君の下垂体を食べたい
いつもなら何もないはずの休日。予定があるのなんて久しぶりだ。
昨日は学校から帰ってから、クローゼットの奥から適当な服を見繕うので大忙しだった。なにせ誰かと遊びに行くなんて、去年の夏の修学旅行以来なのだ。
「学校行事は遊びに行くって言わないよ」
「幻覚のくせに、細かいわね」
そう言うお新ちゃんだって、今日はそわついている。もうすぐ筒井さんが来る頃だと言うのに、ずっと話しかけてくる。買い物中は邪魔しないでよね。私の幻覚なんだから、気を利かしてほしい。
「はいはい、僕は一眠りするよ。でも、あんまりはしゃぎすぎてうざがられないようにね」
「分かってるよ、言われなくても」
お新ちゃんが一番うざいって。
言い終わるか終わらないかのうちに、もう気配は消えていた。一人になったんだ、と実感する。
すると厄介なもので、急に心細くなってくる。最後の言葉にもドキリとした。以前、夢中になってしゃべってしまったことがあったから。筒井さんも小松君も嫌な顔はしなかったけれど、本当は呆れていたのではないか。どうしよう。急に、あのときの笑顔が作り物っぽく思えてきて……。
「星埜さ~ん」
と、筒井さんがやってきた。どうしよう、またネガティブになってしまった。早く気持ちを切り替えなきゃ。
でも、そんな必要はなかった。筒井さんは、弾けるような笑顔を向けながら、私の両手をぎゅっと握ってきたのだ。どくん、と心臓が跳ねる。不安な気持ちは吹き飛んでしまった。
「星埜さんの手、暖かいねー」
「え、えと」
戸惑う私の手を取って「ごめん、待たせて。行こー!」筒井さんは駆け出すように歩き出した。小さいけれど、力強さと、優しさに満ちた手。
この手に引っ張られて、私は変わっていける。そんな気がした。
「……うん!」
建国記念日の今日は、数日後に迫ったバレンタインデーに備え、買い出しなどをする約束をしていた。発案者は当然、筒井さんだ。私は彼女に言われるまでバレンタインのことなどすっかり忘れていた。
まずは、私の家の近くにあるショッピングモール。いつもはスーパーマーケットにしか用がないけど、二人で回ると新鮮だった。
「ねえ、あれやろうよ!」
いつもなら捨ててしまうチケットで、福引を回したりもした。
「1等は温泉旅行、2等は……オリンピックの観戦チケット!? すご」
「合法なのかな」
「感想が独特ね」
なんてことのない会話のさなか、ふとした言葉が口からこぼれ出た。
「小松君は興味とかないのかな」
「お? 気になる?」
聞いたわけじゃないけど、筒井さんは食いついてきた。どこか嬉しそうだ。
「でも、あいつは全然。スポーツとか興味ないから。運動神経はいいのにね」
がらんとハンドルを回すと、見慣れない、白以外の色。えっと、これは何等賞だっけ。
「映画券だ」
「へえ」
係の人からもらった券を見ると、いくつかの対象映画の中から選べるようになっているみたいだった。カップルを対象にしているのか、ペア券だ。ラインナップも恋愛ものが多そうだ。
「うお、キミスイもあるじゃん!」
「キミスイ?」
「知らないの、星埜さん。『君の下垂体を食べたい』」
「えっと、カニバリズム?」
「はあ、やっぱ星埜さん面白いよね。違うって。恋愛映画だよ」
なんでも、ネット小説から爆発的に人気が出て、映画化もされた作品らしい。どうしてそんなタイトルなのかは分からないけど。とにかく泣けるのだそうだ。
「やったあ、行きたかったんだよね」
「そうなんだ。良かったね」
彼女は本当に楽しそうに笑う。感情の起伏が豊かで、見ているこっちまで楽しさが伝わってくる。
誰と行くのかな。小松君なんかは、お似合いだろう。
「――と、あまり遅くなったらいけないね」
「うん。行こう」
さて、ここからが緊張する。オペレーション・バレンタイン、第二段階よ!
浮かれているね、といつもなら口を出すお新ちゃんは、律儀にも気配を消したままだった。




