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机上の時空論  作者: 御法 度
10/24

レールの先

 

「今日はいつにも増してルンルンだね」

「まあね」

 21日、金曜日。私は久しぶりに、早めに昼食を切り上げ一人で第4講義室に来ていた。今日は筒井さんは「仕事」があるらしく、お昼は別々だったのだ。小松君も別の男子に誘われて食堂へ行くようだったし。

 部活の用事だったのかな。思えば、私は彼女たちが何部に所属しているのかを知らない。急に仲良くなったものだから、そういった基本的なパーソナルデータは交換できていなかった。今度聞いてみよう。

 さて、そういったことがあっても、私は落ち込んだりはしなかった。まあ寂しくないと言えば強がりになるけど、むしろお新ちゃんの指摘通り、私はワクワクすらしていた。

 クーロン君は、チョコを喜んでくれただろうか? 気恥ずかしい気持ち以上に、やはり彼の返事が楽しみだったのだ。

 私ははやる気持ちを抑え、いつもの窓際の一番後ろの席に向かった。

 どんな言葉を返してくれるのだろう。

 でもやっぱり、ちょっとキザだったかな。

 うーん、格好付けた言葉を書くのはクーロン君もだし、お互い様かな……。 

 ジグザグに机の間を進み、最短距離で、目的の位置を目指す。身体の向きを変えるたびに、私の気持ちは揺れ動いた。

 だけど。

「……あれ?」

 一目見て、異常に気が付いた。

『    』

『        』

『            』

『                    』

『      』

『     』

『         』

『      』

『       』

『            』

『               』

『        』

『     』

『           』


 ()()()()()()()()()()() 今までの1ヶ月以上のやり取りが、全て無くなっていた。好きな本の名前も、台詞も、クーロン君の言葉も。全ての始まりだった、私の『死にたい』という文字も……。

「うそ。こんなのって」

 念のため、周りの机も確認してみた。だけど、落書きのある机は、どこにもなかった。それに、目の前の机の僅かな汚れや傷は、毎週私が見慣れているものに他ならない。

 事実は変わらなかった。文字は消えていた。いや。

「あちゃあ、これはやられたね。大掃除があったから」

 そうか。消されたんだ。お新ちゃんに指摘され、私の思考が加速する。大掃除。ひどく埃っぽい物置のようなこの講義室も、学期に一度くらいは掃除されているのだろう。どこかのクラスが担当していたのだ。

 私は勘違いをしていたのかもしれない。いつまでも、楽しい時間が続くと。

 そんなわけない。考えてみれば、もう授業も終わりなのだ。来週からは学期末試験が始まる。今日が、この教室を使う、最後の日だった。

 そのチャンスが無くなってしまった。知りたかった。どんな反応を示すか。聞きたかった。絵とはいえ、心を込めて描いたチョコの、感想を。

 へなへなと、倒れ込むようにして席に着く。よく見れば、うっすらと黒い汚れが残っていた。滲んだ鉛筆の跡だ。当然、文字と判別できるようなものではない。

「濡れた雑巾で、適当に拭いて回ったんだろうね。そうなると内容は見られていなかった、ってことだから、まだ良かったじゃないか――」

「良くない!」

 思わず叫んでいた。

「どこが『良かった』なの!? だって、こんなの」

 いずれはこうなる運命だった。あくまでも学校のものだから。そもそも、机に落書きをするのは褒められた行為ではなかったのだ。私が文句を言うのはおかしいかもしれない。だけど、私は喪失感を覚えずにはいられなかった。

 こんな、ひどい。残渣を掬うように机を撫でても、指先が黒く汚れただけだった。

 クーロン君とのやり取り全てをも、けがされたような。けなされたような気がして。

 全て、なくなった。

「苺。落ち着こう?

 そんなことはないよ。なくなったりしないよ。苺の言葉も、彼の言葉も」

「……うん」

 他人がいない場所だからとはいえ、いささか冷静さを欠いていた。あまりにも子供っぽかったかもしれない。

(ごめん。言い過ぎた)

 それだけで、お新ちゃんは許してくれた。その優しさが、時に憎らしくなる。私は深層心理で、自分に甘いらしい。

「ほら。新しい言葉を書けばいいよ。その気になればいつだって見に来れる。クーロン君も同じだ。きっと、また伝わる」

 私はふらふらと立ち上がった。廊下に行って雑巾を濡らし、綺麗に机を拭いた。指先がかじかんだけれど、構わない。丁寧に、炭の汚れを拭った。

 手を動かしながら、私は頭の中で文章を練っていた。伝えるべきことは決まっている。あとはどんな言葉に乗せるか。

 それは、おすすめの本から名言を探し出す過程に、似ているような気がした。

 机が乾ききった頃には、もう文章は固まっていた。落書きはいけないことかもしれないけど……使わせてください。あと少しだけですから。

 私は、机の左端。ちょうど、最初に言葉を書いたところに、文字を綴った。

 あの時は自らに絶望していた。今は違う。私は踏み出そうとしている。

 恐れる気持ちはある。不安だ。でも。

 たとえレールが無くなっても。今は、その先を信じることができそうなんだ。

 鼓動は早鐘を打ち、私の心を揺らし続けた。

『知りたい 君のこと』






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