初日の試験は日本史でした
「じゃあ入って」
「え、いいの」
「いいよ、よく生徒の相談とかも受けてるし」
中はイメージ通り(?)、雑然としていた。壁際の古いパソコン。うずたかく積まれた書類の山。スリッパが大量に入ったダンボール箱。傘立てに差し込まれた古めかしい学校旗。壁に貼られた雑多なステッカー。
「うわあ、本物の生徒会室だ」
「面白い反応するね」
筒井さんはからからと笑った。
「うちの高校さ、やたらと部活や同好会が多いんだ。活動場所をまとめたプリントが、ここら辺にあったと思うんだけど……一緒に探してくれる?」
「うん、もちろん」
私が言い出したことだ。当然よ。
すると長机の上に、どさっと書類の束が積み上げられた。……け、結構な量ですね。
「それはこっち。この箱にまとめて」
「はい!」
「あ、それはファイルに入れたままで良いよ。そこ足下気をつけてね、滑りやすいから」
「はいー!」
しばらくして、気付いてしまった。
「私、ちょうどいい労働力になってる?」
「はは、ばれたか」
「ちょっと」
「ごめんって」
こうやって気を許し、ふざけあえるのも、だんだんと当たり前のことになっていた。
「それに、ここなら人の目を気にせずに済むよ」
さらりと、筒井さんは言った。
「京二から聞いたんだけど、第4講義室ってうちのクラスも何人か、移動教室で使ってるとこだよね。確か、星埜さんも」
ここに移動したのも、仕事をするためだけじゃなかった。彼女には、ちゃんと考えが合ったんだ。私とその教室の関係も見抜いていたみたいだ。どうしよう。言うべきかどうか。
「……机の中に、誰かの筆箱が忘れてあって、それで」
「いいよ、別に。言わなくても」
一瞬の逡巡を、筒井さんは見逃さなかったみたいだ。嘘だと看破されている。私はうなだれるしかなかった。
「無理に聞くつもりはないのよ。でも、いつか教えてくれたら嬉しいな」
「ありがとう」
どうして私にここまでしてくれるのだろう。優しさに感謝すると同時に、微かな疑問も湧いてくるのだった。
結局、どの部活や同好会も、あの教室を使っていないことが判明した。
「一応、鍵で管理しているから勝手に入ることも出来ないはずだけどねえ」
「分かった。ありがとう」
それでは、次はもう一つの可能性だ。
残って仕事をやってしまうと言った筒井さんと別れ、私は職員室へ向かった。第2案を確かめるには、まずあの教室の鍵を借りなければならない。
「……ダメだ」
即座に頓挫した。試験期間であることを失念していた。ドアには、『試験期間中につき、生徒の立ち入り禁止』の張り紙がしてあったのだ。
当然だ。職員室の中には明日以降のテスト問題もあるだろうから。
「どうして? 声をかけるくらいいいじゃん」
「でも……」
お新ちゃんは簡単に言うけどね、私にとってはハードルが高いのよ。知らない先生も大勢いて、普段から職員室は入りづらいのに。入り口にこんな張り紙までしてあったら、ドアを開けるのも躊躇ってしまう。
「本当に苺の人見知りは筋金入りだねえ」
「うるさいよ」
「ここにいたのか」
ひゃっ。まただ。人前で声を出していた。
職員室の前で不審な挙動をしていたから、私は先生に怒られたと思った。だけど、振り返ってみれば、そこには学ランの男子。それも見知った顔だった。
「小松君」
小松京二君。最近話せるようになった、数少ない男子だ。少しホッとした。
「えっと、第4講義室の鍵が取りたいんだけど、これ」
ドアを指差す。小松君は張り紙を一瞥し、「ああ」と納得したように頷いた。そして、優しく微笑んだ。
「分かった。取ってくるよ」
「え?」
彼はさっさとドアを開けると、「失礼します」と中に消えた。え、え。いいのかな。
すぐに、小松君は戻ってきた。ほんのり誇らしげに、鍵を掲げている。
「ほら」
「ありがとう……なんて説明したの?」
「忘れ物したって言ったら、すぐ貸してくれたよ。
星埜はどうして入りたいんだ」
「えっと、忘れ物したから」
「はは、ごめんな。余計な詮索だった」
今日は嘘をついてばかりだ。申し訳ない。
その時、私はあることに気づいた。
「小松君、私に用事あった?」
「え」
さっきの小松君の言葉は、少し変だった。「ここにいたのか」と。私を探していたかのような言い方だった。
首を傾げていると、
「いや、なんでもない。先に行ってこいよ」
「なにそれ」
拍子抜けしてしまった。しかも、彼はなぜか不自然に顔が赤い。なるほど、やっぱり小松君も職員室に入るのは緊張したんだね。
「ありがと。助かった。じゃあ」
「おう、またな」
私は小松君に片手を振って、職員室を後にした。
敵は第4講義室にあり! そこに答えはあるのだ。
たぶん。




