テンプレバトルで何が悪い!?
―人間界、北部、リマジハの村
「おぬし、本当にこんな場所でよかったのか?もっとこう、王都とか、争いの激しい東部辺りに転移した方がよかったのではないか?」
「馬鹿野郎。こういうのは、辺境の村から徐々に名声を上げていって、最終的に王都にお呼ばれするもんだって相場が決まってるんだよ。大体、何の実績もない奴が、いきなり王都に行ったところで、門前払いされて帰らされるのがオチだ。」
装備や、能力、設定を整え、準備を済ませた俺たちは、現在、魔王軍の侵略の手が最も及んでいないとされる人界北部の辺境の村までやってきていた。
エンカからきいた話によれば、この世界には、人類が統べる人界、人以外の種族が統治する異界、神や天使たちの住む天界、魔王をはじめとする魔族たちが暮らす魔界の四つの世界が存在しているらしい。
俺がエンカによって呼び出された魔界は、人界と異界の地下に存在し、魔王軍は魔族の地上進出を目的とし、人界への侵略を開始したという。
現在、魔王軍は、魔界へと通ずる門のある人界南部の制圧を完了し、そこを拠点として、東部、西部、そして王国の存在する中央への侵攻を開始しているとのことだ。
「しかし、いくらそれがおぬしのいうところのお約束だとはいえ、東部や西部の侵攻に手いっぱいの魔王軍が、北部のこんな辺境の村を襲うとは思えんぞ。」
「たしかに、お前のいうことももっともだ。だがな、そちらに手いっぱいだと思わせておいて、北部の制圧を先に完了し、中央に奇襲をかけることができれば、膠着状態にある今の戦況は魔王軍の側に大きく傾く。魔族の中には、お前みたいに転移魔法を使える上級魔族もいるんだから、少数精鋭で北部に攻めてきたっておかしくはないだろう?」
俺の説明に、エンカはそういうものかと適当に相槌を打つ。
それに、エンカには言わなかったが、こういう冒険物では、主人公の行くところに必ず事件は発生する。わざわざ、こちらから火種を探しに行かずとも、火種の方からこちらに舞い込んできてくれるのだ。
・・・そう、思っていたのだが。
待てど暮らせど、事件の一つも起きる気配がしない。
村の周囲を見て回り、村人に何か変わったことはないかと聞きこんでは見たものの、手掛かり一つ存在しない。
唯一収穫があったとすれば、装備品が放つ邪悪なオーラは、善良な村人の皆さんには感じ取ることはできず、エンカが人間界に来るにあたって擬態した子供の姿が、案外村人たちに好評だったということだ。
外見と精神年齢に齟齬が生じなくなったおかげで、ポンコツ感が薄まったのだろうか?
今も、村人からもらったお菓子を、おいしそうにぱくついているエンカを見ていると、どうしてもそんな風に考えざるを得なかった。
「やっぱり、そうそうテンプレ通りの展開とはいかないか。」
能力や、装備品のおかげで、何とかテンプレ路線に軌道修正できたかと思ったが、なかなかうまくはいかないものだ。
まぁ、この世界に着いた時点で、テンプレからはかなりかけ離れていたのだ。今更テンプレ通りにいかないことを嘆いても仕方がない。ここはひとまず、エンカのいった通り、争いの激しい東部へでも行って、手柄を上げるしかないか。
あまりにテンプレ通りに進まない事態に、俺の心はすっかり折れつつあった。
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人界の北部、辺境に位置するリマジハの村は、昔から争いとは無縁ののどかな村だった。
魔界と通じる門のある南部からは最も遠く離れていたし、村の後ろにそびえるイカタ山脈は、険しいことで有名で、人類をはるかにしのぐ身体能力を持つといわれる異界人からの侵略ですら防いでくれていた。
また、村長が王国貴族の遠戚だったこともあり、王国からの庇護は比較的厚く、他国から下手に攻め込まれることもなかった。
故に、人々は争いを知らず、たまにやってくる吟遊詩人の話を聞き、世の中には恐ろしいことがあるものだと、我々はこの村に生まれてよかったと、そんな風に思いながら生活していたのである。
いや、もしかしたら彼らにとって、「争い」というものは、ドラゴンやユニコーンといった空想上の存在と同じく、この世には実在しない、人々の作り上げた妄想といった扱いだったのかもしれない。
村長の娘、ハナ・ケバタもそんな風に考えているうちの一人だった。
大人たちから「近頃、人間の住む世界に魔族が攻めこんできていて危ないから、あまり村から離れるな」と注意されていたが、彼女は今日も、村から出て、少し東に行ったところにある花畑で遊んで帰る途中だった。
魔族なんておとぎ話の中にしか登場しない、大人が子供を怖がらせるための方便だ。
現に、今日も昨日もおとといも、村から離れて遊んでいたけど、魔族なんて見もしなかった。
そんなことを思いながら、西の空を見つめると、すでに日は傾き、空は真っ赤に染まっていた。
日没までには、家に帰っていなければ叱られてしまう、と彼女は家路を急ぐ。
そんな彼女の目の前に、見たこともない真黒な影が立ちふさがった。
彼女の全身に今まで感じたこともない寒気が走る。
よくわからないが、あいつらはやばい、あいつらとは関わっちゃいけない。
自分自身の直観に身を任せ、少しでも早く逃げなければと、彼女は全力で村のある方向を目指す。
やがて、村の門が見え始め、彼女が助かったと安堵しかけた時、彼女の耳に、地の底から這いあがる亡者のような世にも恐ろしい声が聞こえた。
「村まで案内してくれてありがとな、嬢ちゃん。お礼に、あんたは殺さないでおいてやるよ。そこで、仲間の死んでく姿を見てるがいいぜ。」
・・・自分はなんとおろかだったのだろう。とんでもないものを連れてきてしまった。
彼女は、あまりの恐怖と罪悪感に、その場にへたり込んで立ち上がることができなかった。
「悪いけど、魔王のために死んでもらうぜー?」
「キャアー!魔族、魔族よぉー!魔族が攻めてきたわぁー!」
突如、村に響き渡る悲鳴。
それが引き金となり、村中から悲鳴が沸き起こる。
村のいたるところから、ものが壊れるような音が鳴り、子供の泣きじゃくる声が聞こえる。
ほとんどの村人が、他人のことなど気にせず、我先にと村の外れへと駆け出していく。
先ほどまで、「事件?何それおいしいの?」といった表情を浮かべ、のんびりと構えていた村人たちの顔は、今や恐怖で歪み、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
そんな逃げ惑う村人の波の中で、平然とたたずむ少年と少女。
「ほら、あんたたちも早く逃げないと、魔族に殺されちまうよ!」
そんな姿をいぶかしく思った、親切な村人の一人が、彼らに声をかける。
しかし、村人の声が聞こえなかったのか、彼らは全く逃げる気配を見せない。
自分も、他人のことを気にしていられる立場にないのはわかっていたが、救える命を見捨てたとなれば、それはそれで寝覚めが悪い。
そう思って、もう一度声をかけようと、少年の顔を覗き込んだ村人は、思わず小さく悲鳴を上げてしまった。
あろうことか、その少年は、こんな非常事態にもかかわらず、心底面白そうに笑っていたのである。
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「この世界にも、神様ってのはいるもんなんだな。感謝するぜ、テンプレ神。」
リマジハの村での活動をあきらめて、東へ転移すべく、エンカに相談しようとした瞬間、突如、村に響き渡った悲鳴。
それだけ聞いて、すぐにピンと来た。
これはテンプレ神からの、俺に対する試練だと。
逃げ惑う人々の波に逆行し、騒ぎの中心地である村の門へと急いで向かう。
そこには、魔界でも見た様々な雑魚モンスターたちを引き連れた、いかにも頭の回転の速そうな顔をした悪魔と、それとは対照的に、粗暴で頭の回転は鈍そうだが、屈強な体を持ち、顔には残虐な笑みを浮かべたトカゲのような姿をしたモンスターがいた。
「あやつらは、魔王軍の中堅幹部、べリエル・アスパルテーム伯爵と、リザードマンの戦士、アセス・ルファムじゃ。いずれも、魔王軍の中ではかなりの実力派といわれておる。」
「なるほど。相手にとって不足はなしってことか。」
すると、逃げ惑う人々の波を逆走してきた俺たちの姿に、向こうも気が付いたのか、リザードマンの戦士アセスが声をかけてきた。
「なんだ、お前たち?何で、わざわざ俺たちの方に向かってきやがったんだ?もしかして、うわさに聞く自殺願望者とかいうやつか?そんなに死にてぇなら、お望み通り殺してやるぜ?」
「トカゲの割には、少しはましな冗談を言うじゃないか?」
アセスの挑発に、こちらも挑発で返す。
こういう好戦的な脳筋野郎には、こういう安い挑発が一番効く。
「あぁん?てめぇ、誇り高きリザードマンをトカゲ呼ばわりとは、ずいぶんいい度胸じゃねぇか。二度とそんな減らず口をたたけないようにしてやるぜぇ!」
俺の挑発が相当頭にきたのか、俺の思惑通り、アセスはべリエルの制止も聞かず、唸り声を上げながらこちらへ向かって突進してきた。
それに合わせて俺も、右腕を覆っていた包帯を左手でほどき、リザードマンに照準を定める。
雑魚相手にしか使ったことの無いこの力が、上位モンスター相手にどこまで通用するか試させてもらうぜ。
「煉獄魔炎!」
俺がそう叫ぶと同時に、右腕から炎の槍が伸びる。
直輝に向かって突進していたアセスは、突如出現した炎の槍を躱すこともできず、突進の勢いを殺すこともできないまま、炎の渦にのみこまれる。
ジュッと、何かが焼ける音がしたかと思うと、そこにはもう彼の姿はなかった。
突然、姿を消した指揮官に慌てふためく雑魚モンスター達。
それを手で鎮めると、もう一人の指揮官であるべリエルがこちらへ向かって口を開く。
「今のは、ルシファー家に伝わるという煉獄の火炎魔法。それを操るとは、貴様いったい何者だ?」
「俺か?俺はポンコツ悪魔に召喚された、ただのしがない高校生さ。」
俺の受け答えに、自分がおちょくられていると思ったのか、冷静なべリエルの顔にも怒りが浮かぶ。
「この男は私がやります。貴方たちは、この先に逃げた人間どもを始末しに行きなさい。」
部下として引き連れてきた雑魚モンスター達に指示を飛ばすと、べリエルは腰から剣を引き抜き、こちらへ切りかかってきた。
「エンカ、そっちは任せた。」
「言われなくとも分かっておるわ!」
雑魚モンスターの処理をエンカに任せ、べリエルの斬撃を何とか躱す。
「いくらあなたの能力が強力だとはいっても、これだけの斬撃を躱しながら、私に狙いを定めることはできないでしょう?」
事実、奴の剣の腕はすさまじく、攻撃を躱すので精いっぱいで、煉獄魔炎を使うどころではない。
かくなる上は・・・。あまり気は進まないが仕方がない。
俺は、腰に下げた漆黒の魔剣に手を伸ばし、一気に鞘から刀身を引き抜く。
べリエルの放った強烈な一撃を、魔剣を握った右腕は軽々と受け止めた。
「よもや、魔剣ディアスまで扱うとは。」
べリエルの表情が驚愕に変わる。
先ほどまで直輝の防戦一方だった戦況が、魔剣ディアスの働きによって、徐々に拮抗状態に持ち込まれていく。
しかしながら、いくら悪魔化した右腕で振るおうとも、単なる高校生に過ぎない直輝では、魔剣を長時間にわたって、超人的な速さで繰り出すのには限界があった。
直輝の顔には、徐々に疲れの色が見え始め、一方のべリエルの表情には、まだまだ余裕がうかがえる。
「しまった!!?」
やがて、疲れから一瞬反応が遅れた直輝の隙を突き、べリエル渾身の斬撃が放たれる。
斬撃はそのまま直輝の体に直撃し、べリエルの手に確かな手ごたえを伝えた。
「さすがは剣聖ディアボロスの遺志が宿るといわれる魔剣。この私と互角、いやそれ以上にわたり合うとは。しかし、悲しいかな。使い手が未熟では、どんな名剣もただの鈍らにすぎん!」
そのまま大地に倒れ伏した直輝の姿を見て、自らの勝利を確信したべリエルは、高らかにそう宣言する。
―次の瞬間、彼の胸から鮮血が吹き出した。
背後から感じた鋭い痛みに、彼は信じられないといった表情で後ろを振り向く。
「ばかな、き、ぎさまは、いまめのまえで・・」
「残念だったな、お前が今倒したと思っていたのは、俺の影だ。」
見れば、先ほどまでべリエルが見ていた直輝の姿は、まるで幻かのように黒く薄くなっていき、空気と同化していくところだった。
―影武者外套
エンカが、俺のためにと用意した装備品のうちの一つだ。
術者が致命傷を負いそうなとき、術者そっくりの幻影を作り出し、相手に術者を仕留めたと錯覚させる。
ざっくりいえば、身に着けているだけで、忍法身代わりの術が発動する装備品とでも思ってもらえればいい。
俺は、この装備品で作り出した身代りを盾に、べリエルの一撃を避け、奴が俺を仕留めたと油断した瞬間を狙って、背後から魔剣を突き刺したのだ。
「そんあ、けんおうとしょうされた、わたじが、にんげんにおくれをとるなど・・・」
べリエルの体に刺さった魔剣をひと思いにふり抜くと、奴は断末魔の叫び声をあげ、やがて絶命した。
「おーい、ナオキー。こっちは終わったぞー。」
手を振りながら、こちらへ向かって駆けてくる少女姿のエンカに、こちらも終わったところだと手を振り返す。
終わって見れば、圧勝といえなくもないが、想像以上に精神的にも、肉体的にも辛い戦いだった。
特に、べリエルとの戦いは、装備品の力に助けられたところもかなり大きい。
・・・今後の戦いのためにも、なるべく早い段階で魔剣ディアスを扱えるだけの体力と筋力をつけなければ。
「お兄ちゃん、だれ?」
勝利の余韻といえるほど素晴らしい戦果ではないが、とりあえず勝利をおさめられたことに、俺たちがわずかな安堵を感じていると、目の前に見たことの無い幼女が立っていた。
彼女の涙にぬれた瞳からは、およそ人間ではない力を使って魔族たちを倒したお前は何者なんだと、そう問いかけているのが分かった。
不安そうに返答を待つ幼女に向かって、俺はこの村へやってきた時から考えていた、とっておきの名乗り口上を上げる。
「俺の名前は、ナオキ・イッシキ。魔王討伐を志す、しがないただの冒険者さ。」
テンプレバトル展開を書こうと思って書いたら、コメディー要素が皆無になりました。また、基本一話完結を意識して書いているため、それに伴い、字数も少し多くなってしまったかもしれません。ごめんなさい。
次回は、新ヒロインが登場する予定です。