表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【NL】メイド長とお坊ちゃま

作者: コウサカチヅル

「……」

 ……どうしよう、気づかないふりをして優雅(エレガント)に歩きさりたい。

 私、吉岡(よしおか)しずくは、長年メイドとして勤めさせていただいている先のお坊ちゃま――今年17歳になられた(あきら)様――が光宿さぬ瞳でびりびりとカレンダーをむしりとっている(さま)を目撃してしまった。17歳にしては幼い見た目をされているが、今の表情はまるで、かれこれ150年くらい世の辛酸(しんさん)()めつくしてきたのでは?? レベルの虚無(きょむ)(にじ)ませたものだった。


「あっ、吉岡はろー」

 えええ。ふつーに話しかけてきた。


「お坊ちゃま、なにをしていらっしゃるのですか……?」

「カレンダーを完膚(かんぷ)なきまで叩きやぶっているだけだけど?」

「はい、それはわかるのですが。質問を明確化します。なぜこんな狂気じみたことを?」

「いやぁ、日々が過ぎるのがうれしすぎるんだよね! ばいばい忌々(いまいま)しい過去★」

「過去をそこまで憎まなくても……」

「ふふ、楽しみだなぁ。あと一年で、きみと結婚できるんだね♡」

「…………は?」

「えっ、だーかーらー。あと一年で吉岡と結婚……」

「ちょいとお待ちを!!」


 頭の中に、いくつもの『?』が乱舞(らんぶ)する。どうして唐突に?! 今まで私のことは――うん、割と甘えてきてはくれていたけど、結婚云々(うんぬん)の素振りは欠片(カケラ)も……ッ!

 ……いけないいけない、名家と名高い西條家(さいじょうけ)のメイド長として、取り乱すなんていう失態はナンセンス。

 私はこほん、と咳払いし、なんとかいつものクールな調子で告げた。

「お坊ちゃま、どうして私とそのような事態を想定されているのですか?」

「約束したじゃない」

「やく、そく……??」

「ほら、十一年前の三月二十一日の午後三時十六分、『けっこんしてー』って言ったら『お坊ちゃまにプロポーズいただけるなんて光栄です』って。あのとき吉岡がつけていた華奢(きゃしゃ)な銀細工のバレッタ、最高に似合っていたよね!」

「いや細かい!!」

 そのバレッタ、まずは形から上品なメイドを目指してみようと、ちょっと奮発して買ったものだ。初のお給金(きゅうきん)で買ったもののひとつだから覚えていたけど……。あまりの(つまび)らかさに震える私を(なが)めて、お坊ちゃまは小首を傾げた。艶やかな黒の猫っ毛がさらりと揺れる。

「吉岡との思い出は全部、脳内で4K画質再生余裕だよ?」

「いや天才~!!」

 うっかり素のトーンで(たた)えてしまうと、お坊ちゃまはふふっ、と大人びた笑みをこぼした。

 私はん゛ん゛ん゛ッ、っと今度は強めに咳払いをしてみせて、つんとすましながら反駁(はんばく)した。

「しかしこの結婚は身分差もございますし、到底認められるものでは――」

「なに言っているの? 両親はもう(すで)に調教済みだよ??」

「黒い黒い黒い!!」

 真顔真顔真顔! すっごい厳格な奥様と旦那様なのに、一体どうやって!?

外堀(そとぼり)は万全だよ♡」

「いやいや年齢差もえらいことでしてね」

「重要なのはどんな年代のひとと添い遂げるかより、だれと添い遂げるかじゃない?」

「哲学者〜!!」

 た、(たた)えつかれた……。ぜはぜはと肩で息をしていると、どこか目を輝かすお坊ちゃまが目の前にいた。

「久しぶりに見せてくれたね、『本当』の吉岡を」

「え」

「ぼくが成長するにつれて笑ってくれなくなったから」

「そ、れは……」

 勤めはじめたとき、私は高校生だった。

 幼いころ父が事故で他界し、もともと生活は苦しかったから。アルバイトが可能な年齢になったら(そく)働こうと決めていたのだ。

 たまたまこのお屋敷の求人広告を見つけて、そこからは必死だった。


 屋敷内で派閥争いや、いじめのようなものがなかったとは言わない。

 人間ってこんなに(みにく)いものだったっけ? って思うようなことに、一時期は押しつぶされた。


(でも嫌がらせ関連、いつの間にかぱたっとなくなったんだよな……。人間不信を刻むのには充分だったけど)

 ふと考えを巡らせながらお坊ちゃまのほうを見遣(みや)ると、お坊ちゃまはにこーっ、とそれは無邪気な笑みを魅せた。


「ぼくはいつだってしずくを守るし、それはこれからも変わらないよ?」

「っ、」

 まさか。

 いつの間にか私を『しずく』と名で呼ぶようになったその青年は、じりじりと迫ってくる。

「ね、しずく。重要なのは愛しているか愛していないかだよ。今はぼくのこと、全然意識していなかったかもしれない。でも……」

 うっそりと、彰様は笑った。

「これから、()ってほしい。ぼくがいかに君を(おも)っているか」

「――なんで」

「え、」

「どうして、私なんですか。私、なにもしていないです。お坊ちゃまに好かれるきっかけなんて、なにも……」

「……ふふ。初めから、(オス)としてしずくを欲しかったよ? でも、決定的だったのは、いじめられていたときだね。家の(はず)れで泣いては、負けるもんかって涙を(ぬぐ)っていた。そのときぼくはどう感じたと思う?」

 んん? より雲行きが怪しくなってきたぞ?? これ耳塞いだほうがいいやつかなと思うのに、彼の()に、まるで(から)()られたように動けない。

「『あ、ぼく、この(ひと)のために要因(ぜんぶ)消してしまえる』……♡」


 ……うっっっとり言われましても~~。



 ――一年後、このあざとすぎるヤンデレにずるずると()とされ、婚姻届に(はん)を押した私がいた。




【終】

 ここまで大切にお読みいただきまして、本当にどうもありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ