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姉として

いいですか、メルリナ様。

貴女は生粋の貴族ではない。

そのことを忘れてはなりません。

生まれながらの貴族ではない貴女は。私の教えを一時も、そう寝ている時でさえ忘れてはならないのです。

教えを忘れ、それを誰かに見られた時、貴女達姉弟はあの地獄のような場所に戻ることになるのですよ。



メルリナは生粋の貴族ではない。

いや、その体に貴族の血は流れている。だが、彼女が生まれたのは、使用人が身の回りを全て整えてくれるような屋敷ではなく、国でも問題視されている貧困街の中にやっとのことで建っているボロボロの建物の一角だった。

メルリナが三歳の時に弟を産み落とし母は死んだ。

八歳の時に、父が姿を消した。

当事、二歳になる父にそっくりな、初めて会う弟をメルリナ達の下に残して…。

それから二年、メルリナは弟達を守り、貧困街を生き延びた。

貧しくとも優しい心根と強い仲間意識を持っていた住人達の助けを得ながらではあったが、その暮らしは苦しいものだったのは言うまでもない。

そんな暮らしが一変したのは、十歳の時。

メルリナ達の所に死んだ母親の父だという老人が現れ、メルリナ達三人を住み慣れた街から連れ去ったのだ。

連れ去られた先にあったのは、それまで見たこともないようなきらびやかな建物、身綺麗な女達、乱れ1つない服装の男達だった。





アスラン‼


その瞬間だけ、メルリナは貴族たれという教えを忘れていた。

執事や侍女達の目がある事を忘れ、青年に抱き付いたメルリナ。

抱き付かれた青年、アスランも胸を押し付けるように抱きついてきたメルリナの、その背中に迷うことなく腕を回し力を込めて抱き締め返した。

その光景を知らぬ者が見たのなら、愛する恋人との再会を喜んでいるという図だと思うだろう。


「どうしたの、いきなり?連絡も無いなんて!!」

責めるような口調になっているが、抱き締めたままの腕は力を弱めることが無く、アスランからは見えないメルリナの顔には滅多に浮かべることのない無邪気な笑顔をあった。

「ごめん、ごめん。驚かせたくて黙ってたんだ。」

アスランも、メルリナが本当に怒っているのではないと分かっている。

メルリナの背中を優しく叩き、抱きついているメルリナの体を離れさせると、メルリナと目を真っ直ぐにあわせて笑顔を向けた。

「ただいま、姉さん。」

「おかえり、アスラン。」




祖父に引き取られたメルリナ達姉弟は、それまでの生活からすれば夢のような暮らしを送ることになった。街の人達がいけ好かない男が来たと言っていた祖父は、テレス公爵という王家にも繋がる大貴族だったことを、メルリナはしばらくしてから知ることになった。

貧困街でお腹を空かせて日々を送っていたメルリナ。自分達がそんな雲の上の大貴族の血を引いていたなんてと驚き、何度も何度も弟達に自分の頬を抓らせたこともあった。

姉弟達に祖父である公爵は家庭教師をつけ、厳しい教育を施した。

メルリナには淑女として徹底した教育を。アスランには公爵家を継ぐ為の帝王学を。そして、公爵家の血を引いていない末の弟には、公爵家に迷惑をかけないように貴族子弟が受ける当たり前の教育を。

慣れない生活に涙を流す事もあった。三人で寄り添って眠り、はしたない事だと叱られたこともあった。

それでも、それなりに幸せな時間であったとメルリナは今も思っている。




気を利かせたのか、執事も侍女も、そして子供達も立ち去った応接室で横並びでソファーに、メルリナはアスランと手を繋いで座っていた。

「それにしても、どうしたの?」

アスランが公爵家を追い出されるように王都を離れたのは8年前。メルリナが結婚する少し前の12歳の時だった。それからは、年に一・二度顔を見せることがあっただけで、手紙を送りあうだけだった。

「見習い期間が終わったんだ。それで、王都で仕事をすることになったんだよ。今日は、その挨拶。」

「本当!!?」

メルリナは再びアスランに抱きつこうとした。

しかし、今度はアスランもそれを押し止めた。

「アスラン?」


「ねぇ、姉さんは今、幸せ?」


「幸せよ?」

アスランが何を考えて、そう言ったのか…。メルリナは分かっていた。だから、今メルリナが出来る最大限の笑顔を作り出した。

「貴方達二人も元気だし、子供達も元気で良い子だし。何より、寝るところごあって、ご飯は美味しいし、着るものにも困らないもの。」

笑顔のままに、メルリナが幸せだと思うことを言っていく。

それが、すぐに言い終わってしまう程少ないことを、その内容が平民が言っているような、仮にも貴族の妻が言うことではないのだと、メルリナは気づいてはいない様子だった。

それが、アスランからは痛々しいものに見えているなんて、露にも思わずにメルリナは笑顔のままでいた。

そんな姉の笑顔に、アスランは修行先からの道中でずっと考えていたことを口にした。

「姉さん、もう大丈夫なんだよ?僕の就職先、賃金はたんまり出してくれるんだ。色々と頑張ったら色を付けてくれるって約束だし。だから、あの爺の遺言を大人しく守ってる必要は無いよ?」

それは、メルリナの頭を震わせる、とてもとても甘い呟きだった。

誰か、訳知り顔の他人に言われていたのなら、鼻で笑うか、手近いある物を投げ付けるくらいはしただろう。

だが、それを口にしたのはアスラン。

メルリナにとって大切な守るべき弟で、メルリナと同じ先代テスラ公爵の身勝手の被害にあった被害者だ。

メルリナは、ただ素直に「そうだよね」と呟いていた。


メルリナの脳裏に過っていくのは、顔が真っ黒に染まった両親、二人の弟達、そしてグレンだった。



「ダメ。」

「えっ?」

「まだ、駄目よ。貴方がもう大丈夫なのは分かった。私も、どんな仕事をしても生きていけるから大丈夫。あの街に戻ってもいいんだし。でも、シルディオがまだ駄目でしょ?」


隣国の学園に留学している弟の姿を思い出す。

最後に会ったのは半年前。隣国へ任務で赴くというグレンに誘われたメルリナが同行し、アスランも都合を合わせて、久しぶりに姉弟で顔を会わせることが出来た。

待ち合わせに使ったのは、シルディオが通う学園の近くにある小さな店にしていた。そして、時間に遅れて現れたのは、数人の少女と周囲に纏わせ、数人の少年を引き連れた弟だった。小さな店には全員は入りきらず、二人の少年を除いた者たちは店の外から中を伺っている状態で、メルリナがシルディオと絡む度に息苦しさを感じる視線を送ってきていた。


「あいつは色々と大丈夫だと思うけど?」


「駄目。私も色々と大丈夫だとは思うけど、シルディオはまだ学生。学費に家賃、生活費、お金は必要じゃない。それに、遺言が実行されても逃げられない。」

お金持ちの子女らしき少女を侍らせた姿は、貧困街でお世話になった"お姉さん"の姿に重なった。きっと、何かあっても"お姉さん"のようにのらりくらりと潜り抜けるだろうと、メルリナも予想出来ている。

けれど、それでも、シルディオは間違いなく学生という身分なのだ。

アスランやメルリナのように、逃げることが出来ないかも知れない。

そう、メルリナはアスランに主張する。


「だから、まだ…」




メルリナが手に力を込めた。

その整えられた爪がアスランの手に食い込んだが、アスランはそれを絶対に顔には出さなかった。ただ、笑顔が消えてしまった姉の顔を見詰めていた。

……………………………………


彼女、屋敷にまで若い男を連れ込んでいるのですって。


あらあら


いくら公爵家の出だからって、ねえ。


そうそう。公爵位といっても落ちぶれた家。王の厚い信頼を得ておられるフェルディナ侯爵家に大きな顔が出来るだなんて、本当に思っているのかしら。


だって、ほら。あの方は…。


そうね。氏より育ち、ですものね。

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