終わりの足音
拙い話をお読み下さる読者様方に感謝申し上げます。
「それで、アスラン。仕事は何なの?賃金は?臨時給金や休みは?何処に住むの?」
話をはぐらかせようとするメルリナ。その顔には、また笑顔が浮かんでいる。今度のそれは、メルリナの本当の笑顔だった。
アスランも、そんなメルリナに合わせて本当の笑顔を返していた。
「王と契約したんだ。」
「王って、リーグレイ陛下と?」
「そう。主な任務は国防ってところかな?国の中に居れば何をしていてもいいって言うし、成果を上げれば臨時給金もたっぷり貰えるんだ。」
ニヤリっと口元を引き上げ、アスランは指で丸を作り出した。それは、平民が使うあまり行儀の良いとはいえない表現だった。
「やっぱ、技術職っていいね。おっさん達が手には職をって言ってたのは本当だったよ。修行が終わりそうって噂になっただけで、色んな国から誘いが来て大変だったんだよ。リーグレイ陛下と契約するって宣言した時のギスギスした空気って言ったら。」
カラカラと笑うアスラン。とても楽しそうだなと、メルリナは思った。
「それは、そうよ。魔法使いだもの。リーグレイ陛下だって、魔法使いの重要性は充分に理解しているわ。」
アスランは魔法使い。
それが分かったのは、アスランが12歳の時だった。そして、アスランが魔法使いだと分かったせいで、テスラ公爵は遺言を書き、その内容をメルリナに知らせた。メルリナが驚きから覚めた頃には、後継者として帝王学を受けていたアスランは屋敷を追い出され、師となる魔法使いの元へ修行に向かい、メルリナはグレンと結婚することになっていた。
どうしてなのかはメルリナには聞かされなかった。瞬く間に全ての話は終わり、アスランは消えていたし、メルリナとグレンの結婚式も終わっていた。そして、その後すぐにテスラ公爵が亡くなったから。メルリナは、その理由を何も知らない。でも、一度だけ理由では無いかという言葉をテスラ公爵の口から聞いていたことをメルリナは白いベールの中で思い出していた。
「魔法使いは嫌いだ。」
テスラ公爵が年若い頃、幾つかの国が同盟を交わして魔法使いと戦った事がある。たった二人の魔法使いに、大軍だった同盟軍は壊滅したのだと歴史書にも記されている。
それが理由なのではないのかと、メルリナは今でも信じている。
魔力を操り奇跡を起こし、人とは比べようもないくらいの長い時間を生きる魔法使いは、世界でも希少な存在だ。
一人の魔法使いの忠誠を得ることが出来たのなら、国はそれまで以上の繁栄を得ることが出来ると約束されるとも言われている。
しかし、魔法使いは人では計り知れない考えや生き方をしている者が大半で、彼等の忠誠を得ることなど夢物語だとも言う。だから、まだ人としても年若い、修行を終えたばかりの魔法使いの獲得に各国は力を尽くす。そんな若者ならば、まだ人としての常識や欲望が通じるからだ。だが、ただでさえ少ない魔法使い。一人の王の在位中に新しい魔法使いが何処かの国で一人生まれれば多いほどだとも言われている。
メルリナにとって可愛い弟のアスランは、そんな魔法使いだったのだ。
そういえば、とメルリナは思う。
気張らしにと出掛けた植物園や湖畔の別荘地に静養に出掛けた際、アスランの事を聞いてきた人達がいた。何が好きかとか、そんな事を聞かれたが、彼等も魔法使いが欲しかったのだろう。他の場所で見ることのなかったその顔は、他国の方々だったのだろうか。そんな事をするくらいなら、アスランの所に直接赴けば良かったのにとメルリナは呆れたことを覚えている。
「そう。だから、陛下にしたってのもあるんだ。元々、この国に帰ってくるつもりはあったんだ。でも、契約するとは決めてなかった。だけど、陛下は僕の所に直接会いに来て、色々と話をしていった。他の国が使者やら部下を送ってきた中で、国の王が自分の足であんな辺鄙な場所に来たなんて陛下だけだったんだ。」
ほら、やっぱり。アスランは、そういうやり方を好むのだ。
「そういえば、グレン様が半年くらい前に陛下の護衛の為に留守にされた事があったわ。」
「あぁ、それだよ。陛下と一緒に居たし。」
コンッコンッ
小さく扉が叩かれ、侍女の声が聞こえた。
「メルリナ様。シルディオ様が…」
「姉さん!!たっだいま!!」
閉じられたまま告げる侍女の声を遮り、扉を大きく開け放って入ってきたのは、この場に居る筈の無い弟だった。
「シルディオ!?」
「お前、今度は何をやらかしたんだよ。」
メルリナは驚き、ただ弟の名前を呼んだ。アスランは、呆れた顔でシルディオの事を睨み上げた。
これまでも、留学中のシルディオがメルリナの所に来たことはあった。ただし、何処かの王族の娘に求婚されただの、闇の組織に目をつけられただのというトラブルを引き連れての事だった。
だからこそ、アスランはまたそんな所だろうと考えたのだ。
「ひっどいなぁ。何にもしてないって。今回は、姉さんにプレゼントしたいものが出来たから来ただけ。明日には学園に帰るよ。」
「プレゼント?」
「うん。はい、コレ。」
シルディオが荷物から取り出したのは小さな袋。その口が広げられ、座るメルリナの膝の上にバラバラと袋の中身が落とされた。
色とりどりの煌く石が、メルリナの膝の上で光を反射して輝いていた。
「し、シルディオ。これって。」
「ダイヤモンドだよ。ちょっと、鉱山を貰ってさ。」
「こ、鉱山!!?」
シルディオは色々な人から贈り物を貰ったとメルリナやアスランに嬉しそうに教えることが今までにも何度もあった。それは、遠方の人気なお菓子店の限定菓子だったり、近隣諸国では咲かない花だったり、人気の装飾師による服や装飾品一式だったり。その度に、しっかりとお礼をしなさいとメルリナとアスランが一緒になり、お礼の品と用意し、お礼状を書いたりした。だが、今回の鉱山は今までとはレベルが違う。
「返してきなさい!!」
「お前、貞操だけは守れって言っただろ!!」
シルディオに詰め寄りたくても、膝の上にばらまかれたダイヤモンドが一粒でも落ちたらと思うと動くことも出来ず、声を張り上げることも出来ず、抑えた声で叱りつけた。
アスランはといえば、立ち上がりシルディオを殴り付けようとするも、シルディオに避けられ舌打ちを溢していた。
「ちょ、大丈夫だって。変な人から貰ったんじゃないから。勘違いしないでよ、兄貴!!」
舌打ちをしながら、避けたシルディオを睨み付けるアスラン。兄の鋭い眼光を向けられ、シルディオは目に涙を滲ませて宥めようと声を張り上げた。
「たまたま助けた爺ちゃんがいて、その人から礼だって言われて貰ったんだよ。」
「そんな、ほいほいとくれる物では無いだろ。」
シルディオは弁解するが、メルリナもアスランも信じようとはしない。
それもそうだろう。ダイヤモンドが取れる鉱山を、助けられたからといってホイホイ人に渡すなんてことはあり得ない。
「でも、くれたし。書類とかにも不備は無かったよ。ちゃんと読んで細工は無いことも確認したし。信頼出来る人に管理は任せてきたから安心だよ。」
シルディオは17歳。色々とトラブルに巻き込まれたり、その中心だったりする子供だったが、こんなにもしっかりしているものなんか。メルリナは弟の将来が心配になり、額に手を置いた。
「俺ってば、金持ちになっちゃった。」
そんな姉の心配も知らず、シルディオは嬉しそうに笑っていた。胸を沿って笑うその姿は、ドヤ顔というものだろう。
「じゃあ、もういいって事ね。」
メルリナはポツリと言う。
それを隣で聞いていたアスランはにんまりと笑みを浮かべ、メルリナが膝の上で握り合わせた手に自分の手を重ね「そうだよ、姉さん」と優しく囁いた。
その様子に状況が分からず首を傾げたシルディオだったが、メルリナの結婚に関しての事情をよく知っているだけあって理解は早かった。
ドヤ顔を浮かべていた顔は、瞬時に引き攣ったものへと変化した。
「ね、姉さん…」
心ここにあらず、と表情から色を無くしたメルリナ。そんな姉に、シルディオは焦った声を掛けようとしたが、それはアスランに睨まれることで呑み込まれ音を無くすことになった。
「これはいけませんね。」
そんな仲の良い姉弟達の会話を、扉の外で執事キールは溜息を吐いて聞いていた。
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彼女、貢がせてもいるらしいのよ。
そういえば、時々驚くようなものを夫人の所に持ち込む若い男が居るって噂よね。
そうそう。お菓子にお花、どれもこれも珍しくて高価なものばかり。
彼女の何処にそんな価値があるのかしら。
まぁ、口が過ぎるわよ。
だって、ねぇ。
あるわよ。だって、彼女は次期テスラ公爵の母になるんですもの。それにしても、彼女には弟が居なかったかしら?
いいえ。居ないわよ。何を言っているの、貴女。
そう…そうよね。居ないわよね、弟なんて。