電磁嵐を呼ぶ街
それに慣れてしまったからこそ,砂漠の中で蠢く異物に気が付くことができたのだろう.機道上に純白の陽炎が青と黒の砂嵐に紛れて,ちらつく.
「なんだろう,あれ」
目を細めると,白い服(白衣だろうか?)を着たアンドロイドが地面の上で蹲っているのが分かった.
周囲のアンドロイド達は意にも介さない様子で,そのアンドロイドがいる場所だけぽっかりと空けたまま通り過ぎていく.
誰も関わろうとしない.それは当然のことで,アンドロイド同士が『心配』するようなシステムがないからだ.また赤の他人である僕が,心配する必要もない.
今頃,あのアンドロイドは自身の勤めている会社,あるいは製造元に自身の不調を訴え掛けているだろう.時間はかかるが,回収係がやってくるはずだった.
だから,僕はすぐにそのアンドロイドのことを意識の外に追いやり,仕込みの手伝いへ行った.
IHで湯を沸かし,野菜を包丁で切り始める.これらは黙々とスープと格闘している店長の邪魔にならないように,無言で行う.タンッタンッという小気味良い音だけがキッチンに鳴り響いている.僕はこの時間が好きだ.
しかし,その時間も長くは続かない.これから,もう一人バイトがやってくるのだ.僕がキッチンを担当するなら,彼女は接客を担当している.厳めしい面の店長と野郎である僕ではこなせない役割がある紅一点である.
朝7時を回った頃,裏口の戸が開く音がした.それから,タタタっという軽い足音が近づいてくる.
表れたのは,栗色のショートカットに,好奇心と喜びに満ちた瞳をもった純朴な顔つきの少女だった.
赤と白のラインが入ったジャージ姿だが,逆にそれが似合う稀有な女性だ.
「おはよーございます!鉄平さん!まっぴんさん!今日も一日よろしくお願いします」
鉄平と呼ばれた店長は,さきほどの険しい表情を瞬く間に破顔させた.
「おはよう,陽子ちゃん.ちょうどよかった.ぜひ味見してほしいんだよ」
「あはは...鉄平さん,また上手くいかないんですか?」
「ちゃんと作ったはずなんだけどねえ」
「分かりましたぁ」
彼女は店の奥の階段へ向かった.その背中に向かって,挨拶を返す.
「おはよう,木ノ下」
「あぁっ!まっぴんさん,今日のニュースは見ました?」
「?いいや,忙しくて」
「今日は午後から電磁嵐みたいです!」
「そうなのか.教えてくれてありがとう」
「...ときどき思うんですけど,まっぴんさん,電磁嵐の中歩いたりしてませんよね?」
「まさか,そんなやついるわけがない.死ぬにしても,もうちょっと楽な方を選ぶな」
「ですよね,ちょっと心配しちゃいました!」
「じゃあ,また」
「はい,それではまたー」
トンっと戸が閉まる音がする.
午後から電磁嵐がくるなら,今日はいつにもまして退屈になりそうだった.
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二度あることは三度ある




