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後編

それから何年もの月日が過ぎ、七菜子の子供たちも成人して、もう一人前の大人として独立している。


50歳を前にした七菜子は、思い出していた。


相変わらず首にかけている珊瑚の指輪…


もう、体の一部になっている。


愛結美…


まだ小さい子供を遺し、若くして他界した生涯最高の親友…


自分はこんなに老けて、白髪も目立つようになった…


肌は張りを失い、シミやシワも、もう隠せない。


でも愛結美は…


亡くなった時の若いまま、七菜子の記憶に残っている。


もう遠いものとなってしまった愛結美との日々を、ぼんやりと思い出している時、長男の裕也から久し振りの電話がかかってきた。


『もしもし、母さん?来週の土曜日なんだけど、親父いるよね?』


『いると思うよ…多分ね』


『多分じゃ困るよ!親父と母さんに大事な話があるのに…』


『大事な話って何よ…今じゃ駄目なの?』


『駄目!電話じゃ云えないよ』


裕也がこんなに改まって電話をして来るのは初めてだ。


もしかして、この子…


『兎に角、来週の土曜日は、親父も母さんも家にいてくれよ…多分昼過ぎにはそっち着くから』


『わかった…じゃあ待ってるね』


七菜子は電話を切り、仕事から帰宅した旦那に、息子からの電話を伝えた。


『嫁でも連れて来るのかもな…』


『いい子だといいね…』


二人は今から楽しみだった。


裕也との約束の日、案の定、裕也は一人の女性を連れて来た。


そして、二人を前に正座すると、緊張した面持ちで云った。


『親父、母さん…この人、俺の会社の後輩で…今、真剣に付き合ってて、近い将来結婚したいんだ…』


『そうか…結婚するか…』


息子が結婚する。


七菜子はその喜びを隠せなかった。


ただ…この娘…誰かに似ている…


笑うとクシャクシャになるこの笑顔…


七菜子は記憶を探ったが、どうしても思い出せない。


『あなた、お名前は?』


『長谷部優里です…よろしくお願いします』


七菜子の顔色が変わった。


聞き覚えのある名前…


名前が同じだけだろうか…


同じ名前なんて、どこにでもいるし…


でも…この目…


七菜子は思い切って聞いてみた。


『長谷部優里さん?…失礼ですけど…あなたのご家族の事、聞いてもいい?あなた、ご兄弟は?』


『妹が一人います』


『妹さんのお名前は?』


『…絵莉花です』


『絵莉花…長谷部優里…』


そこにいた全員が、不思議そうな顔をした。


『優里さん…間違ってたらごめんなさいね…もしかして…あなたのお父さんは…長谷部聡史さん?』


『え…はい…そうです…父をご存知なんですか?』


『ええ、ちょっとね…あなた、お母さんは?』


『母は…私が小さい時に亡くなりました』


こんな偶然があるのだろうか…


この子は…


七菜子は目眩がして、同時に大粒の涙が溢れて来た。


『母さん?どうしたの?』


『覚えてないのも、無理はないわよね…あなたたち、まだ小さかったんだから…』


『え?何の話?母さん大丈夫?』


みんなが心配そうに、七菜子を見ている。


『大丈夫…凄く嬉しくて…懐かしくて…』


優里は七菜子にハンカチを差し出して、涙を拭ってあげた。


『優里さん…あなたのお母さん…名前は…愛結美さんね?』


『え?どうして…』


優里はビックリしていた。


『裕也、優里さん…二人はね、許嫁になりそうだったのよ…私たちが勝手に決めた事なんだけどね』


『え?どう云う事?』


『優里さん、あなたのお母さんはね…私の親友だったの…あなたたちは昔、よく一緒に遊んでたのよ…』


泣きながら笑顔で語る七菜子の隣で、『ああ!』と声を張り上げたのは、七菜子の旦那だった。


『そうか!誰かに似てると思ってたんだ!愛結美ちゃんの娘さんだったのか!』


訳が判らないのは裕也と優里だ。


七菜子は押し入れから、大量の写真とアルバムを出して来て、若い二人に見せた。


『優里さん、お母さんの顔知ってる?』


『はい、写真では何度か見てます』


『見て…これがあなたのお母さん、これが私』


『あ!お母さん!!』


優里は口を開けたまま写真を見ている。


『こっちはみんなで写ってるのよ…これが聡史さん、愛結美、優里ちゃん、絵莉花ちゃん…これがお父さん、お母さん、裕也、秀輝…』


二人は、その写真に唖然としていた。


『あなたたちが生まれた時、私たちは、あなたたちの誰かを、許嫁にしようって云ってたの…お父さんに反対されたけど…』


懐かしそうに話す母の顔…


写真に写る女性…


裕也と優里は、おぼろ気な記憶を探っていた。


『こんな事になるなんてね…』


七菜子は涙を拭きながら、ネックレスの指輪に語りかけた。


『愛結美…許嫁にしなくても…この子たち結婚するんだって…愛結美の娘が、私の娘になるみたいよ…』


優里は、心の優しい娘に育っていた。


愛結美の勤勉さと、聡史の温かさを、見事に受け継いでいる。


『優里さん…もっと、よく顔を見せて…』


『はい』


優里は七菜子の目の前に座り、その顔を七菜子に向けた。


少し垂れた大きな目…


長い睫毛…


いつも笑っているみたいな、口角の上がった口…


これは、愛結美のものだ…


ふっくらとした頬は、聡史のもの…


懐かしい親友の面影を、こんなにも色濃く残している。


それに…


優里ちゃんは、イイコに育ったね…愛結美…


その後、二人は結納を済ませ、聡史とも久し振りに再会して、積もる話に花が咲いた。


裕也と優里の結婚式、事情を知る全員が、この不思議な出逢いに驚いていた。


愛結美が生きていたら、きっと二人で大笑いしたかもしれない…


でも、これは愛結美の仕業かも…とも思う。


七菜子は、新婚旅行に出掛ける優里に、愛結美の珊瑚の指輪をプレゼントした。


それが母親のものだと知った時、優里は涙を浮かべて喜んだ。


『大切にします…ずっと…』


1週間の新婚旅行から戻った裕也と優里は、すぐに七菜子の元へ行き、お土産に美しい珊瑚のネックレスを買って来ていた。


木の実のような形に加工されている珊瑚は、ユラユラと揺れて綺麗だ。


『調べたら、母の誕生石が珊瑚だったので…お義母さん首元が寂しそうだったし…』


恥ずかしそうに云う優里の伏せた目が、照れた時の愛結美にそっくりだ。


その後、暫くは別々に暮らしていたが、優里の妊娠を機に、裕也と優里の同居が決まった。


『優里が、母さんといたいみたいで…』


無理もない。


優里には母親がいない。


優里の祖母も、今頃は娘と再会している頃だろう。


実家にいる父と祖父では判らない不安がある。


優里の母親の分まで、この出産を見届けなければ…


七菜子は喜んで優里を迎えた。


臨月が近付いた頃、ソファに横になり、大きなお腹を優しく擦りながら、ぼんやりと窓の外を見る優里がいた。


その姿を見た時、七菜子は病室での愛結美を思い出してドキッとした。


『優里ちゃん、大丈夫よ…お産は怖くないんだから…』


『お義母さん…すみません…』


七菜子の声に驚いた優里は、慌ててソファから体を起こし、読んでいたマタニティ雑誌が散らばるテーブルを片付けた。


『不安なのはみんな同じ。でも優里ちゃんには、お母さんがついてるんだから、絶対大丈夫よ』


七菜子は優里をソファに寝かせ、大きなお腹にタオルケットをかけてあげた。


『お義母さん、私の母はどんな人でしたか?私、母の事全然覚えてなくて…』


『仕方ないわよ、優里ちゃんも絵莉花ちゃんも、まだ小さかったんだから…』


七菜子はそっと、優里の髪を撫でてあげた。


『父に聞いても、あまり教えてくれないんです…話すのが辛いみたいで』


『お母さんが亡くなった時、お父さんは凄く自分を責めてたけど…それ以上に、不安があったみたいだから…』


『母の事、聞かせて下さい』


七菜子は、まるで読み聞かせをするように、優里に母親の話をしてあげた。


『愛結美と初めて会った時、愛結美は凄く気難しい人だと思ったの。でも、笑った顔が子供みたいに可愛くて、愛結美が笑うと、まるで花火みたいに光が弾けるみたいだった…』


七菜子が愛結美の話をしている間、優里は七菜子に貰った愛結美の指輪を、無意識に指で撫でていた。


『愛結美は優しくて頭が良くて、ちょっと強くてちょっと弱くて、凄く意地っ張りで…私は、そんな愛結美が大好きだった。優里ちゃんが生まれた時、愛結美も聡史さんも凄く喜んで、いつも誰かが恋しくなる、温かい故郷のような人になって欲しいって、優里って名前にしたのよ』


『そうだったんですか…』

優里は、初めて母親の愛を感じた。


『愛結美が亡くなる時、私に云ったの…聡史さんと優里ちゃんたちと私と、一緒にいられて凄く幸せだったって…』


母の話を、こんなに詳しくしてくれる人がいる…


母をこんなに近くに感じさせてくれる人がいる…


優里は無意識に七菜子の手を握り、目を潤ませていた。


その白い手を優しく握り返した七菜子の脳裏に、最期を迎えた愛結美の奇跡が浮かんだ。


『あの時の愛結美を、私は今でも覚えてる…もう意識がないのに、私の手を握り返して来た愛結美の手…力が入ってなくて、まるで羽根が触ったみたいだったけど、ちゃんと私の手を包んでて…温かかった』


『おかあさん…』


優里は目を閉じて泣いていた。


『あなたを見てると、愛結美を思い出すなぁ…』


『私、母に似てるんですか?』


ポツリと云った七菜子の言葉に、七菜子は嬉しそうに反応した。


それから暫くして、優里は女の子を出産。


若い夫婦は、産まれて来た我が子に、母の名前をつけた。


愛結美のように、素敵な女性になりなさい…


愛結美のように、強い光を放つ人になりなさい…


そして、愛結美よりも長生きしなさい…


そんな願いが、込められていた。


絵莉花も秀樹もそれぞれ結婚し、沢山の孫に囲まれて生きた七菜子は、その孫の成長を見届けた秋、82歳でこの世を去った。


最期の時、七菜子の顔は、幸せそうに笑っていたと云う。


愛結美と七菜子の愛の絆は、そのまま孫たちにも語り継がれ、孫たちは、奇跡の血を持つ家系だと、密かに祖母たちを自慢に思っているようだった。









七菜子…


見てたよ…ずっと…


ありがとう…






愛結美…


幸せを…ありがとう…



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