第16話 自己診断
――あれは〈感情〉だったのだろうか。
だとしたら、それは怒り?
それとも悲しみ?
アリエスが自分を止めようとして発した声。
『RD505!!』
そう呼ばれた時、確かに自分の胸が痛かった。
心臓などないはずのその場所に湧きあがったのは、どう考えても説明のつかない衝撃だった。
真名はAIを拘束する力を持っている。
万一暴走した場合、制御のために使われるほどの威力を持つ。
故に己の主しか知らないものだ。
スウィンザにとってはインジバ博士とアリエスの二人だけ。
〈ニュークリアス〉も同じく真名を持っている。
しかし彼女の真名を知る研究者たちをあろうことか〈ニュークリアス〉は排除してしまった。
そのため、現在のように制御不能な状態に陥ってしまい、最後の切り札である制御装置を用いる必要が出てきたのだと言われている。
けれども――先ほど胸を突いた痛みは。
AIとしての能力を制御される時の痛覚とは、全く異なるものだった。
「不思議……だ」
そう呟いた己の言葉に、スウィンザは再び驚愕する。
〈不思議〉という言葉。
それ自体は人工知能に蓄積されている言語データの中に確かに存在する。
しかしその定義は、極めて不確かなもの、普通では考えも想像もできないことを指し示す。
人間はよくこの言葉を使うようだが、まさかAIである自分の頭にその言葉が閃くなど。
この不可解な現象をどう結論づけたらよいのだろうか。
「私は、狂ってしまったのか? 〈ニュークリアス〉と同じように……」
AIに感情などあるはずはない。
理論的にも物理的にもあり得ない。
そう己の知識が告げてくるから、スウィンザは自分が故障したのではないかと疑ってしまう。
だから何度も自己診断プログラムを走らせ己の状態を検査する。
けれど返ってくる診断結果は全て〈正常〉で、一項目もエラーはない。




