第六話 どの世界に行くか
「うっ…うう………」
自分の死なのに涙が出てきた。ゲームだけではなく家族ともっと過ごしたいと今さら思った。それと同時に包丁を持ったあの男を激しく憎んだ。
「あの包丁を持った男はなんていう名前?」
「知らない方がいいわよ。知ったらあなた、この世であの男に一生付きまとうことになる」
「でもあの男がいなければ!」
「それはそうだけど、あなたが三重に運が悪かったのよ」
「包丁男がいたからだ」
「普段行かない学校に行った、運動神経が極端に悪いのに二階から落ちた、しかも首から落ちた。あの男は殺人を犯すつもりはなかったから、このどれか一個でも当てはまらなかったら誰も死ぬことはなかったの」
確かにブリスの言う通りかもしれない。
死んでも初対面の天使に説教をされるなんて。
「あなたがものすごく運が悪かった。神様も意図していなかったのかしら。普通は守護霊が守ってくれるんだけどねえ、普段あなたが寝てる時間だから見てなかったのか」
僕は涙を拭いながら聞いた。
「人の死を軽く話すんだね」
「さんざん見て来てるしね。でもあんた、この世で死んだだけよ」
「どういうこと?」
「あなた、ここで生きてるじゃない?生きているといえば生きてるの。そして今、私はそれで悩んでいる。どうしようかって感じよね。神様も死なすつもりじゃなかったしね。まあ、たまにそういう人はいるんだけど、私がそういうのを担当するのは初めてなの」
「何に困ってるの?」
「処理よ。普通は死んだら2パターン。天国か地獄。それは私が決めていいんだけど、たまに浮幽霊ってのもいる。でもあなたはリストにも載ってないし、その若さで天国に行くほどのいいこともしてないし、地獄に行くほどの悪いこともしてない」
僕は、「はい」と手を挙げる。
「この間電車でお年寄りに席を譲りました」
「それぐらいで天国行けたら殺人犯だって天国行ってるわよ」
「普通、このパターンだと異世界でもう一回死んだ歳から生活して天寿を全うするのよね」
「異世界って、流行りの?」
「他の星では流行ってないわよ」
「どうして?」
「そりゃそうでしょ。特に流行っているのは日本だけだし」
「でも実際に存在するんだ?」
夢の世界にいるようだった。僕は決意する。
「異世界行くよ。出来れば美少女と」
「異世界に行くのは、担当の私と一緒ってことになるのよ?」
「ブリスさんと?チェンジで」
「風俗も行ったことないくせに」
ブリスが笑った。「異世界に行く時は使いの者が付いていくことになってるの。私だってせっかく就いた霊界の審判員を放棄して行きたくもないわよ」
ブリスがファイルを出現させてめくる。
何か文章が書かれているようだ。
「あなたが行ける異世界の候補が2つ決まったわ。一つはドラゴンが最近初めて訪れた星ガーディア。勇者は一人もいないみたい。勇者になっても勇者仲間がいないから、ここでもぼっちね。ドラゴンは5m近くもあるわ。その星はドラゴンが二匹だけみたいだけど、一匹は火を吐くみたいなの。助けてくれる人はいないわ。ぜんぶ私と二人だけ」
最悪ドラゴンが怖ければ逃げればいいと思った。
ブリスがもう一つの選択肢を発表した。
「もう一つの選択肢は、私以外はスライムだけの国。あなたはスライムとして生きることになるわ。同じスライムの友達が出来るだろうけど、私がこき使うことになるわね。ねえ、どっちも楽しくなさそうでしょう?最後に神様に頼んでみようか」
「何を?」
「普通に記憶を消して生まれ変わるという選択肢を」
ブリスが目を閉じて天と交信を始めた矢先だった。
「だめみたい。この二つのうちの一つだって」
「神様の回答、早っ!」
僕は、ブリスの話を聞いて一瞬考えた。
スライムの世界も悪くはないと思った。だが、僕は生まれてからゲーム以外で人の役に立ったことがない。スライムは不自由すぎる。今回の死だって誰の役にも立っていない。ドラゴンのいる異世界で闘おう。
「僕は異世界でドラゴンを倒して勇者となる!」
ブリスが宙に浮きながら驚く。
「え?ドラゴンのいる世界に行くの?私行きたくないんですけど。このヒキニートと異世界に行くの嫌なんですけど。神様は特例を認めないなんて、何の罰ゲームよ」
ブリスは呆れながら言った。
すると校舎の壁にトンネルが出現した。
「ここを通ってその異世界に行くのよ」
ブリスが僕を案内してトンネルに足を踏み入れたのが、この異世界での物語の始まりだ。