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机上の時空論  作者: 御法 度
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オリンピック

 

 そんなわけで、2月の始まりは賑やかだった。だって、普段はおにいちゃん以外とはほとんど会話も交わさないのだ。筒井さんと、時々、小松君。驚異の3倍だよ。当社比で。

 でも、昔はこれが普通だったんだよね。小学生の頃は。兄が死ぬまでは。改めて、私は色々なことから目を背けてきたんだと、思い知らされる。

 なんと遊びに行く約束までしてしまった。ショッピングに行くのだ。

「今度の土曜、空いてる?」

 その時筒井さんは一人で私の所へ来た。

「……えっと、日曜でもいいかな」

「ごめん、その日はバイトなんだよね。あ、ていうか来週は祝日じゃん!」

 そうか、次の火曜日はお休みだった。もともと私の休日に予定なんてない。二つ返事で了承した。

「よし、決まり!」

 筒井さんが弾むような足取りでその場を去るのを見送っていると、お新ちゃんが話しかけてきた。

「一足早い春が来たみたいだねえ」

「ばか」

 もう、まったく。この手の話題には食いつくのは、兄も同じだった。

 今より、もうすこし暖かくなったくらいの季節だ。小学5年生だった私は、片思い中の男の子と二人でデートできるチャンスがあった。ふ、驚くなかれ。今はこんな私も、昔は好きな子くらいはいたのだ。

 土曜日サタデーだった。何を話したのかは、あまり覚えていない。その後にあった衝撃の出来事のせいで。

 そこで、なんと兄は後ろから私たちを着けていたのだ。信じられないわよね。高校は午前だけだったらしい。学生服に通学カバンのまま、小学生二人を尾行する高校生男子の図。誰かに通報されて、交番にでも連れていかれたらよかったのに……。

「もう時効だよ。忘れたら?」

「うっさい」

 変化と言えば、クーロン君とのやり取りにも変化があった。

 金曜日。気もそぞろに、私は例の講義室で机を確認する。

『「オリンピック」、良かったよね』

 私が先週書いたメッセージだ。名言当てクイズは、いつの間にか好きな本の紹介し合いに変貌していた。

『オリンピック』。一昨年のベストSFに選ばれた作品だ。今年、2020年夏に開催される東京オリンピックと、56年前の東京オリンピックを舞台に、時空の歪みに翻弄される男の話だ。クーロン君が紹介した『スリップリープ』と同じ、タイムスリップもの繋がりということで、私はこのメッセージを残していたのだ。

 当然、クーロン君も知っているだろうと思っていたら、彼の解答は珍妙なものだった。

『羽野ゆずるが凄いらしいね』

 ?

 確かに、彼は世界選手権でなんとか上位につけていたけど……。

 それはフィギュアスケートのプロ選手の名前だった。今シーズンは足の故障で振るわなかったはずだ。それにオリンピックと言えば、夏だろうに。今年の日本人にとっては、特に。

 SFの知識量は凄いのに、ちょっとずれた人なんだ。クーロン君のそんなところも微笑ましかった。

(ねえ、お新ちゃん、)

 面白い人だね。そう言おうとして、私は気付いた。今、お新ちゃんはいない。

 たまに、こういう時がある。いなくなるのだ。ただ声を出していないだけではない。不在になるのだ。

 なぜ分かるかというと、難しいけど、「気配が消えるから」としか言いようがない。なんだろう、声を潜めて隠れていても、近くに人がいると分かる、みたいな感覚かな。

 一度、その間どうしているのか聞いたことがあるけど、

『寝ているんだ』

 ということだった。まあ、疑っても仕方ないので信じることにしている。所詮は私の幻覚だしね。

 でも。

 思い返してみれば。

(ねえ、最近眠っている時間多くない?)

 聞いてみたけれど、やはり返事はなかった。本当にいないんだろう。

 ふうん。まあ、どうでもいいけど。

 盛り上がったやり取りに水を差されたみたいで、私はお新ちゃんに少しだけ腹を立てた。理不尽なのは、自分でも分かっていた。






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