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森の奥深くに住む、白いもこもこの動物。
ペコラは羊の女の子です。
小さなログハウスで、森の仕立て屋さんをしています。
「お待たせしました。これが頼まれていたものよ」
ペコラが差し出したのは、手のひらサイズのおくるみが3つ。
羊毛を紡ぎ、機織りをして作ったおくるみは柔らかく心地のよい手触りです。
「ありがとう、ペコラ。もう少しで卵が孵るんだ。大事に使うよ」
小鳥のお父さんはおくるみを受け取ると、急いで帰っていきました。
無事、みんな生まれますように。
ペコラは小鳥のお父さんを見送りました。
「ペコラ!」
次にやってきたのは、まだ生えかけの角を頭につけた鹿の男の子。
名前はチェルボです。
「ねぇ、そろそろ仕立て屋さんはお休みでしょ? 夏の間、僕と一緒におでかけしようよ」
チェルボは短いしっぽをふりふりしながら言います。
ペコラは考えました。
もうそろそろ、仕立て屋さんは少しの間だけお休みに入ります。
ペコラの仕立て屋さんは秋から冬、そして年をまたいで春まで営業します。
秋は自慢の羊毛を毛糸にし、冬に向けてぼうしや手ぶくろやマフラー、森のみんなが喜ぶあたたかい物を作ります。
冬になると春に向けて、毛糸を紡いで糸にし、それをさらに布に仕立てておきます。
春になると森にはたくさんの赤ちゃんが生まれるので、仕立てておいた布で柔らかなおくるみを作ります。
そうしていると、ペコラのもこもこの羊毛はすっかりとなくなってしまいます。
夏にはあたたかいものやおくるみは必要ないので、その間だけ仕立て屋さんをお休みにするのです。
いつもは夏の間はのんびりと過ごしますが、たまにはおでかけもいいかもしれません。
チェルボと一緒なら、きっと楽しいに違いありません。
「いいわ、チェルボ。一緒におでかけしましょ」
「約束だよ!」
チェルボは嬉しそうに、長い脚でぴょんぴょんと跳びはねながら帰っていきました。
さて、お客さんがいなくなったのでペコラはひと息つきました。
ロッキングチェアに座り、編み物を始めます。
今作っているのはお客さんのものではなく、ペコラが趣味で作ってるもの。
あいた時間に作っては、ログハウスの窓際に飾っていくのです。
ロッキングチェアをゆらゆらと揺らしながら、ペコラは夢中になって手を動かしました。
「こんにちは」
ふいに、声をかけられました。
ペコラはびっくりして顔をあげます。
扉にはお客さんが来たらわかるように鈴をつけているのに、編み物に夢中で音に気付きませんでした。
「あ、いらっしゃいませ」
ペコラはロッキングチェアから立ち上がってお客さんを見ます。
「ここが噂の仕立て屋さんだね。私のオーダーを聞いてもらえるかな?」
お客さんが被っていたハットを取ると、天に向かってピンと立つ、三角の耳が2つあらわれました。
かけている丸眼鏡の奥に見える瞳は鋭く光ります。
鼻は長く、閉じている口を開けばきっと牙が並んでいるでしょう。
光沢のあるスーツに身を包んだ姿はとても迫力がありました。
「はい、オオカミさん。どんなオーダーですか?」
「男爵と呼んでくれ。みんなからそう呼ばれてるんだ」
オオカミの男爵は言いました。
「私は今、着心地のいいスーツを探しているんだ。肌触りがよく、夏にはすずしいものを」
「夏にはすずしいもの、ですか。では、私の羊毛を紡いで……」
「違うんだ」
「違う?」
ペコラは首を傾げます。
オオカミの男爵は背筋を伸ばしました。
「私が探しているのは『わたの花』から作るスーツだ」
「『わたの花』……?」
『わたの花』なんて、ペコラは初めて聞きました。
羊毛のほかにも糸や布にできる材料があるのは知っていますが、花だなんて。
「『わたの花』から作るものは、君の羊毛と同じく手触りがいいらしい。そして夏にはすずしく、快適に過ごせるのだと聞いた。君は、そんな花を知らないか?」
「初めて聞いたわ」
「そうか……」
オオカミの男爵は肩を落としました。
「ここは評判がよくて有名な仕立て屋だ。なので、あるかと思ったのだが……」
「ごめんなさい、ここにはないわ。でも、私もその花が知りたい。教えてくれませんか?」
ペコラはどきどきしました。
仕立て屋であるペコラが知らないものを、このオオカミの男爵は知っている。
普段はおっとりとしたペコラですが、知りたい欲求は人一倍です。
それが大好きな仕立てのことになると、なおさらです。
オオカミの男爵はペコラをじっと見たかと思うと、首を横に振りました。
「西にあるという情報しかないんだ。なので、私はずっとこの地までやってきた」
「男爵はどこから来たの?」
「ずっと、ずっと東の森だ。でも、そろそろ帰らねば」
オオカミの男爵は背中を向けると、扉を開けました。
鈴がちりんちりんと音を鳴らします。
「邪魔をしたね」
「いえ。……お役に立てず、ごめんなさい」
「仕方ないさ」
オオカミの男爵は颯爽と森の奥へと歩いて行ってしまいました。
見送ったペコラはため息をつきました。
胸の中がむずむずとします。
知らないまま終わるなんて、オオカミの男爵のオーダーを受けてあげられないなんて、ペコラは悔しかったのです。
「フクロウのおじいさんなら、知ってるかしら」
ペコラは扉に『お休み』の札をかけると、フクロウの元へと急ぎました。
フクロウはこの森で誰よりも長生きをしている、物知りなおじいさんです。
一を問えば十返ってくるほど知識が豊富で、森のみんなから慕われています。
「こんにちは、フクロウのおじいさん」
フクロウは木の上で羽を休めていました。
丸い瞳がペコラを見つけると、嬉しそうに細くなりました。
「こんにちは、ペコラ」
「あのね、おじいさんに聞きたいことがあって来たの」
「何かな?」
フクロウは首を回しました。
ペコラはオオカミの男爵に聞いたことをすべて話し、フクロウに尋ねます。
「おじいさんはその花のことを知ってる?」
「『わたの花』か……。めずらしいものを探しているね」
「知ってるの!?」
「ああ、聞いたことがあるよ」
フクロウはうなずいて、ホホッと笑いました。
ペコラの瞳がきらきらと輝いていたのでしょう。
熱心に話を聞いてくれる子を前にすると、フクロウは嬉しくなって笑うのです。
「男爵の言う、ここよりもずっとずーっと西に、『わたの花畑』があると聞いたことがある。わたはもこもこで、そうだな。ペコラ、お前の羊毛のようだと」
「それを紡いで糸にすれば、素敵な洋服を作れるのね!」
「作れるのだろうな。そのための花畑らしいから」
「素敵!」と、ペコラは嬉しくなりました。
そんな花畑があるなんて、ぜひとも見にいきたいものです。
そして、一つや二つ、『わたの花』を摘ませてもらえれば小さなものなら作れます。
ログハウスの窓際に飾れば、宝物になるでしょう。
「おじいさん、ありがとう!」
ペコラは楽しくて仕方ありません。
フクロウが何か言っていますが、その言葉がペコラに届くことはありませんでした。
この森にない、ペコラの知らない『わたの花』。
絶対に見に行かなきゃ、とペコラは決めました。
「まったく、知りたがりのペコラめ」
自分の知りたい話だけ聞いて、他のことは聞こえなくなってしまったペコラにフクロウはむすっと体を膨らませました。
呼びかけても気づかず、さっさと帰っていきます。
「『わたの花畑』はたしかにあると聞くが、それは人間のつくった畑だ。自然のものじゃない」
人間と一緒に暮らしている動物は多くいますが、フクロウやペコラはそうではありません。
何を考え、自分たちに何をするかわからないから警戒しなければならない存在です。
「まぁ、まさか探しに行くことはないだろう」
フクロウは小さくなったペコラの後ろ姿にため息をつきました。




