第九話 ドラゴンとの闘い
僕はブリスが言った、ドラゴンが僕でも倒せるということを信じていた。
これまでヒーローになったことはない。体育祭のリレーだってみんなに迷惑をかけてきた。だから、勇者になれることにわくわくしていた。出来るなら今ドラゴンと戦ってみたいぐらいだった。
「フート、ドラゴンと戦おうなんて思ってないわよね」
「でもさっき弱っちいって」
「ドラゴンと戦おうなんて以ての外だ。君らみたいな若い者は早く村から逃げた方がいい」
ダンクス老人が僕らを制した。
ブリスは小声で僕に言った。
「もし勝ってしまったら一躍有名よ」
「有名でいいじゃない。勇者だもの」
「人間だものみたいに言わない。一匹倒してももう一匹のドラゴンが現れたら、きっと借り出されるのよ」
「しょうがないよ。倒せる力があるんだから」
「それに付き合うのは私なんだから!」
「ブリスはわざわざ来なくていいよ。一人でなんとかなるだろうし。ただ、情報提供はよろしく」
「異世界に行った人には付いていかなきゃいけないのよ」
その時東の山から雷のような生き物の鳴き声がした。
「あれはドラゴンの鳴き声だ」
「思ったより響く」
僕は少し恐ろしくなった。
「そうよ、ドラゴンを甘くみちゃいけないわ」
「もしかしたら六角牛を狙って火山から出てくるかもしれん。牛を地下室に隠すのを手伝ってくれんか」
僕は残ったミルクを一気飲みしてブリスと一緒にダンクス老人と牛小屋に向かった。
額にユニコーンのように角が生えている乳牛の鼻輪をダンクス老人が引き、そのお尻を僕とブリスが押す。
ようやく四頭すべての六角牛を石壁で出来た地下室に押し込んだ。
そして、ダンクス老人は地下室に僕とブリスを押し込んだ。
「おまえらもここに隠れておけ。あの鳴き声がしたら必ずファイアードラゴンが火山から腹を空かして出てくる」
「ブリス、あの声思ったより強そうじゃないか」
僕は若干足元を振るわせてしまった。
「見た目はもっと怖いわよ。5メートルぐらいある羽根の付いた真っ赤なドラゴンよ」
「食われるのか?」
「ひとまずここに隠れていましょう」
遅かった。
赤いドラゴンは地下室の外まで来ていた。
地下室の扉の小窓から僕らを覗くファイアードラゴンと目が合ってしまった。
地下室の扉は鉄で出来ており160センチぐらいの目線の高さに幅50センチほどの小窓と鉄格子が付いていた。そこからドラゴンの眼球が覗いている。
目が合うと言っても向こうの黒目は小窓ほどの大きさである。そこに僕とブリスとダンクス老人が映っていた。
僕は思った以上の迫力に腰を抜かした。本物のドラゴンを見たのは初めてだった。
身体は赤い鱗で覆われていて羽根が生えていた。その口は僕達3人を一気に飲み込めそうなほど大きかった。
ダンクス老人が怯えながら言う。
「いいか、ドラゴンが諦めるまでここから出るな。この地下室は安全だ。おまえら若いものは死なせやしない!」
ダンクス老人が短剣を抜いた。
ブリスもドラゴンの迫力に圧倒されていたが、「本当に弱っちいのかしら。ちょっと貸してくださる」と、ダンクス老人の探検を借りた。
ドラゴンは左目で僕らを小窓から覗いている。
「ちょっと、フート。これでドラゴンの目を刺してみなさいよ」
ブリスが探検を渡した。
僕は短剣を手にした。
その時だった。小窓に向けてドラゴンが火を吐いた。
炎が小窓を通して僕とブリスを覆う。
「うわっ」
僕は腕で炎から顔を守った。
「あれ?」
制服が燃えていない。
炎というより暖房機のような身体に優しい暖かさだった
見た目は確かに恐ろしいドラゴンだが、ブリスが言うように弱すぎるドラゴンかもしれない。
ブリスの指示通りに短剣でドラゴンの目を刺した。
「えいっ!」
腕が眼球の奥に埋もれていく。ズブズブとドラゴンの眼球に肘まで入っていった。
僕は緑のドラゴンの血を浴びた。
ドラゴンは大きく低いわめき声で地下室から遠ざかった。
弱い。弱すぎる。
これなら短剣で殺せるかもしれない。
「闘いなさい!」
ブリスが地下室を開けて僕を外に出してドラゴンと対峙させた。
5メートルもある爬虫類だ。その体はかなりの迫力だった。
しかし、テーマパークのおもちゃだと思えば怖さも少しは安らいだ。
気が緩んだせいでファイアードラゴンのその巨大な口で僕は胴体を噛まれてしまった。
しかし、これも弱い。
犬の尼噛み程度である。
ドラゴンの歯が折れた。
自力で口から抜け出してダンクス老人の短剣で心臓を一刺しした。
「たあぁ!」
短剣はいらなかったかもしれない。ズブズブ音を立てながら腕が心臓まで達したのがわかる。
胸から飛び散る大量の緑の血しぶき。
僕の制服は緑色の液で引くほどびちゃびちゃに汚れた。
ドラゴンは最後の力を振り絞って炎を吐く。
しかし、その炎も途切れてしまった。