プロローグ
6年前、たった一人の兄のお葬式を終えて自室に戻った私を、兄が出迎えた。
「やあ苺、おかえり」
「……お兄ちゃん?」
正確には、兄の声を聞いた。驚きのあまり、荷物を取り落としてしまった。嘘だ。こんなことが。あるわけがない。
だけど、確かに聞こえた。自分の部屋に入った途端。小さい頃から聞きなれた兄の声。死んだはずの兄の声。ついさっきまでお経をあげられ、追悼を受けていた、兄の。
辺りを見渡したけど、室内には誰もいなかった。気のせいだったのかな。部屋の空気が急に冷たく感じられた。3月とはいえ、まだ肌寒い日だった。
私はしょんぼりとうなだれながら、エアコンのスイッチを入れ、静かにドアを閉めた。
「ここだよ、ここ」
すると、また。今度ははっきり音源も分かった。兄の声は、自分の胸の中で響いていたのだ。
「お兄ちゃん!」
「苺。たくさん泣いたね。でも、もういいんだよ」
優しい兄の声が、私の心をそっと抱いて暖めていく。
「でも、私が、私のせいで……」
「苺は悪くない。あれはフカコウリョクだったんだよ」
兄は、小学生の私にも、構わず難しい言葉を使う。それは普段通りの兄だった。
「お兄ちゃんはまだ生きているの?」
「いいや。死んだよ。もう小説も書けない」
またうなだれた私だったけれど、あくまで兄は優しい言葉をかけてくれた。
「大丈夫。これからは苺が書けばいいんだ」
「私が?」
「そう。僕の代わりに、君が物語を書くんだ。よく、僕に話してくれたお話。物語。それらを文字に起こすんだ。形にするんだ。苺は才能がある」
「お話、書いていいの?」
「いいさ! 苺なら書ける。僕にも負けない、素敵なお話を。SFを」
兄が破顔したのが分かった。
私は、感情が高ぶっていくのを感じた。私がお話を書く! 兄のような、ワクワクする物語を! それはなんて素敵なことなんだろう。
涙はすっかり乾いていた。これが、今から6年前。2014年3月初旬の出来事。
以来、兄を騙る存在は、私の心に居座り続けている。