小松京二
にしても今日は、筒井さんと小松君に助けてもらってばかりだ。持つべきものは友達だね。
「あの苺が友達の良さを認めるようになるなんてね……。僕は嬉しいよ」
「もう、大げさだよ」
いつの間にかお新ちゃんも戻ってきていた。
4階まで上がると、さすがに息が切れた。降ったり昇ったり、忙しいことだ。
廊下には誰もいない。静かな空間に、私の呼吸音だけが響く。ゆっくり歩きながら、息を整える。だけど、講義室の目の前まで来ても、はやる心は治まるどころか、ますます昂ぶりを訴えてくるのだった。
もしかしたら、今日、クーロン君の正体が分かるかもしれない。
鍵を射し込み、ゆっくりと回した。扉を開け、教卓に向かう。そこに私の目的である、座席表があるはずだ。
物理の先生は、教卓の座席表を見て私たちを指名していた。この教室が部活で使われていないとしたら、考えられるのは、他の授業で使われているという線だ。おそらく、物理と同じような移動教室。
時間ごとに座席表があると考えたのだ。そして、他の時間に私と同じ、窓際の最後列に座っている生徒が、クーロン君だろう。
「いつもの机は確認しないの?」
「あ、あとでするから!」
今日は水曜日だからもう書かれているかもしれないけれど、後でもいいだろう。踏み込んだメッセージを書いた後だったから、返事を確認するのが怖いのだ。
教卓には、思った通り座席表があった。クリアファイルに、2枚挟まっている。どちらもうちの学年で、一つは例の物理の授業だ。窓際の一番後ろの席に、私の名前が記されている。
さて、問題はもう一枚。英語表現のクラスらしい。
ここに、クーロン君の名前が記されている。
私は、文字が正しい向きになるように、教卓に座席表を置いた。そして先生がするように教室を俯瞰してみる。だけど、
「……だめだ」
当てが外れた。私が座っている席には、誰も該当していなかった。というのも、窓際の縦一列には誰も割り当てられていなかったのだ。物理のクラスではほとんど全席が埋まるけど、英表では机が余るらしい。
この移動教室が始まったのは3学期からだ。寒い窓際を避ける配慮なのかもしれない。しかしそんなことはもうどうでもいい。結局、誰があの席に座っているかを絞る試みは、暗礁に乗り上げてしまったのだから。
ため息をついて、何気なく座席表を見てみると、私の眼は吸い寄せられるように、一人の生徒の名前をとらえた。座席表なので、名字だけしか書かれていない。
『小松』
その生徒は廊下側、入り口に一番近い席を割り当てられていた。
もしかして……あの小松君? 小松、京二君。
『京二から聞いたんだけど――』
うん、やっぱりそうだ。生徒会室での、さっきの筒井さんの発言。
思えば職員室でも。小松君は難なく鍵をもらえた。忘れ物をした、と言い訳をしたらしいけど、何のことはない。小松君も本当にこの教室を使っていたのだ。
「あ」
「どうしたの?」
今、気付いた。鍵をもらってきてしまったけど、返す時はどうしよう。もう小松君はいないし、自分で返す必要がある。行きと帰りで人が変わっているなんて、変じゃないだろうか。そもそも、今度は一人で返さなきゃならないのだ。
「やっちゃった」
「別にいいじゃん、それくらい」
「言うのは簡単よね」
「なら、彼に着いてきてもらったらよかったのに」
「無理だよ」
どう事情を説明するのだ。
「そうだ! 君が小松君の物真似をして返しに行けば――」
「アホなこと言わないで」
さも名案だというように言い出すから、一瞬期待したじゃない。
ん?
そこで、何かに気付きそうになった。入れ替わり。逆。
何が逆なのか?
「わかった!」
左右が逆なんだ!
座席表に書かれた教卓を見落としていた。ちゃんと位置を合わすために、紙を180度ひっくり返す。文字の向きが反対になるのは、書いた人が間違えたからだろう。
今度は、窓際の一列がちゃんと埋まった。空いていたのは廊下側だったのだ。そして、ちょうど対角線上の位置にあった席が、私の席と重なる。
まさか、そんな。
「苺、誰か来たよ」
「え」
足音に気付いた。徐々に近付いてきて、やがて入り口に現れた。
先ほどの小さな悩みは解決した。どう鍵を返しに行くか。やはり着いてきてもらうのがいいだろう。
そこにいたのは、窓際一番後ろの座席の人物。私が凝視していた名字の人。
『小松』
小松京二、その人だった。




