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机上の時空論  作者: 御法 度
19/24

本当のこと

 

 6年前のことだった。私がまだ11歳の時。もうすぐ小学6年生に進級しようという頃だった。

 当時、私は初恋に浮かれていた。淡い恋心。クラスの男の子だった。どんな子だったのかは、もう覚えていない。後からアルバムを見返す機会があっても、誰かは分からなかった。その程度の気持ちだったのかもしれない。なにが私を、そこまで夢中にさせたのだろう。

 その日も、今日みたいに二人で出かけていた。忘れもしない。3月8日の土曜日。

 途中で、私たちはトイレに行った。その後、待たせていた男の子に駆け寄った。視界に入るだけで胸が弾んでいた。そんな自分に酔っている私がいたんだと思う。とにかく、私は周りが見えていなかった。

 周囲への注意はおろそかになっていたところへ、歩道にトラックが突っ込んできた……。

「危ない!」

 誰かの声が聞こえるのと、目の前が真っ暗になるのが同時だった。耳をつんざくクラクションの音。鼓膜を引っ掻くブレーキ音。私は全身に衝撃を感じた。息ができなくなっていた。どうやら頭も強く打ったようだった。

 私は地面に倒れていた。全身が痛んだけど、かすり傷以上の怪我はしていないようだった。

 目の前に、血まみれになったお兄ちゃんが横たわっていた……。

 兄は高校の帰りだったの。ちょうど今の私たちと同じ年齢。私を見つけて、突き飛ばしたんだ。

 トラックの運転手は、既に亡くなっていた。不整脈だったらしい。朦朧とする意識の中で、咄嗟にブレーキをかけたけど、間に合わなかったんだって。警察の現場検証から、そう結論づけられた。

 その人を責める気持ちはない。かわいそうだと思った。

 許せなかったのは、自分だった。

 私の代わりに、兄が死んだ。

 もちろん、誰もそんなことは言わなかった。

『あなたはあなた。そのまま生きればいい』

 誰も私を責めなかったし、優秀な兄の代わりを求めたりもしなかった。

 だから、私は自分で自分を責めた。

 もし、あと少しでも兄が早く帰っていたら。電車が一本でも遅れていたら。歩く速さが違ったら。そもそも、私が、周りも見ずに駆け寄ったりしなければ。もっと注意していれば。初めての経験に浮かれたりしなければ……。

 人を好きになんか、ならなければ。

 私は自分を強く戒めた。世界は天才を失ってしまった。代わりに残されたのは、なんの才能もない、私。

 中学時代は文芸部に入って、小説の勉強をいっぱいした。SF以外のジャンルの本もたくさん読んで、文章の技法もたくさん学んで……。目指したのは、兄の文章だった。大それたことを考えていたの。私に代わって命を落とした兄の構想を、文章にできたらいいなって。そしたら、自分が生き残った意味もあったんだと、信じられるような気がしたから。

 でも、結局それは叶わなかった。私には才能なんてなかった。どうしたって兄の代わりにはなれなかった。出来損ないのクローンにすら、私はなれなかった。

 だから、分かるでしょ。小松君。


「私に恋なんて、許されない」

 じっと話を聞いてくれている。私は言葉が止まらなかった。

「生き長らえるを許されているだけ。私が恋をするなんて、やっぱりおこがましいのよ」

「そんなことない!」

 珍しく、小松君が言葉を荒げた。しかし、表情は、裏腹に辛そうだった。

「好きになることが罪なんて考えたらダメだろう。星埜が、そんな、自分を責めることはないんだ」

「兄は私のせいで死んだの! 私が、周りも見ずに、浮かれていたから。小松君には分からないよ!」

 言ってしまった。そんなことを突きつけたかったわけではない。彼の知らない過去の話をしても、どうしようもないというのに――。

「なら俺も同罪だよ」

「え」

「俺はそのことに関して、他人ってわけじゃない。

 なぜなら、俺もその場にいたから」

 私は信じられない気持ちで彼を見た。真剣な顔だ。でまかせを言っているようには見えない。小松君は、その時近くにいた? それは、どういう。

「その男の子は、俺だから」

「え!?」

 そんな、嘘。

「嘘言わないで」

「本当だよ。その日星埜とデートしたのも、俺だったんだ」

 小松君は、驚くようなことを言った。

「俺、小学校の一時期だけ、引っ越ししていたんだ。星埜の地元に。

 事故の後、俺はすぐ転校した。それで、だんだんと忘れてしまったんだ。情けない話だけどさ。

 高校で星埜のことを見て、どこかで見たことがあると思っていた。最初はそれだけだった。けど、1月に、机に落書きがあるのを見て。興味を持った。それが星埜だった。

 その時に思い出したんだ」

「そんな、そんなわけないよ」

 考えもしなかった。小松君があの時の。初恋の人だったなんて。

 筒井さんは言っていた。彼は小学校では離れていたと。その時だけ私と同じ町に来ていたのだ。

 アルバムに顔が無かったのも、卒業を迎える前に転校したのだとしたら、説明できる。

 胸を撃ち抜かれたような気がした。

「本当は俺が守らないといけなかったんだ」

「いや、あれは私が悪くて、」

「誰が悪いとかじゃないよ」

 優しい顔で小松君は言った。

「俺も一緒に背負うから」

 力が抜けていくのを感じた。ずっと心の奥で張り詰めていた感情が。ほどけていく。

 一番言ってほしかったことかもしれない。涙があふれて止まらなくなった。せっかくのお化粧も台無しだろう。ひどい顔になってしまっていると思う。

「ごめん。まだしんどいよな。答えを急かすとか、そんなつもりもないから」

「私こそ……」

 涙が溢れて止まらなかった。

 さっきまでは心地よかった彼の眼差しが。胸が弾むような優しい声が。一転して、辛いもののように思えた。

「返事、少しだけ待って」

「待つよ。いつまででも」

 ずっと真っ暗だった心に、あかりがともったようだった。






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