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第1章:1話:目覚めて目覚めて目覚めて

――黒だ。


 コールタールの様にドロドロの黒が自分を塗りつぶしている。

 いや、もう『自分』ではないのかもしれない。


 では、いったい、これは?


 この自分は何なのだろう?

 ドロドロに溶けた物体はぐねぐねと軟体生物の様にもぞもぞと動いている………気がする。

 感覚がないのだから、そんな気がするだけだ。


 ――あぁ、そんなことより、眠い………。


 寝させてくれ。起こさないでくれ。放っておいてくれ。

 

 そう、『自分』は願うが。他の『自分』は好き勝手に動いていく。

 多人数と言う数の暴力に負けて、ずるずると引きずられていく。

 いい加減にしろ、もう良いだろう、十分頑張っただろう。


 『自分』はそう言うが、別の『自分』はお気に召さないらしい。

 言葉は聞こえないが、こちらを怒っている気がする。

 いつまでも、起きそうにない、『自分』を見かねて手を引っ張る。


 やめろ。やめてくれ。


 そんな自分の言葉を聞くと、彼女は淡々と言葉を発した。


「――戻ってきたか」


――と。



※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「――おい、兄ちゃん大丈夫か?」


 突然、視界が鮮やかに染まる。

 突然も突然だ。状況の変化に付いて行けない。

 二度、三度と瞬きを繰り返し、首を横に動かすと、血に塗れた銀色の肉きり包丁が目に映った。

 包丁にはうっすらと肉片の様なものが付いているのを確認して、ビクリと体は反応する。


「うぉわあぁぁぁぁあぁあ!!!

 なんだっ!! なんだなんだっッ!!!」


 驚きのあまり、目の前の厳つい顔をした男から飛び退き、無意識に自分の腰に手を伸ばす。

 手を伸ばした先には、腰のベルトに括り付けられた短剣の柄があった。


 柄を左手で掴むと、それを見た厳つい顔の男は眉をしかめる。


「おいおい、やめとけ、坊主。お前が俺に切りかかってもミンチかひき肉になるのが関の山だ」


 男は鼻を鳴らすと、巨大な肉きり包丁を軽々と肩に担ぎ、

不満げに「まったく、突然倒れた見ず知らずの坊主を介抱してやったってのによ」とぶつぶつ言っている。

 

 心臓はまだドクドクと脈打っている。


 だが、静かに空気を吸い、男の言葉を反復する………。

 そして、確かにその通りだと、ハルトは理解する。

 野球、サッカー、バスケと苦手なスポーツは特にないハルトではあったが、得意なスポーツがないのも確かだった。


 それに男の巨大な包丁と比べて、自分の短剣のなんと心もとない事か。

 百回飛びかかっても、百回かすり傷を付けられず、逆に真っ二つにされるだろう。


 ごくりと唾を飲み込むと、男はハルトを睨みつけ――

 

 ――ふっ、と表情を柔らかくすると笑いながら言葉を吐き出した


「――冗談だ!冗談! まぁ、お前がそのまま寝てたら皮を剥いで店に並べようかと思ってた所だがな」


 男はガッハッハッと豪快に笑うと。

 無遠慮に近づき、ハルトの尻を叩くと手を振りながら店へ戻っていった。


 状況の変化に対応できず呆然と固まりながらその様子を見る。

 ハルトは厳つい顔をした男が戻っていった店の看板を見上げた。

 そこにはミミズがのたくったような線の羅列が描かれており、未知の言語だと頭は認識する。


 ――が、すぐに自分の頭は目に映る文字の羅列を言葉にする。


「………精肉店『デブレヒト』」


 自分自身が無意識に口にした言葉に驚き、口を覆う。


「――なんで、『コレ』が読めるんだ」


 看板に描かれてあったのは、見たこともない不思議な文字列だ。

 ハルト自身、世界の言葉をすべてマスターしているとは言い難いが、それは世界に存在するどんな文字とも違うものだと認識できた。

 そんな文字をなぜ見た途端に読めたのか。


 だが、そんな不可解な現象よりも先に確認しなければいけないことがある。


「――ていうか」


 ゆっくりと後ろを振り返る。


「――――ここはどこだ」


 呆然と立ち尽くす、ハルトの目の前を巨大なドラゴンの様なものが通り過ぎていった。



※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「――どうやら、異世界召喚されたらしい」


 

 身長百七十二センチ。体重五十八キロ。

 趣味『料理』苦手なもの『英語』。

 

 そんな普通すぎる年を十八回繰り返した普通の少年、八神遥斗ヤガミハルト

 自分の頭がおかしくなったのではないか?

 という、被害妄想から立ち直るのに三十分掛けて出した末の結論だった。

 

 ここまでのテンプレ的なセリフを結論付けるのに三十分である。


「と言ってもなぁ………実際、目にすると面食らうぞ………」


 怖い顔をした肉屋から、そそくさと立ち去り今は丁度良さそうな石垣に腰を下ろしている。

 そこから田舎から都会に来たおのぼりさんのように、キョロキョロと辺りを見渡す。


 中世風の建物や、絵本の中から出てきたとしか思えない人々全てが物珍しいが、その中でも特に目を引くのは、ガラガラと音を立てながら道を走り抜ける馬車。

 正確には馬車を引くドラゴンみたいなものだ。


 最初に見た時はその見た目のインパクトに咄嗟に『竜』だ! と思ったものの………。


「………どちらかというと、ドラゴンよりはトカゲ………。

 恐竜で言うとラプトルだっけ? あんな感じに似てるな」


 大きさは三メートルくらい。

 違うのは、二足歩行ではなく四足歩行なのと、鎧を纏う様に鱗の一つ一つが大きい事か。

 あと、凶悪な見た目と比例して妙に人懐っこいような目をしている………気がする。


「長い歴史の末に人と共存するようになったのかもしれないな、街の外にはああいう大きさの獣とかいるのかな………。

 居るよなぁ、きっと」


 馬車を引っ張るドラゴンもどきの目を見ながら、ぶるりっと震える。

 

 あんなものと戦うとか冗談ではない、武器と防具をフル装備した状態で戦って良いと言われても御免だ。

 そんな状況に陥った場合、全力で逃げだすだろう。

 全力で逃げだして、背中からバッサリ爪で惨殺されるまでの未来が鮮明に見える。

 勘弁してもらいたい。


「――というか、こんなにファンタジーしているのだから魔法の一つや二つ、スキルの一つや二つあっても良いと思うのだけど」


 まだ、魔法と言う魔法は見ていないが、おそらく存在するのだろう。

 『魔石』と言う単語が思い当たるような、それっぽいものは街の至る所で見掛けている。


 儚い希望を抱きながら手を目の前にかざし、思いつく限りの呪文を唱えてみても、一向に何かの変化が起きることもなく

 希望はすぐに失望に変わる。


 今日何度吐いたか分からない、ため息を吐き。

 ふて腐れながら、また道を歩く人々たちを観察する。


「――『赤』『青』『緑』『紫』、あと当然のように『金色』、銀色は………居ないか」


 目前に広がるのは目が痛くなるほど、個性豊かな『髪の色』

 現代日本のハイカラな都市でも見慣れないほどの充実ぶり。

 ここまで来ると、逆に違和感を感じないのだから不思議だ。


 稀にぴょこんと獣耳を生やした人も歩いている。


「『黒』も居ないなぁ………というか、自分の髪の色も変わってるのは地味にショックだ」


 眉毛に掛かるぐらいの自分の前髪を指で摘まみ見てみると、見慣れた黒色は立派な茶髪になっていた。

 和の国ニホンの黒髪を愛するハルトにとっては地味なショックである。


 改めて、自分の姿と持ち物を確認してみる。


 ツンツンヘアーの茶髪に、三白眼の目。線の細い体。

 身体的な特徴は髪の色以外は変わっていない。

 

 だが、見た目は変わっていないが服装は変わっていた。

 上着は何かの皮で出来た丈夫な軽装防具、下は青いジーンズの様なものに皮のブーツを履いている。

 そして、薄汚れた白のマントを巻き、腰には一本の短剣。


「………うん、盗賊ポジション的な格好だな、それで持ち物は?」


 短剣一本だ。


「短剣一本だ!!!」


 大きく叫び、勢いに任せて立ち上がり、両手を太陽に伸ばす。

 ハルトの突然の奇声と奇行に驚いた通行人が振り返るが、すぐに何もなかったかのように通り過ぎた。

 口を大きく開けたままの恰好でしばらく立ちすくみ。


 静かに口を閉じ、石垣へ座り直し、体育座りに変形し、自分の顔を両手で覆うと。



「――どうしよう」



 小さく呟いた、切ない言葉は誰にも聞かれることなく、辺りに静かに響き渡った………。

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