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あと少し

フェルディナ侯爵に嫁ぎ、両家の跡継ぎを産むこと。

それを拒むのなら、お前達姉弟に施した教育や治療に掛かった費用を全て返却すること。


それが、テスラ公爵がメルリナに命じ、すぐ後に『遺言』という形でメルリナを縛り付けた言葉だった。

アスランが魔法使いだと、初めての挨拶にと王宮を訪れた際に、偶然客人として滞在していた魔女によって暴かれた、すぐ後の事だった

初めは、誓約書という名前でメルリナに示されたそれには、魔女によって術が施されていた。

反すれば罰が降る。

そんな効力を施された誓約書はメルリナに逆らうことを許さなかった。

結婚しない場合に請求される金額は、途方もないもので15歳になったばかりのメルリナには支払えるようにする方法さえ思い付けなかった。


身に着ける装飾品に、生活を彩るもの。

メルリナ達が必要を感じないようなものまで、最高級品で揃えたテスラ公爵。それが、公爵位にある貴族として有るべき姿なのだとメルリナ達は教えられた。

教育を、と何人もの教師も屋敷に招かれた。

常識的知識から礼儀作法、メルリナには裁縫などの淑女の嗜み、アスランには帝王学に馬術や剣術など、毎日のように、詰め込むように教育は行なわれた。

それ以外にも、シルディオの医師代、薬代も、メルリナ達が目を剥く程の値段がかかっていたのだろう。


今では想像も出来ないことだが、シルディオは体が弱かった。すぐに風邪を引くし、寝込むことも多かった。公爵家に引き取られ、公爵が名医と名高い医者に診察させたり、効果が高いという値の張る薬も多く取り寄せた。それによってなのか、シルディオは公爵家に来た後は体の調子が良く、アスランが魔法使いの修行に出た後にはアスランの代わりだといわんばかりに活発に動き回り、メルリナを慰めていた。その頃には、貴族の子女が通う学園にも入り色々と注目を集めて、それまでとは違う心配をメルリナにかけるようになっていた。


「あなたにも大変な思いをさせてしまったのよね。」


部屋に戻り、少ないながらも自分の荷物というものを一つのカバンに詰め込みながら、メルリナは言った。それは、メルリナの私室に備え付けられている机に向かい、メルリナが『遺言書』と読んでいる『誓約書』を広げて手を忙しなく動かしていた。

『誓約書』にかけられた魔術を解いているとアスランは言うが、弟達とは違い魔術の素養を持たないメルリナには、ただ一枚の紙の上で手を意味もなく動かしているとしか見えなかった。


「えっ?何が?」


その作業に集中していたアスランは、顔を上げて目を大きく瞬いてメルリナを見た。

「魔法使いの修行はそう簡単なものじゃないって聞いたわ。それに、解除の魔術は難しいものなんでしよ?」

「…そうでもないよ。」

メルリナに難しいと言われた解除の魔術に意識を戻しながら、アスランはメルリナにそんな不要な話を吹き込んだのは誰だろうと思いを走らせていた。

「それに、姉さんの方こそ大変だったなんてもんじゃないだろ?」


アスランが魔法使いだったせいで。

魔法使いのくせに、魔女が施した『誓約書』の魔術を解くことが出来なかった。

誓約書にあった条件を果たしてメルリナを解放することも出来なかった。


アスランとシルディオの後悔は大きい。


「でも…大変って言う程でも無かったのよ?」


弟達が必死になって姉を解放させようとしていたことは知っている。

けれど、メルリナはそう思わずには居られなかった。


「姉さん…」


「グレン様は良き夫だったの。そ、そりゃあ、女の人からの呼び出しに出て行ってしまう事は辛かったし、どんなに否定しても、重要だって言われた方と仲良くなっても陰口がなくならなかったけど、でも言葉が少ないけど優しいところもあったのよ?子供達も、あんまり関わることは出来なかったけど、私のことをちゃんと母様って呼んでくれるし。」

荷物を整えていた手が止まり、メルリナは此処ではない何処かを見る目に柔らかな笑顔を浮かべている。そして、ハッと目を覚ますとアスランを振り返った。

「ごめん。二人が頑張ってくれた事はとても嬉しいの。貴族の奥様って大変だもの。バーニ先生の教えを守るのは息苦しくて、子供達と遊ぶことも出来ない。何より、陰口を叩かれているって分かってても何も言い返しちゃ駄目なんて、私には耐えられない。だから、自由になれるのは嬉しいわ。」

わかってるよ。アスランは、机の上の紙に視線を集中させながら笑顔を作り、そう言うしか出来なかった。


振り返ったままのメルリナに見守られる中、机の上に広げられていた紙が真上に差し出されているアスランの腕を巻き込むような青白い炎を上げ、燃え上がった。

「アスラン!?」

「大丈夫。これは、解除されたって証みたいなものだよ。」

青白い炎は一瞬にして消え、アスランが言う通り、その腕は火傷一つ無い状態で机の上に浮かんでいた。

「よし。姉さん、色々と用意が他にもあるから僕は出てくるよ。姉さんはゆっくり準備しててよ。」

「分かったわ。…変な事はしては駄目だからね。」

満面の笑顔でアスランは立ち上がり、部屋の窓へと歩いていく。

「分かってる。騒ぎは起こさないから安心して。」

いまいち信用しづらい言い方だったが、メルリナが注意をしようにも、その時にはアスランの姿は部屋の中には無かった。パタンッと窓が閉まる音と、ほんの少しだけ風が入り込んできたという事だけで、アスランが窓から出て行ったことを物語っていた。

「もう。窓から出入りしちゃ駄目って叱らないと。」

アスランが出て行った窓を見つめ頬を膨らませるメルリナだったが、そんな普通な会話ややり取りがこれからは出来るのだと思うと、その膨れた頬も緩んでいった。

メルリナが生まれ、幼い頃を過ごした街では普通だった家族の在り方を、メルリナはずっと忘れずにいたのだから。


アスランが居なくなった後、メルリナの手は休む事なくカバンに荷物を積めて整えていく。

服はいらない。

侯爵家の奥方として相応しい姿は、市井で生きるには不要なものだ。

装飾品もいらない。

売ればそれなりになるだろうが、それをすれば厄介事に巻き込まれるだけだろう。


市井に持っていっても、一張羅としてなら使えそうな簡素な服を数着。

後は、タオルや小物、思い出のあるものをカバンに詰めていく。

そして、4年前にグレンと三人の子供達、アスラン、シルディオと一緒に描いてもらった絵を詰め込まれた荷物の一番上へと乗せる。


もう二度と会いはしない。関わりはしない。

でも、これだけは持っていくことをお許し下さい。


そう、メルリナは小さく呟いていた。




カタッ

絵を見つめ物思いに耽るメルリナには、部屋の扉がゆっくりと開かれた音は届かなかった。

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