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勇者が風呂を覗いて何が悪い!?

―人界西端、ギーツ侯国、冒険者街外れ


 「おい、エンカ。気付いてるか?」


 「当り前じゃろう。あんなバレバレの尾行で気付かれぬと思っておる方がおかしいわ。」


 冒険者ギルドを出てしばらく、俺たちの後ろをつけてくる何者かの気配に、俺とエンカは互いに自然な感じを装いつつ、言葉を交わす。

 

 「人数は一人。儂らに対する敵意や殺意といったものは感じんから、逆にそこが気になるところじゃ。」


 「確かに敵意がないのに尾行してくるっていうのも変な話だな。とりあえず、適当な脇道で事情を聴いてみるとするか。」


 エンカに目線で合図を送り、ちょうど手前に見えていた脇道へと入り込む。

 入り込んだ先は、日当たりが悪く、道のわきにはゴミ箱や怪しげな魔よけの置物などが置かれ、ほとんど街の住人には利用されていないような道だった。

 それぞれ物陰に身を隠し尾行者が現れるのを息を殺して待つ。


 俺たちが脇道に入り込んでから数十秒後、小走りで路地裏に駆け込んできたのはフードを被った細身の人物だった。

 タイミングといい、風貌の怪しさといい、間違いない。こいつが俺たちを尾行していた人物だ。何より装備品や悪魔化の影響で敏感になった感覚が、先ほど感じた気配と目の前の人物の気配が同じであると告げている。

 俺は物陰から飛び出すと、目の前の尾行者が逃げ出さないよう行く手をふさいだ。


 「炎血結界≪ブラッディ・サークル≫」


 俺が飛び出すのとほぼ同時に、エンカがフードの人物に向かって結界魔法を放つ。

 フードの人物の足元に緋色の魔法陣が浮かび上がり、そこから飛び出した何本もの赤黒いどろどろとした腕が四肢や胴体にがっちりと絡みつく。不意を突かれたフードの人物はなすすべもなくそのまま捕らわれてしまった。


 ・・・エンカも敵意を感じないと言っていたし、いくら背後からの奇襲とはいえ避けられない魔法ではなかった。魔王軍が送り込んだ刺客や諜報員と考えるにはあまりに弱すぎる。

 じゃあ、いったいこいつは何者で何のために俺たちを尾行していたんだ?

 頭に浮かんだ疑問を解消するために、目の前の尾行者の尋問を開始する。

 

 「とりあえず、そのフードの下に隠した素顔を見せてもらおうかな?」


 拘束されているフードの人物のそばまで近づき、乱暴にフードをはぎ取る。

 ―はらりと、フードから美しい蒼色をした長髪が零れ落ちた。

 

 「「・・・人間の女!?」」


 外国の海を思わせる澄んだ蒼色の髪に、意志の強さを感じさせる髪の色とおそろいの蒼き瞳。

 フードの下から現れたのは、端正な顔立ちをした見目麗しい人間の女性だった。

 ただ、今の彼女からはひどい疲労がうかがえ、せっかくのきれいな髪もどことなくくすみ、肌も荒れて、頬は少しこけていた。

 

 想定外の人物が現れたことに俺もエンカも驚きを隠せなかったが、なんとか質問を続ける。


 「それで、どうして俺たちをつけるような真似してたんだ?」


 「冒険者ギルドで一目見た時から、あなた方しかいないと思っていました。それで、いてもたってもいられず後をつけてきてしまったのです。」

 

 「一目見た時から」、「いてもたってもいられずに」、普段なら間違いなくテンプレ脳が暴走して、まさかのひとめぼれヒロイン登場かー、と騒ぎ立てているところだったが、目の前の女性のあまりにも鬼気迫る姿にテンプレ脳も空気を読んだのか、まったくそういう思考になれなかった。

 女性の返答に無言で頷き、続きを促す。

 

 「初対面でいきなりこのようなことを頼むのが無礼なのはわかっています。ですが、もはやあなた方しか頼れるものがいないのです。報酬ならいくらでも支払います。私にできることならなんだってする覚悟です。だから、お願いします。私を、いや私の一族を救ってください。」


 それ以降の彼女の言葉は、嗚咽が混じって何を言っているのか聴き取ることができなかったが、何度もしきりに「頼む、助けてくれ」と懇願しているのだけはかろうじて分かった。

 そんなただならぬ様子の彼女を見て、結界魔法による拘束を解いたエンカは、泣き叫ぶ彼女の背中をさすりながら、こちらに向かってどうするのじゃ?と視線で問いかけてくる。

 

 どうするも何も、そんなの初めから答えなど決まっている。

 かわいい女の子が泣いていて、苦しんでいて、助けぬ勇者がどこにいる。

 目の前の女性一人救えない奴に、魔王討伐なんてできるはずがない!

 俺はエンカに向かって力強く頷き返し、エンカの腕の中でいまだに懇願の言葉をうわごとのように呟いている彼女に向かって手を伸ばす。差し伸べた救いの手を、彼女が握り返してくれると信じて。

 


 ・・・ところが、しばらく待っても彼女は俺の手を握り返してくる気配がなかった。

 今頃になって、こんなどこの誰とも知れない謎の冒険者に依頼を頼むのが億劫になったのか?

 一向に手を握り返してこない彼女の様子を不審に思い始めた時、彼女からうわごとに交じって奇妙な声が発せられた。


 「ぐぅ・・・、zzz。」


 ん?あれ?もしかして眠ってる?

 よく見れば、彼女はすでにエンカの腕の中で寝息を立ててすやすやと眠ってしまっていた。

 なまじカッコをつけてしまったがために、いまさら伸ばした手を引っ込めるわけにもいかず、そのままの状態で固まってしまった俺をエンカがニヤニヤとみつめる。


 「おぬしが手を伸ばした時点で、この娘はすでに眠っておったぞ。」


 「気づいてたんなら言えよ!」


 何とも締まらぬヒロイン救出シーンではあるが、この方が案外俺たちらしいのかもしれないな、などと思いつつ、俺は伸ばした手を彼女の頭にそっと置いた。


***********************************


―ギーツ侯国、観光地街、宿屋テルホ


 「先ほどは、お見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした。改めて、依頼を受けていただけること、なんとお礼を申し上げてよいのか、本当にありがとうございます。」


 あれから、泣き疲れて眠ってしまった彼女を背負いながら、なんとか自分たちの泊まる宿屋テルホまでたどり着いた俺たちは、彼女の目が覚めるのを待ってから、簡単に自己紹介を済ませ、改めて依頼内容を聞くことにしたのだった。

 サニア・フロストと名乗った彼女は、少し眠ったおかげか先ほどよりもだいぶ顔色がよくなっていた。


 「いえいえ。勇者たるもの、美しい女性が困っているというのに放っておくことなどできません。どうか気になさらないでください。それで肝心の依頼の内容について詳しくお聞かせ願えますか?」


 リマジハの村での一件ですっかり板についてきた勇者営業の外面を駆使しながら、依頼主である女性の話を促す。

 横を見ると、普段の俺とはかけ離れた勇者営業姿を見てエンカがおえーっというジェスチャーをしていたが、俺だってこんな演技をするのは恥ずかしい。こんなセリフを素面でいえるやつがいたとしたらそいつは相当頭がいかれてるとしか思えない。

 テンプレ勇者になってみて初めて分かる苦労というのもあるものだと思いつつ、ついでにエンカの頭をひっぱたきながら女性の話に耳を傾ける。


 「はい。それをお話するには、まず私たちの一族についてお話せねばなりません。お二人は私の姿を見て人間とおっしゃっていましたが、実は私は人間ではなく竜人族なのです。」


 「なるほど、お主の気配から感じる違和感の正体はそれじゃったのか。竜人族、見た目はほとんど人間と変わらないものの、ひとたび感情が昂ればその身に流れる竜の血が暴走し、破壊の限りを尽くすといわれておる珍しい種族じゃの。」


 「はい、その通りです。竜人族はほとんど人間と変わらぬ外見を持つため、異界人の中でも比較的人間と友好的な関係を築いてきました。しかし、人魔の戦争が始まってからそれを快く思わない魔王軍が我々の一族に対する殲滅作戦を開始したのです。竜人族はもともと数が少ない種族なのですが、魔王軍による殲滅作戦の影響で人口は激減し、このままでは殲滅作戦を乗り切ったとしても、いずれ一族は滅んでしまうような状態となりました。そこで、族長である父は断腸の思いで、私を魔王軍幹部の嫁として差し出すことで、魔王軍による殲滅活動の中止と魔王軍傘下に入ることによる一族の再興を図ったのです。」


 魔王討伐とは関係なくサニアを助けるために引き受けた依頼だったが、ここにきて魔王軍とのつながりが見えたことに俺の表情も自然と引き締まる。

 そんな俺の様子には気付かず、サニアは依頼の核心部分へと話を進めた。

 

 「私も族長の娘として、一族のためにこの身を捧げる覚悟はできていました。しかし、婚姻前の顔合わせに結婚相手の住む屋敷、世間では”秘密の花園”と呼ばれている場所へ訪れた時、そいつ、いや魔王軍が私たち一族を再興させる気などさらさらなく、この婚姻によってわが一族に伝わる竜化の秘術を手に入れようとしていることを私は知ってしまったのです。このままでは、一族の秘術のみが奪われた挙句、我々は滅亡してしまいます。勇者ナオキ様、どうかこの結婚を阻止してください。お願いいたします。」


 そういって、サニアは深く頭を下げた。

 涙こそ見せなかったものの、事情を話す彼女の声は強い悲しみと怒りで終始震えていた。


 たしかに、よくいるテンプレ悪役がやりそうなことではあるが、実際に被害を受けた方としてはたまったものではないだろう。彼らのことを考えると、テンプレ悪役の登場とは言っても素直に喜ぶことができなかった。


 「・・・”秘密の花園”か。厄介な奴に目をつけられたかもしれんの。」


 サニアの話を聞き終え、俺が少し暗い感情にとらわれている一方、エンカも彼女の話に何か思うところがあったのか、何やら小声でぶつぶつ呟いていた。


 一族を救ってくれという依頼内容からある程度覚悟はしていたが、室内に重く、話しづらい雰囲気が漂う。


 すると、目の前に座っているサニアが、なにやら話したいことがあるような様子でもじもじとしているのに気が付いた。表情と首の動きだけで何か話したいことがあるのかと問いかけると、彼女は恥ずかしそうに口を開く。


 「そのー、非常に言いにくいのですが、依頼内容について話し終えたら安心したせいか、無性に湯につかりたい欲が出てきまして・・・。依頼者の身でこのようなことを言うのは大変失礼だと思いますが、湯あみをしてきてもよろしいでしょうか?」


 「ええ、遠慮なさる必要はありません。エンカの魔法で宿屋のものには暗示をかけてありますから、このフロア内はほとんど貸し切り状態で、大浴場も例外ではありません。ぜひ、ゆっくりと湯につかって疲れをとってください。」


 俺がそう言うと、彼女は依頼を引き受けた時と同じくらいうれしそうな表情で、飛ぶように大浴場へと向かっていった。

 あの様子だと結構な間、ろくに入浴することもできないような生活を送ってきたのだろう。初めて顔を合わせた時に、だいぶやつれた表情をしていたことからもなんとなく想像はついたが、おそらく一族を救ってくれる者を探して何日も辛い生活を強いられてきたに違いない。

 今日くらいはゆっくりと疲れをとって十分に休養してもらいたいところだ。


 「おぬしも先に湯あみをしてきたらどうじゃ?何もすることがないなら、その方が効率がよいと思うが?儂はあの娘の後に入るつもりじゃし、少し考えたいこともあるから気を使わずともよいぞ。」


 サニアが部屋を飛び出していった後、特に何をするわけでもなく天井を見つめていた俺を見かねてか、エンカが声をかけてきた。

 たしかに、今日は人ごみの中を歩き回ったし、帰りはサニアを背負って歩いてきているから結構汗をかいている。

 特に今は何もすることはないし、エンカの言う通り、先に入浴を済ませておいた方がいいかもしれない。

 俺はエンカの言葉に甘えることにして、入浴の準備を済ませて部屋を出た。



―宿屋テルホ、大浴場前


 ここにきて、俺はこの異世界召喚で最も難しい決断を迫られていた。

 そう、風呂を覗くか否かである。

 

 テンプレラブコメの王道といえば、やはりお風呂覗きイベント。

 男女が一緒の旅館に泊まり、入浴するとなれば、必ず発生するといっても過言ではないテンプレ展開のエース的存在。

 幸いにして、このフロアはほとんど貸し切り状態で、今浴場にいるのはサニアのみ。

 覗きにいったら、おばあさんの裸で埋め尽くされていたなどというテロ攻撃に合う心配もない。


 しかし他方で、俺の中に芽生え始めた勇者としての責任感が、邪念に歯止めをかける。

 一族のためにあれほどけなげに努力してきたサニアの裸を覗くなんて勇者にあるまじき行為だ、何よりせっかく築いた彼女との信頼関係を破壊することにもなりかねないと俺の頭の中のミニ勇者が訴えかけてくる。


 テンプレ脳VS勇者脳。

 血で血を洗う世紀の大戦に勝利したのは、勇者脳の方だった。

 決まり手は、「ハーレム要因にしてしまえば、後からいくらでも好感度減少なしに裸は見られるし、今は我慢の時だ」というミニ勇者渾身の説得。

 あれ?こいつ、本当に勇者かな?


 何はともあれ、邪念に打ち勝ち何とか理性を保つことのできた俺は、赤い暖簾にのびそうになる手を必死で押さえつけ、青い暖簾のかかった扉を開けたのだった。

 

 覗くことができなかったのは残念だが、考えてみれば大浴場を優雅に貸し切り状態で使えるって言うのもなかなか楽しみではある。

 さっと脱衣をすませて浴室の扉を開け放つと、立派な浴場が視界に飛び込んできた。

 何百人も一斉に入ることができるような巨大な浴槽にはたっぷりと湯が注がれており、高級感のある石で造られた壁や床はピカピカに磨き上げられている。


 さすがは大都会の老舗といわれているだけはある。

 動物をかたどったオブジェの口から湯が流れ出てくるのとか初めて見たぞ。

 ほかの宿泊客には悪いが、こんな大浴場を貸し切りなんてよほどのお金持ちじゃない限りそう簡単にできる体験ではない。この機会を存分に楽しませていただこう。


 湯船につかる前に体を軽く洗っておかなければなと思い、適当な場所に陣取って体を洗っていると、後ろから人が近づいてくる気配がした。

 あれ?大浴場は貸し切り状態じゃなかったのか?

 まぁ、さすがに入浴時を狙って刺客が襲ってくるとも考えにくい。大方、宿泊客の中に暗示耐性がある奴でも紛れ込んでいたのだろう。ここは適当にあしらって、後でエンカに暗示をかけなおしてもらうか。

 そんなことを考えていると、後ろから肩をたたかれた。


 「隣にお邪魔してもよろしいでしょうか?これだけ広い浴場に一人でいるのはどうも落ち着かなくて。」


 男の割には随分と可愛らしい声をしているな?

 というか、つい最近こんな声をどこかで聞いた記憶が?

 背後から聞こえたおよそ男性のものとは思えない美しい声に違和感を感じ、思わず後ろを振り向く。


 ―そこにいたのは、水も滴る絶世の美少女。

 外国の海を思わせる澄んだ蒼色の髪に、意志の強さを感じさせる髪の色とおそろいの蒼き瞳。

 その蒼さを一層際立たせるような透き通るような白い肌に、スレンダーで引き締まった肢体は、まるで高名な芸術家の作った彫像でも眺めているようだった。

 しかし、真っ白な肌は見る見るうちに朱に染まり、突如現れた白い布でほとんど覆われてしまう。


 「な、ナオキ様、どうしてこのようなところにいらっしゃるのですか?」


 竜人族族長の一人娘にして今回の依頼者、サニア・フロストは顔を真っ赤にし、肌をタオルで覆い隠しながら悲鳴を上げた。

 サニアのあまりにも美しい肉体に見惚れていた俺は、その声で正気に戻り、瞬時に状況を把握し事態の深刻さを悟る。


 ・・・まずい事態になった。

 サニアの裸を見れたのはラッキーだったが、このままでは確実に彼女の心証は悪くなってしまう。何とかうまい言い訳を考えなければ。


 そもそも、何でこんな事態になってしまったんだ?

 俺は邪念に打ち勝ち、確かに青色の暖簾のかかった扉に入ったはずだ。サニアがいるはずがない。

 とすれば、変態と罵られるべきはむしろ男湯の方に入ってきた彼女の方ではないか?

 それなのに、なぜ向こうが被害者でこちらが覗き魔であるかのような反応をされなければならないのだ?

 そう考えると途端に気持ちが落ち着き、サニアの悲鳴めいた質問に対しても極めて冷静に答えることができた。


 「それはこっちのセリフですよ。貴方の方こそ何で青い暖簾のかかった男湯の方にいるんですか?」


 一切悪びれる様子もなく、逆に質問をし返してきた俺の姿を見て、サニアはさらに顔を真っ赤にして烈火のごとく怒鳴りだした。


 「何を意味の分からないことを言ってるんですかっ!この世界で青といえば貞淑な女性を表す色、赤といえば情熱的な男性を表す色に決まっているではありませんか。そんなのは稚児でも知っていることです。それを知りながら、青い暖簾のかかった扉を開いたということは、勇者様ははじめから私の体を目当てに・・・。」  


 ・・・しまったー!

 今までご都合展開で言葉の読み書きや会話には困らなかったから意識していなかったが、考えてみればここは異世界。元いた世界と文化や風習が違うのはむしろ当然のことなのだ。

 にもかかわらず、先入観で青といえば男だからと、青い暖簾のかかった扉の方が男湯だと思い込んでしまっていた。


 ・・・これまで異世界で何となく生活できていたことに対する慢心が招いた結果。

 言い逃れしようにも、彼女には俺が異世界から召喚された勇者であるという事情は告げていない。

 ここはイチかバチか、すべての事情を正直に話して、誠心誠意謝り倒すしかない。


 「あのー、いや、俺は本当に青い暖簾を男湯だと勘違いしていたというか。そもそも、俺は元々こことは別の世界、いわば異世界から召喚されたといいますか。とにかく、お願いです。俺の話を聞いてください。」


 しどろもどろになりながらも、なんとか言い訳の言葉を紡ぎながらサニアの方へ歩み寄る。

 必死に作り上げた勇者の仮面はすでに剥がれ落ち、覗きの罪から逃れようと懇願する哀れな男の本性があらわになっていた。

 そんな姿の俺を見て、サニアは心底軽蔑したように俺から距離をとる。そんなサニアを逃がすまいと、俺も離された距離だけ彼女に近づく。

 

 じりじりと歩み寄る俺、逃げるサニア。

 そんなゆっくりとした鬼ごっこも、彼女が壁際まで後退し、それ以上後ろに引き下がれなくなったところで終わりを告げた。

 彼女が小さく悲鳴を上げるが、自分の保身のことで頭がいっぱいだった俺は、そんなことには気付きもせず彼女の方へ近づいていく。


 退路はたった。

 今こそ、俺渾身のジャンピング土下座を炸裂させるとき!これを見て俺の謝罪を受け入れなかった奴はいない!

 逃げ場を失った彼女の姿に、俺はにやりと不敵な笑みを浮かべ、ジャンピング土下座のモーションに入る。


 「ち、近づくな!この変態勇者め!」


 膝をぐっと曲げ、まさに彼女の足元へ跳び上がろうとした瞬間、腹部に強烈な衝撃が走った。

 と同時に、俺の体は浴室のはるか後方まで吹き飛ばされる。

 ばしゃん、とすごい水しぶきを上げながら浴槽に投げ出された俺は、薄れゆく意識の中で自分を襲った衝撃の正体を思い浮かべる。

 

 青く、とんでもない速さでしなるムチのようなもの。あれは、一体何だったんだ?

 まさか、入浴時まで武器を携帯するほど彼女が用心深いとは思えないし、先ほど見た時もあんな武器は持っていなかったはずだ。

 そこで、ふと竜人族について説明したエンカの言葉が思い出される。

 竜人族、見た目はほとんど人間と変わらないものの、ひとたび感情が昂ればその身に流れる竜の血が暴走し、破壊の限りを尽くすといわれている種族。


 ぼんやりとした意識の中で彼女のいた方へ視線を向けると、そこにサニアの姿はなく、彼女の髪と同じ色をした蒼き竜が、暴れ足りないとでもいうかのように尻尾を床に打ち付けていた。

 

 ・・・なるほど、魔王軍が恐れるはずだ。

 竜人族、彼らは感情を昂らせることで竜へと姿を変えることができるのだから。

 自分を襲った尻尾が浴室の床をひびだらけにしている様子を見て、俺は一人納得しそのまま意識を失った。

更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

書きたい内容を書いていったら、思いのほかとんでもない分量になってしまいました。


次回で、サニア編は終了予定です。

更新までしばらくお待ちください。


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