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はた迷惑な魔法使い達

「ど、どうして此処にいるんだ、アスラン。」


真っ赤に染まった額を晒し、涙を滲ませた目で友であり部下である宰相達を睨みつけていた国王リーグレイ。そして、睨まれているというのに主君を指差して笑っている、明らかに酔っ払っていると分かる宰相達国の重鎮。

猫のように部屋の隅の暗闇からスルリと姿を現したアスランが訝しげに「何やってんの?」と首を傾げていた。

アスランの突然の出現に驚いたリーグレイ達であったが、魔法使いが神出鬼没という事をアスランとの契約をもぎ取る際に思い知っていた為、剣を抜く事も無かった。

アスランが魔法使いと判明する以前から、公爵家の後継者として何度も王宮に出入りしていたアスランとは面識はあった。それ程、悪い関係でも無かったと言えるだろう。だというのに、それと契約とは何の関係も無いといわんばかりに行なわれた振るい落とし。その困難を潜り抜け、守護の契約をもぎ取ったリーグレイには、今更アスランに対して驚くような事は無かったと豪語している。


豪語していた筈だった。


だが、一瞬の沈黙が落ちた後、リーグレイは大声を上げ、目を見開いてアスランを見上げていた。

その声は驚きのあまり震えてしまった。

「姉さんを師匠と父さんの所に連れて行くって言いに来たんだけど?」

事も無げに答えたアスランは、何故驚くと首を傾げた後に周囲を見渡し、そこに居る筈の一人の姿が無いことに気がついた。

「…義兄は何処に?」

「グレンなら走っていった。お前が屋敷に居るならと思って放っておいたんだが…」

宰相が答えた。

何か、色々と禁じていた事をやらかしそうな様子だったが、屋敷にアスランが居て無茶は出来まいと対して止めもせず、酒に酔った頭で痛みを訴えるリーグレイをからかう事を優先していたのだ。

宰相も、屋敷に居ると思っていたアスランの姿が目の前にあるという事を考え、スゥッと火照った頭が覚めていく感覚に背筋を振るわせた。

「キールから連絡が来たんだ。」

「あの執事、余計な事を…。」

アスランは舌打ちをして苛立ちを隠せない様子だった。

「まぁいい。こんな事もあろうかと、シルディオに見張ってろって言っておいたからな。今頃、あいつに足止めを喰らっている頃だろう。」

アスランはシルディオを信頼している。出なければ、自分の命を預ける事になる使い魔に弟を使ったりしない。力も強くて、自由気ままに理不尽な命令を下す事が出来る存在を見つければいいだけの話だ。もしくは、その都度使い捨てにすればいいだけなのだから。

「えっ、行かせちゃったけど?駄目だった?」

「…なんで此処にいるんだ、シルディオ。」

先程、リーグレイから言われた言葉が自然とアスランの口から出ていた。

屋敷の外で待機。もしもアスランの不在の間にグレンが来る事があったらな全力で、まぁ死なない程度に排除しておけと命令していた弟が窓から音も無く入ってきていた。

「…まさか…姉さんの所に…」

「あの女の名前って、任務の符丁だったんだって。良かったじゃん、浮気じゃなくて。これで姉さんが悲しい思いしなくて済むよ。魔法が解けたら安心して帰って来れるね。」

兄が絞り出した言葉も、引き攣った顔にも気づくことなく、シルディオは満面の笑顔を浮かべて兄へと近づいていった。

その笑顔からは、軍の一個小隊さえ瞬時に壊滅させる事が出来る使い魔とは思えない、まだ大人にも成りきれていない17歳なのだと分かる無邪気さを感じさせた。


「ハハハ。何してるのかな、この脳筋。」


アスランが近づいてくるシルディオの顔に拳を入れようとした。

「ちょ、何すんだよ、兄貴!!?」

「何って?それは、こっちの言葉なんだけど?お前は俺の就職先を消し去るつもりかぁ?!」

「兄貴、兄貴、言葉が昔に戻ってる。消し去るって、何の事?別に、魔法の事を口にしなければ普通にイチャイチャしても大丈夫だろ、姉さんと義兄さん。口にしたって、姉さんが忘れちゃうだけだし、言った奴が変な事考えてたら大事になるけど、義兄さんがそんな事考えてる訳無いし。問題無いじゃん。」

アスランの拳を受け止める事は、戦闘に特化しているシルディオには簡単な事だった。

だが、冷静な自分を作り出しているのが常である兄が放つ気迫に押され、周囲にいるリーグレイ達の放つ重苦しい空気に、自分が何か馬鹿な事をやらかしてしまった事を悟り、冷たい汗を流した。


その様子と言葉に、アスランは少しだけ冷静さを取り戻した。


そして、まさかという思いを抱きながら、グレンが魔法使いを使って父親がメルリナに施した魔法に中途半端に手を出したこと。それによって、魔法の効果がグレンに対してのみ悪化した事をシルディオへ伝えた。

「えっ?何それ。そんなの俺聞いてない。」

その言葉に嘘偽りが一切無い事がシルディオの呆気にとられ驚いている表情から窺えた。

「…言ってなかったか?」

おいおい、と思ったのはリーグレイ達。

傍から見ていても、愛人説が出るのも頷ける程に仲が良い姉弟達だ。言わなくてもいいことまで共有してそうだと思っていたのに、そんな重要な事を末の弟は知らなかったと言う。姉弟で一番しっかりしているアスランも呆気に取られて、それまで全身から怒りの感情を放っていた事さえ忘れてしまっている。

だが、あっさりと怒りを納めてしまう辺り、頭の何処かで心当たりが引っかかっているのだろう。自らに掛けられた冤罪を晴らそうと、シルディオが口を開いた。

「それって、何年前の話?俺が留学する前までは普通だったよね。じゃなかったら、ヒスト生まれる訳無いし!」

メルリナが四年前に産んだ、三人目の息子。その一年前にシルディオは隣国へ留学していた。


愛する人に愛を示す事が出来ない呪い。


それがグレンが紐解いてしまった隠された魔法だとアスランは説明した。

シルディオが留学する前に起こった事だと言うのなら、ヒストが生まれる筈は無い。シルディオの自己弁論は完璧だった。さらに、帰国した時にもそんな話は聞いていないし。と無罪を主張する。


「そういえば、そうだった。」


うっかりしてた。

ポロリとアスランの口から零れた言葉に、シルディオは拳を小さく握り勝利を喜んだ。


喜べないのは、リーグレイ達だ。

グレンが解き放った呪いと呼ぶしかない魔法の恐ろしさは、四年前とそれからグレンに命令を下すまで続いた騒動で身に染みている。


グレンが思い悩んでいた事は知っていた。だが、怪し気な、あまり名の聞いたこともない魔法使いの戯言に耳を傾けてしまう程だとは思っても見なかった。言ってくれれば、大金を貸し与えて隣国などにいる高名で実力も折り紙付きの魔法使いを呼び寄せるくらいしてやったのにと思ったのは全てが終わった後だった。

気づき、国を離れていたアスランに連絡した時には手遅れで…。それからは、此処に居る全員が目の下に隈をつくる事態となり、事の収束に明け暮れたグレンが生まれたばかりの我が子を見る事が出来たのは数ヵ月後の事となった。

後悔し、憔悴しているグレンの謝罪の言葉を受けながら、僅かに殺意を湧き上がらせていた事は本人には秘密にしてある。


「うっかりって…。そういう所で父親似か。」

「人の話を聞かない所は母親似だな。」


「…止めてくれない?」

自覚はあるのか、アスランの反論の声は小さい。

「嫌。話を聞く限りだが、どう考えてもお前達姉弟の父親、うっかりしてるだろ。そっくりじゃないか。」


魔法使いについて忘れろ。

覚えていられるのは弟だけ。


その魔法をうっかりと言わずして何と言うのか。

同じ魔法を掛けられて、自力で解いた魔法使いだと判明したアスランから全ての事情を聞かされた時には全員で頭を抱えたものだった。そして、今年7歳となる長男アズルが生まれた時には、アホかと罵声上げていた。



魔法使いを親に持つ子供は三つの存在に分かれる。

一人は魔法使いか魔女。

一人は使い魔。

そして、もう一人は…。

魔女でも無い、使い魔でも無い、女の子。長じれば、必ず一人は魔法使いを産むという特性を持った子供。それを知られてしまえば、ありとあらゆる組織から狙われる事は必至。魔法使いを産ませ、自分達へ従順な存在に育てればいいのだから。魔法使いを得られれば、永の安泰を得られるのだ。その子供への追求の手を緩めることは無いだろう。


父親がメルリナに魔法を掛けて守ろうとした事は納得出来る。

だが、他にも手は合っただろうと罵っても許されるだろう。


魔法使いを産む事が決まっている娘に、魔法使いを忘れる魔法を掛ける。


意味が分からない。

罵る言葉が尽きた時にポロリと零したグレンの言葉が全てを物語っていた。


きっと娘が嫁に行くことなど想像も出来なかったのだろうと言ったのは、幼い娘を持つ宰相だった。

いや、娘が嫁いで孫が生まれるまで帰って来れないなどと考えなかったのだろうと言ったのは、将軍だった。


とうの本人の息子が朧気にある記憶を思い出してみれば、ただの親馬鹿で馬鹿親で、考えが足りないだけだと言えた。




「いや。いい。もしもの場合も考えて、姉さんの部屋には結界を張っておいて・・・」



どぉおぉん


突如、窓から光が差し込んできた。

先ほどまで星空が美しく瞬いていた。酒盛りには丁度いいと言っていた記憶があるリーグレイ達もその美しい星空をしっかりと覚えている。

だというのに、突然降り注いだ雷が轟音を響かせ、星空は消え失せ、豪雨が降り注いできた。

窓を割らんばかりに打ち付ける雨。

勢いは止まる事無く、強まるばかり。

そして、雷も何度も何度も轟いている。

「…これって、まさか…」


突然の天候の悪化には心当たりがあった。

シルディオがこの場にいるのだ。こうなっても可笑しく無いとは分かっていた。悠長に話をしている場合では無かったのだ。

だが、アスランは不思議に思っていた。

シルディオの事は信頼してはいるが、もしもと言う場合がある。そう考えて、荷造りしているメルリナが居る部屋には結界を張って置いた。部屋から出ないようにと言い置いて来た。だから、グレンが屋敷に辿り着いたとしても、メルリナに接触することは出来ない筈だった。


「あ、あいつら!!」


アスランは心当たりに思い当たる。

いや、それは確信だった。あの三人しか、アスランの結界を消し去ってグレンとメルリナを会わせようとする存在はいない。

何より、乞われるがままに簡単な魔法を手解きしたのは、アスラン自身だった。





「い、いいのかよ。外、凄いことになってんぞ?」

何度も降り注ぐ雷の音にビクビクと体を震わせているのは、6歳になった次男カロン。

そのカロンの頭の上に、長男アズルの顔があった。

「シッ。静かにしなよ、カロン。今、夫婦の危機を回避するのに重要な局面なんだよ。母上が居なくなるのは嫌だろ?」

「そりゃあ、嫌だけど。でも、叔父上は魔法を解いてもらいに行くだけだって言ってたじゃん。すぐに帰ってくるんだろ?」

今、二人が頭を二つ並べているのは、母が使っている私室へ繋がる扉を僅かに開けて作り出した隙間だった。部屋の中には、両親の姿がある。

アズルの記憶の端にしかない両親が寄り添う姿。

それが今、目の前にあった。

尊敬している父が、優しくて大好きな母を抱き締めている。

その姿を見えているだけで、背後にある窓から覗く外の惨状など気にもならなかった。


「おにいちゃん。おにいちゃん。」

「何、ヒスト。今、大事な…」

部屋の中に興味が無く、窓の外で光り輝く空を見て喜んでいた弟の呼び声に、アズルは振り返ることなく返事を返していた。


「なぁに、してんのかな?このクソガキ共。」


強い力で襟を掴まれ、ドアから引き離される事になった。

その声は、アズルもカロンも聞き覚えが嫌という程あるものだった。


「「ご、ごめんなさい。」」

二人の口から真っ先に出たのは謝罪の言葉だった。二人にとって、声の持ち主である叔父はそれだけ怖い存在だった。

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