認知症高齢者の運転免許は取り上げるべきか
今年の3月から75歳以上の高齢者に対して、運転免許の更新時か違反時に「認知症の恐れあり」と判定された場合に医師の診断を受け、認知症であると診断を受けた場合免許停止となるよう道交法が改正されました。
近年報道されるの高齢者による交通事故を未然に防止するためと考えられますが、各方面からは反対の声も挙がっています。
この件について自分なりに考えて纏めてみようと思います。
改正道路交通法について
以下に改正される前とされた後の内容をおおまかにまとめました。
従来の制度
・3年に1度の免許更新時に認知機能検査を受ける
・結果に応じて「認知症のおそれあり(第1分類)」、「認知機能低下のおそれあり(第2分類)」、「認知機能低下のおそれなし(第3分類)」の3つに分類され、それぞれの分類に応じて、計2時間30分の高齢者講習を受ける
・第1分類と判定された方が、一定の期間内に一定の違反行為をした場合には、公安委員会指定医師による臨時適性検査を受ける
・診断の結果認知症の恐れがあると診断された場合、免許取り消しなどの対象となる
改正された制度
・免許更新時に認知機能検査を受ける(3年に1度から都度に変更)
・第1分類、第2分類と判定された場合、より内容が高度化した高齢者講習を受ける
・75歳未満と第3分類と判定された場合、内容が合理化され時間が短縮された高齢者講習を受ける
・第1分類と結果が出た場合、臨時適性検査または診断書提出命令が出される
・違反があった場合は更新時以外でも臨時認知機能検査をを受ける
・臨時認知機能検査で第1分類と結果が出た場合も更新時同様に臨時適性検査または診断書提出
・前回の結果よりも認知機能が低下している場合(例:第3分類から第2分類、第2分類から第1分類など)新設される臨時高齢者講習を受ける
・診断の結果認知症の恐れがあると診断された場合、免許取り消しなどの対象となる
見て分かるように、認知機能・運転能力についてより詳細に検査がなされるようになりました。
近年増加する高齢者による交通事故の防止が背景にあると考えられます。
交通事故と高齢者
昨年10月ごろから、高齢者による交通事故が相次いで報道されました。
インターネット上では「年寄りは免許を返納しろ!」など過激な主張がされていますが実際のところ本当に高齢者による事故が増加しているのか調べてみました。
警視庁の調査による交通事故発生件数を見てみると、平成19年から平成28年までの交通事故発生件数は年々減少していますが、総件数に占める高齢運転者の割合は年々上昇しています。
高齢者の交通事故の違反の内訳を見てみると、全体のおよそ6割程が何かしらの不注意によるものと分かりました。
高齢者は運転経験が長いため「ずっと運転しているから大丈夫だろう」「ゴールド免許で無事故無違反だから」という過信もあるのではと考えられます。
しかし、経験に反して加齢による動体視力や集中力、判断力が衰えているため、「大丈夫だろう」と走行していて事故に遭遇しても、とっさの判断が間に合わず事故に繋がるのだと思います。
ここで、判断力等の低下の関する資料として、平成23年から27年における高速道路の逆送における運転者の割合を見てみると、逆走者のおよそ7割が高齢者で占められています。
実際のところは分かりませんが、出口を通り過ぎてしまい、次の出口で出て一般道から戻れば良いと冷静に判断する事が出来ず、慌てて逆走してしまうのではと考えています。
上記の統計から分かるように、高齢者による事故や違反が増加している事から道路交通法が改正されました。
近年はベビーブームで生まれた人が次々に高齢者の枠組みに入っており、また、少子高齢化、若者の車離れ等で若年者が減っている為、交通事故総数に対する高齢者の割合が増加している面もあると考えられます。
一方で、そういった高齢者による事故の増加を受けてか免許証を返納する人も増えています。
平成17年の返納者は17,410人でしたが、10年後の平成27年には270,159人にまで増えています。
公共交通機関の発達や行政による返納推奨活動の効果もあると思いますが、それらの背景もまた高齢者による交通事故の増加だと考えられます。
免許の取り消しは妥当なのか?
改正前も改正後も、臨時適性検査または医師の診断で「認知症のおそれがある」と診断が出た場合、免許の取り消しの恐れがあります。
これまでは違反などがあった場合のみ検査や診断を受けていましたが、改正によって違反などが無くても検査や診断を受けなければならず、それによって免許の取り消しを受ける人間は増加するでしょう。
この改正に対して昨年11月に日本精神科病院協会や日本老年精神医学会が「認知症の症状は一律ではない」として要望や提言を行いました。
地方では都心部ほど交通機関が発達していないため、免許を取り消されると買い物、通院などが立ちゆかなくなる、仕事や生きがいが無くなる事で、活動の機会が奪われより認知症が悪化するという可能性も考えられます。
7月21日のYahooニュースによる特集では、そういった医師や当事者の言葉が取り上げられました。
昨年10月から11月にかけての高齢者による相次ぐ死亡事故等も目立っており、改正の必要性があるのも事実だと思います。
私自身は上記の事故が起こった際には、やはり高齢者は有る一定の年齢に達したら免許を返納しなければならないと感じます。
現在車がメインの地域に住んでいますが、全員がという訳ではありませんが私が見た事がある事例として
・制限速度を著しく下回っていた(60キロの道で20-30キロ程度)
・カーブを曲がり切れずにどまどっていた
・ショッピングモールの駐車場で縁石に乗り上げた
・右左折しなければならない車線で平然と直進をした
・何の前触れもなく急に車線変更をした
こういった事例を何度も見ました。
私自身が彼らに迷惑をかけられた、事故に遭わされたという事は今のところありませんが、危ないなと思う事は何度もあり道交法の改正はやむなしと思います。
認知症は進行性の病ですから、今日まで運転出来ていても明日は運転できるかどうかは分かりませんし、症状の悪化が本人にはっきりと分かるものでもありませんから今まで運転ができていたからとこれまで通り運転しようとするでしょう。
高齢者個々人の事情もあるでしょうが、起こった際の損害が大きい事や、事故を未然に防ぐためにも仕方のない事だと思います。
最大多数の最大幸福を考えると、無実の一般人の命>運転能力の衰えた高齢者の免許 とならざるを得ない部分は大きいでしょう。
しかし当事者の言う「生きがい」や「生活の便」という言い分も理解はできるのです。
私の地元の話ですが、都市部の様な地下鉄もなく、バスも1時間に2-3本有るかないか、住宅街に入れば信号はほぼないような人よりも自然の割合が多い田舎です。
山間部の為坂道が多く、何処へ行くにしてもどこかしら登ったり降りたりしなければならない上に商業施設が住宅街より離れているため一家に1台を通り越して1人1台必要でした。
バス停まで徒歩20分以上かかったり道が非常に狭かったりするため自転車もあまり便利ではありません。
もし私が地元で車無しで生活をしろと言われたなら、非常に苦しいです。これが体力的にも衰えた高齢者なら猶更でしょう。
生きがいという点もまた同様で、私の祖父はかつて車やバイクを乗りまわしてあちこち登山や釣り、キャンプに出かけるなど非常にエネルギッシュな御仁でしたが、高齢者となって免許を返納してからはあちこち出歩く事も適わずどんどん覇気が無くなり最終的には寝たきりになり亡くなってしまいました。
衰えてからの祖父は本当に人が変ったようで、寂しさを覚えました。
最近会った父方の祖母も同じような感じで、かつては山間の空き地を借りて畑をやって野菜や草花を育て、近所の人と連れ立って散歩や旅行に行っていましたが、腰を痛めたことで畑を手放し、散歩に行く事も難しいのかここ最近どんどん衰えている様に見えました。
こういう事例もあり、彼らの行動範囲を狭める事は逆に認知症の進行を悪化させるのではという懸念も理解できるのです。
私の考え
認知症でも症状によっては車の運転ができる人が居る、高齢者の生きがいや利便性を奪う事になる。
というのが免許停止を反対する方々の意見なので、
・適性検査、診断の結果認知症であると診断された場合、高齢者講習で運転能力の有無を確認する
・運転能力ありと判断された場合でも、2ヵ月に1回の医師の診察・または教習所での講習(経過観察)を義務付け、もしも引っ掛かった場合はその時点で返納
・併せて第1分類、第2分類の人には免許返納推奨者として公共交通機関料金の割引や乗車チケットの配布を実施(分類によって割引率などを変える)
・ヘルパー等による公共交通機関を利用した生活の訓練を行う
・高齢者向けサークルやイベントの案内など車以外の生きがいを提供する
・行政はバスやタクシー会社、自動車学校との連携を深め、高齢者の情報共有、設備の拡充に努める
・返納により受けられるバス割引などのサービスをもっと周知する
・80歳になったら免許は強制返納(免許の定年を義務付け)
こういった事を行ってはどうだろうと考えました。
1度の診断で白か黒かを決めるのではなく、運転能力の有無を見て経過を観察していく、併せて免許返納を推奨して高齢者側が公共交通機関を利用するよう促すなど行えば良いと考えます。
また、免許に定年を設けて罰則をつければ、「あと○年で乗れなくなる……」と高齢者も意識し、80歳に近付くにつれて公共交通機関の利用も増えるのではと考えます。
バスやタクシーって乗らないとやっぱり料金の払い方や呼び方が判らないと思うので、返納推奨者となった時点で使い方を教え、車に乗れなくなった場合は代わりにどういった手段がとれるか学んでもらう、生活のメイン施設にはどの路線でどうやって行けるのかをヘルパーと一緒に一覧化しておけばいざという時に「バスはようわからんから車で行くわ」という事態も防げると思います。
車での移動以外に趣味や生きがいを見つけてもらうためにも、行政による趣味サークルの奨励を行い、高齢者が相互に交流し合う場を設けたり、地域でちょっとしたイベントを企画すると良いのではと思います。
あれこれと書いていますが問題点もあります。
・上記の事を行う場合の財源は何処から出てくるのか
・現行のサービスと異なる事を行うのでその分の人員は何処から出てくるのか
・それらの施策を整備する時間があるのか
整備するにあたって今働いている人が過労になったりサービス残業をするようになってもいけないので、難しいところだと思います。
だからこそ現状では認知症と診断された場合は一律免許の取り消しという対応をせざるを得ない部分も大きいのではないでしょうか?
一部地域では返納すると貰える運転経歴証明書を提示すると路線バスの運賃を半額にするサービスを実施している所もあります。
そういった今あるサービスを今後少しずつでも拡張していくことが高齢者が無理して車に乗らなくてもよくなる社会に繋がるのではと考えます。
私は、まだ高齢者になるには何十年かありますが今のうちから足腰を鍛え、50代を過ぎたら早めの返納を意識して、よく使う施設へは公共交通機関でどうやって行けるのかを知っておこうと思いました。
参考・引用サイト
警視庁 防ごう!高齢者の交通事故!
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kotsu/jikoboshi/koreisha/koreijiko.html
内閣府 トピックス 高速道路での逆走に関する取組~認知症高齢者の増加も見据えた交通安全対策~
http://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/h28kou_haku/gaiyo/topics/topic01.html
政府広報オンライン 3月12日スタート、改正道路交通法の主なポイント(その2)
http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201702/2.html
警視庁・都道府県警察リーフレット
https://www.npa.go.jp/koutsuu/menkyo/kaisei_doukouhou/leaflet.pdf
公益社団法人日本精神科病院協会 認知症に係る臨時適性検査または診断書提出命令制度への要望書
https://www.nisseikyo.or.jp/images/Teigen/TeigenPDF_yeWa3Q0q04aFqAj3MYEfWw5F7WN2YaIGhkwaUQWBvtii1jiPirB2fUSqJIm8SJ0i_1.pdf
公益社団法人日本老年精神医学会 改正道路交通法施行に関する提言
http://184.73.219.23/rounen/news/20161115news.htm
Yahooニュース 「認知症でも運転できる」改正道交法に当事者や医師ら
https://news.yahoo.co.jp/feature/685
J-castニュース 高齢者、免許返納の決め手になるか バス半額、タクシー1割引き
https://www.j-cast.com/2017/02/11290000.html?p=all
J-castニュース 高齢者の運転免許、「自主返納」は何故進まない「75歳以上は強制に」は曲論か
https://www.j-cast.com/2016/11/05282676.html?p=all
警察庁「運転免許統計」
https://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/index.htm