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机上の時空論  作者: 御法 度
17/24

カレイドスコープ


 デートはさっそく翌日に、ということになった。

 映画チケットの期間が残り少なかったこともあるし、小松君の都合もあった。6日は補講が決まってしまったらしい。英語だそうだ。

 というわけで本日。3月5日、木曜日。

 家を出て、待ち合わせ場所に向かう電車に乗っても、なんとなく落ち着かなかった。学ラン姿の小松君。シルエットだけのクーロン君。2人の影がぐるぐる交差して、頭の中を巡った。机の上で交わされたやり取り。それらが、素っ気ない小松君の声で再生される。

 そのイメージは、すんなりと、胸の中に納まった。

 約束の10分前に到着すると、もう小松君は待ってくれていた。

「お待たせ」

 と言おうとして、それではテンプレになるぞと思い直し、口籠る。いいじゃん、それくらい。と、からかってくれるお節介はいない。あの軽口で私の心はほぐれていたんだと、今では思う。

 これからは、一人でも頑張らなくちゃ。

「行こっか」

「おう」

 私が妙に気を張っていたからか、小松君は不思議そうな顔をしたけど、さりげなく手を取ってくれた。照れる間もない、自然な動作だった。

「ふうん、こういうの、慣れてるんだ」

「そう思うか」

 と言った小松君の顔は、真っ赤になっていた。

「弥生の奴、俺を殺しかねない勢いだったからな。絶対リードするのよー、って。

 俺、なんか悪いことしたっけ?」

 私は笑ってしまった。文通を隠していたことを根に持ってるんだ。ごめんなさい、それ私にも責任の一端があるやつです。

 いつの間にか、緊張はほぐれたみたいだった。

 しばらく歩いて、小松君は前を向いたまま、唐突に

「髪留め、いつもと違うんだな」

「ああ、うん」

 普段はゴムで纏めたり纏めなかったりする髪だけど、今日はシュシュを着けていた。

「すげえ似合ってる」

 頬が熱くなって、思わず俯いてしまった。これでは小松君を笑えない。

 見てたんだ。見てくれていたんだ。

 そんなに良いものでもないでしょうに。どうして。

 そして、動揺している自分に気がついて、私はさらに慌てる。本当に、恋をしているのだろうか。これが恋なのだろうか。

 恋なんだ。

 火照りが、心地よかった。


 映画のタイトルは、「君の下垂体を食べたい」。通称「キミスイ」という恋愛映画。

 と、観るまでは思っていた。

 驚いたことに、それはSFだったのだ。

 恋愛映画としても、とても出来がいいと思えたんだけど、最後の展開に、SF的趣向が潜ませてあった。パラレルワールドが出てくるんだけど、今は割愛。つまり、恋愛映画に見せかけたSFだったのだ。

 もう驚いたのなんのって。上映中に変な声をあげてしまった。頭をガツンとやられたよ。想像もしていなかったもん。

 最後のシーンでは泣いてしまった。最近は泣いてばかりな気がする。私ってこんな涙もろかったっけ。

 ちょっと前なら、恋愛ものというだけで冷ややかな感情を持っていただろう。昔の体験から、恋愛に対して歪んだ思いを抱いてしまったせいもある。だけど今は。知ってしまった。それがどれほど心を温かくするか。涙腺を緩めてしまうか。

「あのラストって、原作と同じなの?」

「だいたい同じ。でも、映像ならではの演出をしていた。すごく良かった」

「そうなんだ。今度、読んでみよう」

「俺ので良ければ持ってくよ」

「ぜひ、お願いします!」

 私はスプーンを置き、深々と頭を下げた。おおげさだよ、と笑う小松君。私たちは映画館を出た後、喫茶店でケーキタイムと洒落込んでいた。

「でも弥生に聞いたら、恋愛小説って説明されたよ」

「まあ、そう捉えてもいいよな。あくまでSF要素は最後だけだし。ジャンルは恋愛にしても違和感ない」

 なるほど。さすが「クーロン君」、なまでも鋭い切り返し。

「そうだ、小松君はパラレルワールドものだと何が好き?」

小松君は、ちょっと目を泳がせてから、

「えっと『カレイドスコープ』は良かったと思う」

「そう? やっぱり!?」

 さすが、お目が高い!

 それは私の一番好きなSF。作者は、何を隠そう、星埜(しん)。私の兄だ。だからって身内贔屓というわけではなく、本当に傑作だと思う。

 兄の処女作にして、遺作。小松君の歯切れが少し悪かったのは、私に気を遣ってくれたのかもしれない。兄のことは弥生から聞いていたんだね。

『カレイドスコープ』。タイトルは万華鏡という意味。パラレルワールドを扱った作品だ。

 パラレルワールドは別名「平行世界」とも言われる。自分たちと同じような世界が別時空に存在しているとする考え方のことだ。タイムスリップとも相性がよくて、過去改編をした際の矛盾パラドックスを解消するために持ち出される設定でもある。

 この本では、まさに万華鏡のように刻一刻とその姿を変えていく世界が、幻想的な筆致で描かれる。その中で、愛する人を救おうとする一人の少女。兄は当時高校生ながらこの作品を書き上げ、一躍SF界の寵児となった。本当なら、さらに多くの名声を得られたはずなのに。

 ――命日が近いせいだ。つい兄のことを考えてしまう。

 今はよそう。せっかくのデートなのだから。





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