下
ペコラとチェルボは、小鳥に教えてもらった畑にやってきました。
人間の畑だというので、物陰からそっとのぞきます。
「人間はいないみたいだね」
チェルボが確認して、先に出ていきます。
ペコラも用心深く、チェルボのあとに続きました。
思っていたより、そんなに大きくない畑です。
畑にはちょうどペコラとチェルボを隠せるくらいの草がびっしりと生えており、淡い黄色の花を咲かせていました。
この生い茂る草の中に、『わたの花』があるのでしょうか。
「こら、何をしている!」
ちょうどチェルボが生い茂る草の中に潜りこもうとした時でした。
棒を持った青年が走り寄ってきて、チェルボの足元を叩きました。
驚いたチェルボは頭に生える角を振り回して、青年を威嚇しました。
「僕の角は当たったら痛いぞ! 近づくな!」
チェルボは言いました。
森を出る前は生えかけの短い角でしたが、ここに来るまでにぐんぐんと伸びました。
青年を追い払うには、十分に迫力があります。
「お前たちこそ、その畑に近づくな!」
青年も負けじと言い、棒を構えます。
すると、畑が騒がしいことに気づいてもう1人、人間がやってきました。
「どうした? 賑やかだな」
中年の男はチェルボとペコラを見て、青年に尋ねます。
「父さん。こいつらが、畑に入ろうとしてたんだ。きっと花を食べる気だよ!」
「そんなことしない! 僕たちは、『わたの花』を探しにきたんだ!」
青年に、チェルボが言い返しました。
父さんと呼ばれた中年の男は、ふむ、と口元のひげをなでて考えています。
ペコラもこのままではいけない、と中年の男に言います。
「本当です。私は森で仕立て屋をしていて、『わたの花』のことを聞きました。その花は、糸を紡げるのだと」
ペコラが言い終わる前に、青年は棒を振り上げました。
チェルボもそれを角で受ける気満々です。
「やめなさい」
中年の男が静かに言い、青年を止めました。
「きっとウソは言っていない。その棒を下ろしなさい」
「……わかったよ、父さん」
青年は棒を下ろしました。
ペコラはホッと胸をなでおろしました。
チェルボはまだ警戒しているようですが、角を振り回す気はないようです。
「息子が手荒なことをして、すまなかった。私たち家族の大事な畑を守ろうとしてやったことなので、許してほしい」
「こちらこそ、勝手に畑に入ろうとしてごめんなさい」
中年の男が謝り、ペコラも謝りました。
いくら人間の畑だから警戒しなければいけないとはいえ、元をたどれば悪いのはペコラたちのほうです。
青年は、ただ大事な畑を守ろうとしただけなんですから。
ペコラは、とても申し訳ない気持ちになりました。
「それで、羊さん。君たちの言う『わたの花』、綿花の話を誰に聞いたんだい?」
中年の男が尋ねます。
「オオカミの男爵です。私たちの住む森より、ずっとずっと東からやってきたと言っていました」
『わたの花』で仕立てたスーツが欲しいと言ってやってきましたが、『わたの花』を知らないペコラは仕立ててあげられませんでした。
ペコラはそれが残念で、悔しくてたまりませんでした。
「君たちも東からやってきたのかい?」
「そうだよ。東の森からここを探して、ずーっと歩いてきたんだ」
今度はチェルボが答えました。
中年の男は口元のひげをなでて、嬉しそうに笑いました。
「そうか、そうか。そんなに遠い東の果てまで、私たちの綿花のことが噂されてるなんて」
「父さん、相手は動物だ。ちっとも嬉しくないよ」
「そんなことはない。動物だろうと、綿花を求めてここまで来てくれたんだ。目が高いと思わないか?」
中年の男は嬉しそうですが、青年は微妙な顔をしました。
「それに、今日はちょうど花が開いている。こんな日にやってくるなんて、すごいことだ」
畑を見回せば、淡い黄色の花がたくさん咲いています。
ペコラとチェルボは話がわからず、首を傾げました。
「この黄色の花が、綿花だよ」
「えっ、でも」
中年の男の言葉に、ペコラはびっくりしてしまいました。
『わたの花』とは、わたでできた花ではなかったの?
てっきり、たんぽぽの綿毛のようなものを想像していました。
「そして、君たちが探しているのはこの花の実だ」
「実?」
「綿花は1日しか花を咲かせない。そのあと、実をつける。実はだんだんと膨らんでいき、それがはじけるとわたになる」
中年の男は、丁寧に教えてくれました。
つまり、ペコラたちの探す『わたの花』というのは、この淡い黄色の花の実だったということです。
しかし、ということは。
「わたは、まだできないんでしょうか?」
ペコラは尋ねました。
「わたができるのはまだ先だ。せっかく来てくれたのに、残念だが」
ペコラはがっくりと肩を落としました。
チェルボも口をあんぐりと開けて、ショックを受けています。
ここまで来て、やっと見つけたのにわたを見られないなんて。
残念でなりません。
そんなペコラとチェルボを見て、中年の男はかわいそうに思いました。
家へ向かい、急いで戻ってきた手には包み紙を持っていました。
「綿花の種だ。君にあげよう」
中年の男が差し出した包み紙を、ペコラは受け取りました。
「わぁ、ありがとう!」
「来年の、春の終わり頃に植えてごらん。10日ほどで花が咲いて、実をつけるよ」
「わかったわ!」
中年の男はペコラの喜ぶ顔を見て、にっこりと微笑みました。
「私たちの大事な綿花、大切に育ててあげてくれ」
ペコラは大きくうなずきました。
人間の家族が育てる、大切な綿花。
その種を譲り受け、ペコラは胸を踊らせながら別れを告げました。
ペコラたちの住む、東の森まではまた長い道のりです。
帰り道はゆっくりといきたいところですが、そろそろ秋の訪れ。
急がなければ、仕立て屋さんの冬支度に間に合いません。
ペコラとチェルボは休む間もなく、森へと急いで帰りました。
次の年、春が終わるとペコラは仕立て屋さんをお休みにしました。
ログハウスの横にもらった種を植え、たっぷりお水をあげます。
「綺麗なお花を咲かせてね」
ペコラは毎日話しかけ、見守りました。
小さな芽が出るとぐんぐんと成長し、聞いていた通りに10日で花が咲きました。
あの時は気づかなかったけれど、淡い黄色の花はとても可愛らしいです。
そして、1日しか咲いていられません。
可愛らしい花を、ペコラは忘れないようにたくさんなでてあげました。
そのせいかわかりませんが、夕方には花はピンク色に変わっていました。
次の日、ピンク色の花があった場所には先の尖った丸い実がついていました。
「あとは、この実がはじけるのを待てばいいのね」
ペコラは待ち遠しくてたまりません。
チェルボも毎日のように花を見に来ては、どんどん膨らんでいく実にわくわくしていました。
ペコラとチェルボで手に入れた『わたの花』です。
最初に作るものは、チェルボへのプレゼントと決めています。
それから2ヶ月ほどで、大きく膨らんだ実がはじけました。
中からはもこもこのわたがたくさん出てきて、『わたの花』と呼ばれるのも納得でした。
「白くて、もこもこで、ペコラみたいだね」
チェルボは言いました。
ペコラも、自分の羊毛にそっくりだと思いました。
手触りも柔らかくて、ふかふかで気持ちいい。
見た目も可愛らしく、このまま飾るのもいいかもしれません。
はじけた実を収穫すると、1つだけ窓際に飾りました。
ペコラは仕立て屋さんが忙しくなる秋がくる前に、綿花で糸を紡ぎました。
それを大きな布にして、形を整えます。
ちくちくと針で縫い、ペコラの羊毛をたくさん詰めました。
これで、できあがりです。
チェルボにプレゼントすると、跳びはねて喜んでくれました。
「こんなに柔らかくて触り心地のいいクッションは初めてだよ! ありがとうペコラ、大事にするね」
それと、もう1つ。
こちらは仕立てるのに時間がかかるので、渡り鳥さんに言付けを頼んで来年の春に来てもらうようにしました。
それまでに、ペコラは急いで仕上げます。
植物で布を染めて、染めた布をちくちくと縫い合わせ、形を整えて、ボタンをつけて。
大仕事ですが、ペコラはわくわくしながら作りました。
できあがった時は嬉しいですし、お客さんに喜んでもらえた時はもっと嬉しいですから。
夢中になって仕立て、待ちに待った翌年の春。
渡り鳥さんはしっかりと伝えてくれたようでした。
仕立て屋に現れたのは、あの時と同じ光沢のあるスーツ姿。
「お待たせしました、男爵。こちらが『わたの花』で仕立てたスーツです」
オオカミの男爵は驚きました。
丸眼鏡の奥の瞳もまんまるになっています。
そして、スーツを受け取るとペコラもつられるほどの笑顔を見せてくれました。
本当に嬉しそうに、お礼を言ってくれました。
「私のために、どうもありがとう。ペコラ」
ここは森で一番の仕立て屋さん。
どんなに変わったオーダーでも、ペコラが引き受けてくれます。
もこもこの羊毛と、もこもこの綿花で、あなたの望むものを仕立ててくれますよ。