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机上の時空論  作者: 御法 度
9/24

机に描いたチョコ

 

 ちらちらと雪が降った14日、バレンタインデー。

 多くの生徒がどこか浮き足立つこのイベントに、私は初めてまともに参加した気がした。今までも義理でもらったり渡したりはしたけど、心持ちが違うとこんなにも変わるものだったんだ。

 白状すると、楽しかった。

 実は男の子にあげたも初めての経験だったりする。小松君に、筒井さんと作ったチョコを渡した。緊張したけれど、彼も少し顔を赤くしていたので、気恥ずかしいのは相手も同じかと、ちょっと安心した。

 勢いで、もっと大胆なことをしてしまった。

 14日は金曜日でもある。クーロン君と、週に一度の会話を交わす日。

 1ヶ月以上続く文通は、もうけっこうな回数を重ねていた。机の縦一列が埋まりそうな勢いだった。

 バレンタインの活気に当てられていたんだろう。私は、クーロン君にもチョコをあげたいと思った。

 で、机にチョコの絵を描いた。

「へえ、うまいね」

 お新ちゃんの冷やかすような言葉で、私はちょっと冷静さを取り戻した。よく考えてみれば、かなり恥ずかしいことをしていないだろうか。でも仕方ないじゃない。実物を机に入れておくわけにもいかないし、見知らぬ相手から食べ物をもらうのは怖いとも思う。

「絵に描いた餅……というか机に描いたチョコか。机上の空論もいいかも」

(意味が違うわよ)

 言い返しつつも、やっぱり私は浮かれていたんだと思う。常に心が温かいような。地面から少しだけ浮き上がっているような。どこか懐かしい感覚がしていた。

 そんなフワフワした状態も、不思議と、嫌ではなかった。

 次の週には大掃除があった。終業式はまだ先だけど、2年生も終わりかと、感慨深い気持ちになる。周囲の環境ががらりと変わるなんて、想像もしていなかった。

「星埜」

 と、小松君が声をかけてきた。ちょうどゴミ箱を運んでいる時で、彼は持つのを手伝ってくれた。一人では難儀していたから、ありがたかった。

「この前はチョコありがとな。美味しかった」

「よかった。筒井さんも喜ぶよ」

 火曜日の光景が思い浮かんで、自然と柔らかい気持ちになる。男子の前で普通に笑っている自分。本当に、なんだか別人になってしまったみたいだ。

「弥生と買い出しに行ったんだって? あいつ、すげー喜んでた」

 弥生とは、筒井さんのことだ。筒井弥生さん。前々から思っていたけど、

「小松君って、いつから筒井さんと仲いいの?」

「幼稚園からかな。家が近所でさ。

 小学校は別だったけど、まあ、腐れ縁だよ」

「ふうん。でも羨ましいな。なんか親友って感じで」

「何言ってんだよ」

 小松君は優しく笑った。

「星埜こそ、ずっと前から弥生と親しかったみたいに見えるぜ?」

 それは予想外の評価だった。……ほう。

 ずっと前から。

 親しい。友人。

「……星埜、どこ見てんの」

「いや、ちょっと」

 不自然に顔を背ける私を、小松君は不思議がっていた。だって仕方ないじゃない。両手はゴミ箱で塞がっているから、口元を隠すのが難しかったのだ。

 用事を済ませて小松君と別れた後、案の定、待ちきれないといった感じでお新ちゃんが話しかけてきた。

「親友だって! 僕もそう思っていたんだ。良かったね!」

(やっぱり盗み聞いてたか)

そわそわしている気配は感じていた。

「あのさ、苺」

 お新ちゃんは不意に優しい声で言った。

「苺は自分が変わった、って思ってるかもしれないけど、本当は違うと思うよ。君は、僕が死ぬ前は、明るい女の子だった。筒井さんのような子達と笑って、小松君のような男子とも普通に会話する。ごく普通の女の子だった」

「なによそれ」

「深い意味はないさ。僕も嬉しいんだ。苺が元に戻り始めて」

 元に戻る? どういう意味よ、と笑おうとしたけど、できなかった。お新ちゃんの声には、言葉とは裏腹に、どこか寂しそうな響きが混じっていたから。

 もし私が元に戻ったら。昔のように「普通」になったのなら。

 あなたはどうなるの?

 浮かんだ疑問を、私は慌てて飲み込んだ。聞いてはいけないような予感がしていた。






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