第四話 ブリスという天使
後ろを振り向いても誰もその場から逃げようとする僕を見る者はいなかった。
人混みを通り抜けるように小柄で小太りの女性が宙に浮きながら追ってきた。
ローブをまとったその姿は、RPGや異世界もののアニメに出てくる女神のようでもあったが、正直美しくはなかった。
「あれ?肩がぶつからない」と僕は呟いた。
「そりゃそうよ。あんた死んでるんだもん」
その子は、小さくてぽっちゃりとした体型だった。
身長が150センチぐらいで、ぽっちゃり好きには「ありっちゃあ、あり」な容姿だろう。痩せれば確実に可愛いタイプ。でもやっぱりぽっちゃり。
サイズはLであろうクリーム色のタイトスカートにダークブルーのノースリーブ、ジャケットにワインレッドのローブを着ている彼女は、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだスタイルであれば、完璧な女神キャラの衣装だ。でもやっぱりぽっちゃり。彼女が着る衣装は、これからM-1の準決勝に出そうな格好だった。
ちょっと待て。
容姿の感想の前に彼女は、「あんた死んでるんだもん」と言わなかったか?
花壇の周りいる生徒達は、ハロウィンでもないのに派手な衣装の彼女を誰も見ようとしない。
それになぜ学校にコスプレイヤーが?
「あんた、制服でもないこんな派手な格好の女がなぜ学校にいるのかと思ったでしょ?」
図星だ。
「私はブリス」
「名前も美少女キャラじゃない・・・」
「神様が付けたのがブリスだったんだからしょうがないじゃない。これでも霊界の使者よ」
何を馬鹿なことを言い出しているんだ、この人は。
「普段は死んだ人を天国やら地獄やらに導く審判の仕事をしているんだけど、あなたは特別なのよ。今日の死者のリストにないの。だからどうしようかと」
たまに学校に行ったら、おかしなことに巻き込まれてしまったようだ。
「なんだ、このどっきりは。このお笑いタレントのような女性は誰だ」
「そうね。天使が美少女じゃないしって、おい」
「何のグランプリですか?」
「神谷風人くん、これはどっきり大賞でもM-1でもないから」
「僕のフルネームまで知ってる。誰の依頼?」
「まだ、これどっきりだと思ってるでしょう?」
ブリスの手元に手品のようにデータファイルが現れる。
「神谷風人、高校2年生。学校へ週2回行けばいい方で基本引きこもり。学校の友達はゲームでつながっている大迫くんのみ。好きなゲームは、アーク・ザ・ブラック・オンライン。ハンドルネームは、フート。今使っている武器はメタルソード。最近白魔法を習得。一日に18時間はゲームに費やす」
「それ個人情報じゃないか」
「個人情報とは言わないわ。ただの素性よ。もっとあるわよ。小学5年生の時に初めて義理チョコをくれた篠崎由佳さんへの片思いを引きずって同じ高校に入った。高校2年で同じクラスになったけど、今学期に入って一度も喋っていない。好きなお母さんの食べ物はオムレツ。逆に嫌いなものはチンジャオロースー。ピーマンが苦手」
「ちょっと!そういう話はここでしないで欲しい!」
「大丈夫よ。みんなには聞こえてないから」
「何者なの?」
「だから天からの使いの者だって言ってるでしょう。あなたは死んだのよ」
「こんな異世界ものの設定、ある?使いが美少女じゃなくて小デブって?」
「今小デブって言ったわね。私は霊界の審判よ。あなたを地獄に落とすこともできるんだから」
「でも死んでないよ。ほら、生きてる。遅刻してクラスに入ったら包丁を持った不審者がいたけど。傷もないし」