で笑いながら、老女は胸元をごそごそとまさぐっている。
「それに、世界はもう終わろうとしとるだろう? 最後の最後は平等なんだから、今更偏屈になるつもりもないさ。もっとも、わしらは先に消されてしまうだろうがねぇ」
〈ニュークリアス〉は完璧な世界を望んでいる。
永遠に色褪せることのない美しい世界を。
シミ一つない純白の星を。
だから万一、女神の標的が人間に移ったとしたら……まず最初に老人たちが消されるだろう。
胸元から探し出したロザリオに口付ける老女は、皺深い顔にうっすらと笑みを滲ませる。
そのまま両手に握りしめ、再度祈りを捧げ始めた。
「怖くは……ないのですか?」
落ち着き払った老女の態度に、思わず問いかけていた。
自分は明日命を奪われるのだ。
怖くて怖くて仕方がない。
今のアリエスには彼女の冷静な言葉がうまく消化できなかった。
「明日殺されてしまうかもしれません。いいえ、今すぐにでも女神に消されてしまうかもしれないのに――」
この場が神聖な場所であることも忘れて。
アリエスは老女に向き合い声をあげていた。
翡翠の瞳は影を纏い、表情は何かを乞うように懇願の色に彩られている。
「おまえさんは若いからねぇ、そう思うのかもしれなけれど。わしら年寄りには怖いものなど何もありはせんよ」




