クーロン君の正体
入り口でたたずむ男の子。ともすれば不愛想と思われがちな顔は、とても真剣な表情を見せていて。急いで上がってきたのか、頬がほんのり赤い。ドア枠を握りしめる手から、緊張が伝わってくるようだった。
それは、さっき彼が言おうとしたことに関係しているのだろうか。
えっと。その。
「小松君、だったの」
例の机を指さすと、彼ははっと悟ったような顔をした。
「ごめん。俺なんだ」
やっぱり。彼が。クーロン君だった。小松君もSFファンだったんだ。
「怒ってるよな」
「え、どうして? いや、確かにびっくりはしたけど……」
彼が謝ってしまったのはなんとなく共感できた。自分に自信がないから。私だって、自分なんかが筒井さんと友達になっていいのかなって、思った時もあったし。
でも、あのクーロン君が小松君だったとしても、全然私は気にしない。
そこで気付いた。私は思ったよりも、すんなり受け入れている。彼がクーロン君だと。
そっか。そうだったんだ。
すとん、と腑に落ちた感じだった。
クーロン君は、ずっと近くにいた。
君だったんだね。
「……」
「……」
だけど、困った。
何を話せばいいんだろう。二人とも微妙な表情で黙ったまま。時折、緊張がおかしくなって、はにかんでみたりするけど、言葉は出てこない。
クーロン君に伝えたいことはもったあったはずなのに。準備もしていたはずなのに。
普段の小松君なら、気軽に話せるのに。部活のことでも聞こうと思えるのに。
二人が同じ人だったと、そんな簡単な事実を知っただけで。こんなにも唇が重たくなるなんて。口の中がヒリヒリと渇くなんて。
まずい。思考が停止しかけている。
そうだ! こういう時は、やはり共通の趣味。この前発表されたSFの感想でも聞こう。
「あの」
「あのさ、俺」
すると、小松君が一歩踏み出した。同じことを思いついたのかな。私は大げさな身振りで、どうぞどうぞと先を譲る。少し期待しながら。クーロン君は現実では、どんな本を勧めてくれるのだろうか?
「星埜のことが、好きだ」
それでもう、ダメだった。
頭の中で、なにかが弾けたみたいになって。
私の思考は、完全に機能を停止した。
え。
え?
いつの間にか、手で口元を覆っていた。理由は分からない。手が微かに震えている。そこに、熱いものが触れた。涙だった。涙が溢れ出していた。
その理由も分からない。
まったく分からない。
私、なんで泣いてるの?
何も分からない。
滲んだ視界に、困ったような顔の小松君。違う。ダメだ。彼を困らせたいわけじゃないのに。
たった一言の破壊力は、それは凄まじいものだった。
「ちょっとだけ、お邪魔してもいいかしら?」
その時、救いの手が差し伸べられた。
聞き慣れた声に、身体のこわばりが解けた。
「筒井さん」
彼女は、早足に教卓までやってきた。優しく、肩に手を添えられた途端、膝の力が抜けそうになった。筒井さんにすがりつくようにして、こらえる。
私は、涙を拭った。
「……どうしてここに?」
「それは、また今度説明させて」
筒井さんは少しだけ辛そうに言った。一階から上がってきたにしては、汗の一つもかいていない。私なんて息が上がっちゃっていたのに。パワフルな人だ。
「で、京二は、ついに言ったのね」
「ああ」
ぶっきらぼうに小松君が答えた。ということは、彼女は小松君の気持ちを知っていたんだろうか。二人は付き合っているわけじゃ無かったんだ。
私は、改めて小松君を見る。彼がクーロン君だった。SFの楽しさを思い出させてくれた人。仲良くなるきっかけをくれた人。そして……。
うわあ、ダメだ。意識してしまうと、もう無理。顔も見られなくなる。数日前まで平気で話をしていた人が、憧れの人だったなんて。1年間同じクラスだったのに気付かなかった。
「じゃあ、私は帰るから――」
この場から離れようとした筒井さんの袖を、慌てて掴む。また小松君と二人きりにされたら、どうなるか分からない。
「弥生、いてやれよ」
「はあ? あんた何言って」
「困ってるみたいだし。星埜」
小松君は寂しそうに言った。でも、私を見る目は優しくて。
私は、酷いことをしていたかもしれない。確かに、告白した相手に泣かれたらショックだろう。まだ、自分が告白されたなんて信じられないけど。
でも。この涙は、そういう意味じゃない。
「違うの、小松君。私、嫌なんかじゃないから」
だって、男の子に好きなんて言ってもらえたのは初めてで。それだけでもなのに、相手は密かに想っていた人だった。私をどん底から救ってくれた人。それは、思ったよりもずっと近くにいた人で。
だから、気持ちの整理なんかつくわけないのだ。すらすらと言葉が出てくるわけもない。そんな自分が情けなくもあるけれど。
今、伝えられることだけは、伝えておこう。
「嬉しいよ」
クーロン君が、小松君でも。




