親友
「ごめんっ! 京二が苺を好きだってこと、実は知ってた!」
小松君が講義室を出て行ってから、筒井さんは深々と頭を下げた……のだけど、正直まだ、私の頭は混乱していた。
「えっと。もしかして、最初から?」
「はい。京二のきょいっ。恋路を応援したくて、星埜さんに声をかけました」
「そう……だったんだ」
なるほど、それで。腑に落ちることは多かった。さっきタイミングよく現れたのも、様子を見守っていたからか。
2月3日に筒井さん達が私に声をかけてきたのも、そういうことだったんだ。まあ、理由もなければ、私なんかに話しかけたりしないか。
さっきの告白がよほど衝撃的だったせいか、私は意外なくらい落ち着いていた。むしろ、筒井さんが申し訳なさそうにしているのが不思議なくらいだった。
「筒井さん、頭上げて。気にすることないよ」
「……ありがとう。優しいね、星埜さんは」
顔を上げても、筒井さんは視線を下げたままだった。2月11日に彼女を家に招いた時の反応も、納得だ。どことなく後ろめたいような雰囲気だったから。隠し事をしているような。
私は、改めて目尻を拭った。うん、大丈夫。もう涙も渇いている。
「筒井さん」
私は、彼女の肩を掴み、目を合わせた。動揺の色を強く滲ませ、彼女の目が、初めてこちらを向く。まばたきで驚きを表した彼女は、すぐに視線を逸らしてしまった。
「最初は、京二の手助けのつもりだった。だけど、私が楽しくなっちゃって。星埜さん、こんなに笑う人だったんだって。どうしてもっと早く仲良くならなかったんだろうって、後悔したくらいだった。
同時に、最初の自分の行動が、どんどん嫌になっていって。私、恋愛ドラマかなにかを楽しむみたいな気持ちで、星埜さんに近付いてた」
「あなたが気にすることない」
強く、肩を掴む手に力を込める。自分がこんなにも大胆な行動を取れるなんて、思ってもみなかった。なんだか魔法にかけられたように、自身が湧いてくるのだ。
「こんな私のことを、筒井さんは好きって言ってくれたよね。私、本当に嬉しかった。話しかけてくれて、すごく嬉しかった。
きっかけなんて、たいしたことじゃないよ。今私、筒井さんのことを知りたいって思ってる」
クーロン君に「知りたい」と書いた。それは彼のことだけじゃなくて。私は、他の人に対しても、そう思えるようになったんだ。
「……なんでも教える。でも強引なのはイヤ」
「へ?」
見ると、筒井さんの制服がはだけ、肌着が露わになっていた。制服のブラウスはスナップボタンで留める方式だから、力を入れるとすぐ外れるのだ。
「ご、ごめんっ」
筒井さんは困ったように、上目遣いで私を見つめた。
「友達に、なってくれる?」
いつもは溌剌とした笑顔を向けてくれる筒井さんの弱り顔は、足下がぐらついてしまうほど魅力的だった。同性の私でも心を奪われてしまいそうだ。
でも、格好つけた手前、あと少しだけしっかりしなくちゃ。私は微笑んで見せた。
「もうとっくになってるよ。――あ、でも。未だに苗字で呼び合ってるのは変かも」
「あー、やっと気付いた? ずっと苗字にさん付けだから、ちょっとへこんでた」
「なんかごめん」
「いいよ」
「えっと。じゃあ」
「星埜さんから言って」
「ええ?」
「……」
「弥生っ」
「苺」
魔法の効果もそこまでだった。よく考えたら私、筒井さんを押し倒さんばかりの体勢ではないか。すごく気まずい。
彼女も、もう立ち直ったようだった。しばらく沈黙が続いた後、なんだかとても可笑しくなって、私達はお腹がよじれるまで笑い合った。
柔らかい日差しが、窓際の席に降り注いでいた。




