中
次の日の朝、ペコラはいつもより早起きをしました。
太陽がのぼって間もない時間です。
森のみんなはまだ夢の中。
少し肌寒い、静かな森の中をペコラは歩きます。
行き先は、チェルボのお家。
「チェルボ起きて。起きて起きて」
「ん〜なにぃ〜?」
つぶれてぺたんこのクッションから、寝ぼけたチェルボがまぶたをこすりながら起き上がります。
「チェルボ、行こう。おでかけしよう」
「あれぇ、ペコラだ。仕立て屋さんは?」
「もうお休みにしたわ。行きましょ!」
「えぇ〜」
まだ半分まぶたの閉じているチェルボを引っ張り、ペコラは森の中を歩きます。
早起きの小鳥たちのさえずりがだんだんと聞こえてきました。
太陽の光は木々のすきまから差し込みます。
森のみんなも、そろそろ起きて動き出すでしょう。
「ペコラ、喉がかわいたよ。少し止まって」
ちょうど川を渡ろうとした時に、チェルボが言いました。
早く先に進みたいペコラですが、ペコラも喉がかわいていました。
そういえば、朝起きてから何も飲んでいません。
チェルボと一緒に、川の冷たい水をすくって飲みました。
「冷たい! やっと目が覚めたよ」
チェルボはついでに顔を洗いました。
「ところでペコラ、僕たちはどこへ向かってるの?」
「『わたの花畑』を見に行くのよ」
「『わたの花畑』? なんだかおもしろそう!」
チェルボは耳をぴんと立てて、しっぽをふりふりしました。
「それで、その花畑はどこにあるの?」
「わからないの。だから、探しに行くのよ」
えっ? と、チェルボは固まりました。
なんだか嫌な予感がします。
ペコラの知りたがりな性格は、チェルボもよく知っていました。
「チェルボ、一緒に探してくれるよね?」
「えっ」
ペコラはにこやかに微笑んでいます。
チェルボが断るわけがないと、わかっているのです。
そんなに笑顔でいられると、チェルボは断れません。
仕方なく、頷いてあげました。
「ありがとう、チェルボ」
歩き出したペコラのうしろを、チェルボはうなだれながらついていきました。
きっと、ペコラは『わたの花畑』を見つけるまで諦めません。
長いおでかけになりそうです。
西へ歩き続け、森を抜けました。
大きな川を渡り、山を越えたり谷を越えたり。
雨に降られて濡れることがあれば、強い日差しで暑くてしかたない時もありました。
こんなに大変な思いをしてるのは、生まれて初めてです。
ログハウスのロッキングチェアに座って、ゆらゆら揺れながら編み物をしていた時間が恋しくなります。
「本当に『わたの花畑』なんてあるのかな?」
歩き疲れたチェルボが、重たい足取りで問いかけます。
「きっとあるはずだわ」
ペコラもまた、歩き疲れて重たい足取りで答えます。
「でも、誰も知らなかったよ」
もう歩けない! と、チェルボは座り込みました。
ペコラも限界で、隣に座りました。
森を抜けてから、出会った動物たちみんなに『わたの花畑』のことを聞きました。
でも、誰も知りません。
今ある情報は、オオカミの男爵とフクロウのおじいさんが言っていた「西にある」ということだけです。
なので、ペコラとチェルボはひたすら西に向かって歩いているのですが……。
「一体、どこにあるのかしら」
初めて自分の住む森を抜けて、ここからさらにどのくらい進めば見つけられるんだろう。
だんだんと弱気になってしまいます。
チェルボなんて、ずっと「帰ろうよ」と繰り返しているくらいです。
「君たち、誰?」
うしろから、まだ幼い子供のような声が聞こえました。
ペコラとチェルボは驚いて立ち上がりました。
「えへへ、びっくりした?」
声は、小さなうさぎでした。
どこから現れたのかと思ったら、ペコラとチェルボのすぐそばに巣穴があったようです。
「こんにちは、小さなうさぎさん」
ペコラがあいさつすると、小さなうさぎは立ち上がって耳をぴんと立てました。
「こんにちは! ねぇ、君たちは誰? どこから来たの? 何をしてるの?」
好奇心旺盛な小さなうさぎは、首を傾げて鼻をひくひくとさせました。
ペコラの周りをぴょこんぴょこんと跳びはねてみたり、チェルボの長い脚の下をくぐってみたり。
ペコラよりも、知りたがりなようです。
「私はペコラで、こっちはチェルボ。私たち、『わたの花畑』を探しているの」
「『わたの花畑』?」
「そう。知らない?」
小さなうさぎは腕を組んで、う〜んと考え込みます。
好奇心旺盛で知りたがりなうさぎです。
もしかしたら、何か知っているかもしれません。
ペコラは小さなうさぎの返事を、ドキドキしながら待ちました
「あっ、もしかして」
小さなうさぎが手をポンッと打ちました。
ペコラはもっとドキドキしながら、うさぎの話を聞きます。
「あるよ、『わたの花畑』!」
「ど、どこにっ!?」
ペコラのうしろにいたチェルボが、急に前に出てきました。
てっきり『わたの花畑』には興味がないと思っていたら、そうでもないみたいです。
ただ、早く帰りたいだけかもしれませんが。
「この先をしばらく行ったところにあるよ。あ、早くしないとわたが飛んでっちゃうかも」
小さなうさぎの話に、ペコラとチェルボは顔を見合わせました。
そして、急いで小さなうさぎが指す方へと走ります。
「うさぎさん、どうもありがとう!」
ペコラが叫びます。
「また遊びにきてねー!」
小さなうさぎは、高く跳びはねて見送ってくれました。
ペコラとチェルボが見えなくなるまで、手を振ってくれました。
小さなうさぎと別れて、ずいぶんと走りました。
羊のペコラに比べ、チェルボは脚の長い鹿です。
ペコラよりもずっと速く走ります。
追いかけるのがやっとですが、その先に『わたの花畑』があるなら頑張れました。
「あっ……」
チェルボの走りが遅くなり、ペコラが追いつきました。
どうしたのか、チェルボは辺りを見回しながら走っていました。
「チェルボ?」
「ねぇ、見て。小さなわたがいっぱい飛んでるよ」
ペコラも周りを見てみると、たしかにチェルボの言う通り小さなわたがたくさん飛んでいます。
ペコラとチェルボが向かっている方向から、風に流されてきます。
きっとあの先にあるのでしょう。
チェルボはまたスピードを上げ、走りました。
「わぁっ……」
先にたどり着いたチェルボは感嘆の声を上げました。
そして、遅れて追いついたペコラも目を見開きました。
「すごい……」
そこにあったのは、一面に広がる白い『わたの花畑』。
風に揺られ、小さなわたが宙を舞って流されています。
中にはまだ、黄色の花のままのものもありました。
「『わたの花』って、たんぽぽのことだったんだね」
チェルボは言います。
目の前に広がるのは、綿毛になったたんぽぽの花畑でした。
これだけ一面に広がっていれば、花畑というほかありません。
でも、ペコラはなんだか納得できません。
「『わたの花畑』って、本当にここなのかしら」
綿毛になったたんぽぽは確かに『わたの花』です。
でも、たんぽぽの綿毛が糸や布になるなんて話を聞いたことがありません。
それに、もし『わたの花』がたんぽぽのことなら、フクロウのおじいさんが教えてくれたはずです。
ここはきっと、ペコラの探している『わたの花畑』ではありません。
「ねぇ、チェルボ。きっとここじゃないわ」
「そんな。ここのほかに、たんぽぽじゃない『わたの花畑』があるっていうの?」
チェルボは残念そうに、綿毛になったたんぽぽの花畑を見ます。
ペコラも残念です。
やっと見つけたと思ったのに、きっとここは探し求めてる場所じゃないのです。
ペコラとチェルボは風に流される綿毛を眺め、しばらくそうしていました。
「羊と鹿だ。めずらしい」
チェルボの背中に小鳥がとまりました。
羽についた綿毛をとるためにおりてきたようです。
「この綿毛め、くっつくと取れにくいんだ」
「取りましょうか?」
ペコラは小鳥の小さな羽についた、小さな綿毛を取ってあげました。
「ありがとう。あんたは器用だね」
「仕立て屋をしているから」
「へぇ。それは器用じゃないとできないね」
小鳥は綿毛のついていた羽をくちばしで整えていきます。
「仕立て屋ってことは、もしかしてあの『わた』を取りにきたの?」
「あの『わた』?」
ペコラが小鳥に聞くと、くちばしを止めて答えました。
「綿花。人間が育ててるんだよ」