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机上の時空論  作者: 御法 度
22/24

snapped

 は? なに言ってるの?

 私は、頭をがんと殴られたような衝撃を受けた。コロンブス? どうやったら、これをそう読めるのか――。

 いや。違う。改めて、黒板に書いたばかりの文字を見る。そのまま読めば、そうとれないこともない。ローマ字っぽく読めば、「コロンブス」とも……。

 耳鳴りが、五月蠅い。

 小松君の様子からは、冗談を言っているようには思えない。なんだか、悪い夢でも見ているみたいだった。

 デートの時、コロンブスがどうとかって言っていたのは、こういうことだったのか。

「あれ? でも、『クローネ』って『卵』って意味じゃないよな……」

「小松君。これはね、『クーロンズ・クローン』って読むの」

「そうなの? はは、恥ずかしいな。英語って苦手なんだよ。俺、てっきり、」

「もう一ついい」

 自分でもびっくりするくらい、低い声が出た。急に、小松君との間に距離ができてしまったような感覚に陥る。

「なに」

 目の前にいるはずの人は、怪訝そうに顔を歪めた。いや、私には、歪んだように見えただけかもしれない。

「机の落書きこと」

「それがどうかした」

「……小松君が書いたんじゃなかったの?」

 急に彼は高笑いした。怪物が哄笑したようにしか思えないのは、なぜだろう。

「何言ってんだよ。()()()()()()()()()()()()()()?」

 立ちくらみがしたけど、膝に力を入れて、必死にこらえる。小説? 私が?

「台詞というか、ポエムみたいなのが、いっぱい書いてあったからさ。それで俺、星埜のこと思い出せたんだ。昔、小説家になりたいって言ってた子がいたなあって」

 幼い私は、好きな子に夢を語っていたりしたのだろうか。そうかもしれない。あの頃の私は無邪気で、悩みなんて何にもなくて、どうしようもない馬鹿だったから。もう覚えていないから、どうでもいいけど。

「完成したらさ、今度読ませてよ」

「小松君、私に告白してくれた日、机を見て『俺だ』って言ったよね。あれはどういうこと?」

「えっと、そんなこと言ったかな」

「言ったよ!」

 ほとんど叫んでいた私の剣幕に、小松君は気圧されたようだった。

「ああ、そうだった。あの時も言ったけど、()()()()()()()()()()()()

「は?」

 消した? 消したって、まさか。バレンタインの翌週、無残に消された文字を見つけたのを思い出す。

 ああ、そんな。

 酷い思い違いをしていた。あの時、文通の相手が小松君かどうかを聞いたつもりだった。けれど、私は机を指さしただけだった。この人は、机の落書きを消したことを咎められたと勘違いしたのだ。あの謝罪の意味が、ようやく腑に落ちた。

 大掃除の時、第4講義室の担当はうちのクラスだったのか。班が違うから知らなかった。調べようともしなかった。小松君はそこに割り当てられていた。

 あのやりとりを消したのは、あなただったの。

「そんな、どうして」

「うちの班のやつに見られそうだったから……星埜が嫌がると思って。茶化すような奴もいたし」

 分からない。その理屈だと、自分が見るのは構わないってこと? 覗き見する権利があると?

「……とっても、雑な拭き方だった」

「仕方ないよ、慌ててたんだから。

 そもそも、星埜が落書きしてたんだろ」

 どうして。そんなことを言うんだ。分からない。思考が追いつかない。どうして私は責められているの?

 返事をする気力すら湧かなかった。もう、どうでも良かった。落書きしたとか、誰が消したとか。所詮は、終わったことだ。

 そんなことよりも。

 じゃあ、いったい。

 クーロン君は誰なんだ。

「……あなたじゃない」

 堪らなくなって、私は教室を飛び出した。呼び止める声が聞こえた気がしたけど、どうだか。ただ、追いかけてくる足音は、いつまでも経っても響いてこなかった。

 1階に降りて、私はある部屋の前で立ち止まる。そうだ。ここで、確かめることがある。

 生徒会室。

 扉を開けると、知らない男子が一人だけ。学年章から察するに、1年生か。慌てたように、いじっていたスマホをポケットにしまった。見られたらまずいものでも見てたのかな。外見もあまり真面目なようには見えない。

「こんにちは。弥生の頼みで書類を取りに来たの。場所は分かるから」

「ああ、会長の。もう少しで戻ってくると思いますよ」

 聞いてもいないことを教えてくれた彼に微笑みかけてから、この間の記憶を頼りにファイルを探す。部活の活動場所が書かれたプリント。

 あそこには、あの時は気に留めなかったけど、過去の記録も残っていたはずだ。

「先輩って、少し前に整理を手伝ってくれた方ですよね。ありがとうございました」

 沈黙が気まずいのか、1年君はどうでもいいことを話かけてくる。構うなって伝えた方が良かったのかな?

「いいのよ」

 棚に目をやったまま言葉だけを返す。ただし本心からの言葉だった。おかげで、真実を知れそうだから。

 第4講義室。今は使われていない教室。

 だけど昔は。どこかの部活が、使っていたんじゃないか。その痕跡は残っていた。

 もどかしくて、ファイルごと持ち出すことにした。だけど、男の子は見逃さなかった。

「ちょっと、そういうわけにはいきません」

 舌打ちしたい気分だった。変なところで真面目ぶるなよ。

 すると、背後から足音が響いてきた。弥生が戻ってきたんだろう。この1年生だけならどうとでもなっただろうけど、生徒会長を誤魔化すのは骨が折れそうだ。

 私は一旦フォルダを置き、両手で制服の前を握って――広げた。

 パチン。

 スナップボタンだから、簡単に、はだけられる。

「な、あなた」

「あれ、苺? いらっしゃい」

 私は振り返り、ちょうど部屋に入ってきた弥生の胸に飛び込んだ。小さく悲鳴を上げた彼女は、すぐに「異変」に気付いた。

「佐藤、あんたなにを」

「違います、俺はなにも!」

 そのまま逃げるように、私は生徒会室を飛び出した。フォルダをしっかりと抱き抱えて。

 ありがと、佐藤君。

 行方をくらます時間稼ぎくらいには、なってくれるかな。






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