第五話 振り返り
そうだ。昨夜は珍しく零時でゲームを切り上げたお陰で今日は2限目から登校することができた。
教室の後ろのドアからそろりと教室に入った時、クラスがざわついていた。女性の国語の教師とクラスメイト全員が怯えた顔で教室の後ろに固まって立っていた。
「声を出すと刺すぞ」
教壇では包丁を持った男が篠崎さんを人質に教壇に立っている。
遅れて入って来た僕は、その男と目が合ってしまった。
「包丁を持った男が篠崎さんを捕らえていたわよね。その時あなた、どうしたか覚えてる?」
「僕は迷ったんだった。逃げるか立ち向かうか」
僕は、昨夜ラスボスを倒したばかりで、ゲームでしか持たない正義感が残っていた。
敵とみなした包丁男に「うわあああ」とこれまでの人生で一番の大声で僕は向かっていった。
鞄で殴ろうとするが、包丁の男は避けて僕を刺そうとする。
包丁を僕は交わした。
背を向けたら刺されてしまう。
僕は男が振り回りまわす包丁を鞄で避けると、二階の廊下の窓から下の花壇に落ちてしまった。
ブリスが言う。
「果敢にも立ち向かったのよね」
思い出している時、休み時間の終了のチャイムが鳴った。
「ここは警察の人に任せて授業に戻れ」
体育の森谷が言うと、花壇の周りにいた生徒はそれぞれのクラスへ戻って行った。
ブリスが不思議がって言う。
「2階から落ちて死ぬって神様っていないなじゃないかと思っちゃった。しかもふかふかの花壇よ。そこに首から落ちるってどんだけの運動神経の悪さ。だから私の死亡予定者リストには載ってなかったんだけど、私が見落としたのかしら。花壇に落ちて死ぬって項目なんて書いてなかったわよね」
「僕は2階から落ちたってこと」
「そうだって言ってるでしょ。しかも死んだの。首から落ちたのがいけなかったの。足なら軽い骨折よ」
「警官が言ってた、死因は頸椎の骨折だって?」
「そう。首も折れたけどチューリップも折れちゃって。可哀そうね。巻き沿いくらって」
「死んでからどれぐらい経った?お父さんとお母さんは?」
「お母さんはもう病院。お父さんは今会社から向かってる。あなた、三十分前に心肺停止が確認されたから、もう死んでるのよ。もっとも落ちた瞬間に即死だけどね」
「えっ・・・お母さん・・・」
「泣いても今さら遅いわよ」
「包丁野郎、許せない。あいつはどうなったの?」
「あの人は抵抗せずに警察が来たらすぐに逮捕されたわ。あの人ねえ、もともと誰も殺すつもりなかったの」
ブリスの言葉に驚いた。ではなんだったんだ、あの血走った目は。
「包丁を持って高校に侵入したら刑務所に入れると思ってやっただけ。元々ひどい鬱病だったんだけどね、この社会とか一人きりの生活が嫌だったの。まだ刑務所の方がましだと思ったのよ。それでおかしな行動に出た」
「それであっさり捕まったの?」
「そうよ。あなたが落ちて慌ててたわよ。ただ、包丁を振り回すだけのつもりだったみたいだし。そしたら、何もしていないのにあなたがうっかり窓を飛び越えて死んじゃったし、いい迷惑よ」
「なんで死んだ方の僕が責められるの?」
「学校に来るからよ」
「学校に来て怒られたの初めてだよ」
「来なければ死ぬことなかったのよ。それにあの男はあなたのせいで殺人犯になるんだから。でも刑務所に長く入れるから望んだ通りで良かったのかもね」
僕は現実を理解していくと怖いような不安に襲われた。
「僕の家族に会わせて」
「お父さんが今病院に到着したみたい。死んだあなたと対面して二人とも泣いているわよ。お母さんは、ゲームしかしてなかったあなたでも愛していたのよ」
「僕には見えないよ」
「そりゃそうよ。死んだばかりだもん。私みたいに徳を積まないと空を飛んだり、遠くが見えたりする能力が身に付かないの」
「お父さんとお母さんは今何してる?」
「死んだあなたを囲んで泣いているわよ。お母さん、叱ってばかりでごめんねって謝ってるわよ。ランドセル背負った小学生の弟も来たわ。『お兄ちゃん!』だって」
「来人…」
「弟はライトっていうんだ?フウトとライト。わりとドキュンな名前の兄弟ね。来人くんもお兄ちゃんとゲームが出来なくなること悲しんでるわ」