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鈍感難聴系じゃなくて何が悪い!?

 「やっと、目を覚まされましたか。ナオキ様。」


 目が覚めると、蒼き瞳を持つ美少女の顔が頭上にあった。

 そして、頭には絶妙な柔らかさの肉の感触。

 なるほど。

 どうやら、俺はサニアに膝枕されているらしい。


 は?膝枕?

 え?なんで?

 俺は確かお風呂に入りに行ったはずだが、なんでこんなことになっているんだ?


 あまりにも突然の事態に頭の整理が追い付かない。

 待て待て、落ち着け。いったん状況を整理しよう。

 まず、俺は風呂場に行ったんだよな、そこまでは記憶がある。

 で、そのあとどうなった?


 たしか、覗き駄目絶対という清らかな勇者精神を持つ俺は、当然この青の暖簾を選ぶぜ!と勢いよく青の暖簾がかかった扉を開けて・・・。

 そこまで思い出したところで、連鎖的に記憶がよみがえってくる。

 水が滴る蒼いつややかな髪、それを引き立てるような白い肌、そして・・・腹部への強烈な一撃。

 なるほどね、なるほどね。

 混濁していた記憶がよみがえってきた。


 とりあえず、いま思い出した記憶から、膝枕に至るまでの経緯を簡単に整理してみよう。

 間違えて女湯に入り込んだ直輝くんは、サニアの裸体をじっくりと凝視したうえ、悲鳴を上げて逃げ惑う彼女ににじり寄って(謝罪するため)、彼女にとびかかろうとした(ジャンピング土下座を披露するため)ところをぶちのめされたのだ。

・・・どう考えても、痴漢覗き魔変態勇者です、ありがとうございました。


 ・・・はぁ。

 ・・・死にたい。

 こんなくそみたいな記憶なら思い出さない方がよかった。


 悪酔いして、上司にとんでもない無礼をはたらいてしまったのを、酔いつぶれて目覚めた時に思い出した新入社員の気持ちだよ。

 しかも、こっちはお酒の力とかではなく、意識がはっきりした状態で全部自分がやったことだから言い逃れのしようもなくて、なおわけが悪いよ。


 俺の勇者精神に誓って女湯に入り込んだのは、故意ではないにしろ、そのあとの行為に情状の余地がなさすぎる。

 この世界にも弁護士っているんだろうか、できれば優秀な弁護士を雇って執行猶予くらいはつけていただきたい。

 『異世界転生したら、豚箱にぶち込まれた件』とか、夢もくそもあったもんじゃない。

 と、今後の訴訟活動に思いをはせつつ、現実逃避しかけていた脳が違和感を伝えてくる。

  

 「俺が変態勇者に至った経緯はわかった。ただ、どうしても膝枕に至るまでの流れがつながらない」、と。


 たしかに。

 普通に考えれば、事故とはいえ裸を見られた赤の他人に膝枕するなどおよそありえない。

 と考えると、これは俺を逃がさないようにするための罠か?はたまた、俺に対する最後の慈悲か?

 いずれにしても、膝枕という男性の憧れシチュエーショントップテンは堅い状況を楽しんでいる場合ではないのは確かだ。


 自分の置かれている状況を理解しようと思考をフル回転させている俺の心中を知ってか知らずか、サニアは優しく微笑みかけてくる。


 ・・・か、かわいい。

 いや、そうじゃなくて。

 この笑顔の意味は何だ?

 昔から、感情を表に出さずに怒るやつが一番怖いという話をよく聞くが、まさにその通りだ。

 何考えてるかわからないから、怖くて仕方がない。


 笑顔の意味を測りかね戦々恐々としていると、今度は優しく頭を撫でられた。

 依然として、愛するわが子をいとおしむような柔らかな笑顔を浮かべたまま、サニアは何度も丁寧に頭を撫でてくれる。

 こんな状況じゃなかったら、夢のような心地がしたことだろう。

 あいにく、死刑を待つ立場の俺にそんな余裕はない。

 

 ・・・と、とりあえず、ここは謝るしかあるまい。

 

 悪いことをしてしまったのだから謝る。

 何の変哲もない、赤子から老人まで知る社会のルールだ。

 異世界文化の闇に飲み込まれてこんな事態になっているわけだけれども、このルールはさすがに全世界共通だと思いたい。


 「さ、サニアさん。あ、謝らせていただきたいことがございまして・・・」


 恐る恐る、相手の顔色をうかがいながら慎重に言葉を選んでいく。

 しかし、サニアは優しい微笑みを浮かべたまま、表情を全く変えない。

 ひぇ、怖すぎるよ。


 「さ、先ほどは、女湯に入ったばかりか、サニアさんの裸を凝視してしまい、大変申し訳ありませんでした!」

 

 頭を撫でられているため立ち上がることもできず、膝枕されたままの状態での謝罪だった。


 断言しよう。

 こんなふざけた謝罪をした異世界召喚勇者は全世界を探しても俺だけであろう、と。

 俺が謝罪を受ける側だったら、確実に市中引きずり回しの刑に処したうえで、牛裂きの方法による極刑を望んでるよ。


 しかしながら、審判を下す側のサニアが口にしたのは俺のおよそ予想もつかないセリフだった。


 「おかしなことをおっしゃるのですね。夫に裸を見られて恥じらう妻がどこの世界に存在しましょう?ナオキ様が私に謝罪する必要などどこにもございません。」


 そう言って、かわいらしい声をあげながらサニアは笑う。

 ・・・いい、笑顔です。

 いやいや、そうじゃなくて。

 妻?夫?

 訳が分からない。

 一体、何をどうしたらそんなわけのわからない展開になるのだ。


 さっぱり事情を呑み込めずにいる俺の様子を見て、サニアは嬉しそうに事情を説明してくれた。


 サニアが言うには、竜人族には竜人族社会を規律する地域ルールが存在するらしい。いわゆる、慣習法というやつだ。

 そして、この慣習法によれば、未婚の男女が同意したうえで一つの部屋で互いに裸になった場合には、その場で結婚が認められるということらしい。

 サニアの主張では、自分は婚約を済ませただけで結婚はまだしていないらしいし、俺も未婚であるとのことだから、晴れて自分たちは夫婦になったのだということだった。


 ・・・いやいやいやいや。

 その法律作ったやつ、頭おかしいんじゃないか?

 そこまで書いたなら、もういっそのこと性行為に及んだ場合とかにしとけよ。

 竜化できるんだったら、無理やり襲われそうになったところで何とかできるだろう?

 まるで、俺たちを結婚させるためだけに誰かが地域法を作り上げたようなそんな作為すら感じさせられる。


 「だいたい、そんなルール上の婚姻でサニアは納得してるのか?さっき、思いっきり尻尾でぶっ飛ばされたんだが。」


 「いえ、先ほどは場所が場所だっただけのと、そういう行為に及ぶのはもう少し段階を踏んでおきたかったのと、あとは単純に恥ずかしかったのです。」


 いいやいやいや、とてもそんな態度には見えなかったぞ。

 あれは、照れ隠しなんてかわいらしいものじゃなくて、はっきりとした拒絶だった。

 今も腹部に残る衝撃が、その何よりの証拠だ。


 サニアの答えに納得がいかず、いぶかしげな視線を送り続けていると、彼女は観念したかのように口を開いた。


 「すみません。実を言うと、最初にナオキ様の姿を浴室でお見かけしたときは、この人も結局はうまいこと依頼を引き受けると言って、私を襲うことしか考えていない低俗な思考の持ち主なんだ、とあきれ果て失望しました。 

 ですが、ナオキ様を尻尾で殴り飛ばしてしまった後、よくよくあなた様の態度を思い返してみれば、それは決して人を襲うようなものではなかったと思い至ったのです。

 そもそも、人界のために魔王を討伐しようという高い理想を持つ勇者様が、覗きなどという低俗な行為に出るはずがない。私は自分の浅はかで感情的な思考を呪いました。」


 そう言って、本当に自分の愚かさを悔いるような表情を浮かべるサニア。

 おほめいただいているところ、非常に申し訳ないが、高い理想を持つ勇者様は低俗な行為の誘惑に負けかけているんだよなぁ。

 そんな俺の気持ちなどつゆしらず、彼女はなおも言葉を続ける。


 「そして、私は考えました。もし、私を襲うのでなければ、ナオキ様があの場にいらっしゃった真意とは何だろうと。まさか本当に青の暖簾を男湯だと思っていたなどとは考えられません。

 私は必死に思考をめぐらし、やがて一族に伝わる掟に思い至ったのです。人界に似たような規定があるかはわかりませんが、覗きでも痴漢でもないのだとすれば、ナオキ様があの場にいらしたのは私に対する求愛行動以外に考えられません。

 もとより、一族のためにこの身を捧げる覚悟はできていました。一族を救ってくださると約束してくださったナオキ様の妻として、憎き魔王軍を討ち滅ぼすお手伝いができるならば、それは願ってもないことです。

 ナオキ様の強さは竜化した私の渾身の一撃を受けて平気なことを見ても明らかです。あなた様ならば、かならずや魔王討伐を成し遂げ、我が一族再興のため強い子孫を残してくださると確信しております。

 ということで、私としましては、この婚姻に不満などあろうはずもないのです。」


 なるほど、これがうわさに聞くテンプレ超ポジティブ好意的解釈脳ヒロインってやつかぁ。

 俺も対抗してテンプレ超鈍感難聴系主人公を気取って見ればよかったかもしれないが、いやいや普通の精神状態の男性ができることじゃないから。

 とんでもない性格ブスとか、顔面クリーチャーならいざ知らず、こんな美少女に言い寄られてあんな反応を返せるのはアンドロイドかホモくらいではなかろうか。

 事実、俺は顔を真っ赤にしながら、サニアの優しい目線から視線を外すので精いっぱいだった。


 「さて、私としてはナオキ様にも、もちろん納得していただけるものと思っていたのですが、いかがでしょう?やはり、私のような異界人では妻としてふさわしくないでしょうか?」


 「・・・い、いやぁ。そ、そんなことはないけど。」


 「ずいぶんと煮え切らない返事ですね。女湯に入ってきてまで大胆に愛を伝えてきてくださった方と同一人物だとは、とても思えないくらいです。・・・まさかとは思いますが、やはり私の体目当てで・・・」


 サニアの言葉をきいて、背筋に冷たいものが走る。

 せっかく、いい方向に自己完結してくれそうだったのに、このままでは変態勇者の汚名を一生浴びせられ続けることになってしまう。

 いくら実力があろうが、そんなとんでもないうわさが立ってしまったら今後の勇者営業に間違いなく支障をきたす。


 気がつけば、俺はサニアに対する愛情表現のため女湯に乗り込んだ愛に熱き男であり、サニアを生涯の伴侶として認めるという、心にもないことを口走っていたのだった。

 なんか、リマジハの村でも同じような失敗をしてしまったような気がするが、たぶん気のせいだろう。


 サニアは俺の返事を聞くと、それはもう大層嬉しそうにそのままの態勢で抱き着いてきた。

 前にもエンカに抱き着かれたことがあったが、それとは異なった趣があって何ともたまらない。

 

 なんか、勢いで結婚することになってしまったけれども。

 考えてみれば、こんな美人と結婚できるなんてすばらしく恵まれていることじゃないか?

 おまけに性格も穏やかでやさしいし、文句のつけようもない。

 たしかに、出会ってからまだ一日も経っていないから、これからお互いのいやなところもどんどんわかってくるかもしれないし、そりが合わないところも出てくるかもしれない。

 でも、彼女となら案外うまくやっていけそうな気がする。


 「それでは、結婚の証として左手を差し出していただけますか?」


 サニアの言葉に従い、左手を彼女に差し出す。

 結婚の証、などというもんだからてっきりキスでも要求されるのかと思ったが、助かった。

 べ、べつに、キスをしたことがなくてやり方が分からず焦っていたとかそういうことではないからな。

 お、俺は女性経験豊富だけども、サニアの方がちょっと困るかなってことで安心しただけだからな。


 と、誰に向けているのかよくわからない言い訳をしている間にも、サニアは左手の薬指だけを手でもって口へと近づけていく。

 元の世界でも、結婚指輪は左手の薬指につけるという慣習があったし、この世界にも似たような慣習があるのだろう。

 

 口へ近づけたということは、そのままキスでもするのかもしれない。

 しかし、似たようなことはエンカとの契約の時にすでに体験済みだ。

 今更この程度で動揺する俺ではない。


 徐々に近づく指と唇。

 キスされると分かっていても、やはりドキドキとしてしまう。

 そしていよいよ、薬指とサニアの唇が触れようかという瞬間、


 突然彼女はくわっと口を開いた。

 

 えっ?

 と思ったときにはもう遅く、俺の薬指は彼女にガブリとかみつかれていた。

 しかも、甘噛みなどでは全くない、本気噛みも本気噛み。

 あまりの痛さに第一関節から上の部分が食いちぎられたのではないかと錯覚するほどだった。


 「はい、これで晴れて私とあなたは夫婦となることができました。ナオキ様、不束者ではございますが、今後ともよろしくお願いします。」


 よろしくといわれても、今は薬指の痛みでそれどころではない。

 大丈夫だよな?

 ちゃんと第一関節から上はくっついてるよな?

 恐る恐る左手の薬指の方へ眼をやる。

 

 ・・・よかった、ちゃんとくっついてる。

 サニアに噛まれたが蒼くなっていることを除けば、俺の薬指は噛まれる前と変わらぬ状態だった。

 まさか本気で噛まれるとは予想外だったが、とりあえず無事に儀式が済んだようで、よかったよかった。


 いやいやいやいや、ちょっと待て。

 蒼く?

 青くの間違いではないのか?

 薬指を再び観察してみると、サニアの噛み跡はやはり、彼女の瞳や髪の色同様蒼くなっていた。

 青あざになっているというわけでなく、まるで何かの呪術的文様のように蒼い。


 これはいったいどういうことか、とサニアに問いただそうとしたちょうどその時、背後から身も凍るような冷たい声が聞こえた。


 「ほぉー、儂が風呂に入っている間にずいぶんと面白いことになっておるようじゃのぉ?」


 後ろを振り向かずともわかる。

 そこには、少女姿にはおよそ似合わない凄惨な笑みを浮かべたエンカが立っていたのであった。


サニア編完結といいましたが、あと一話ください。

こんなのろのろ展開だから、読んでもらえないんだろうなと思いつつも投稿します。

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